第3話 三尾森さんは最近まで猫派だったが、犬もいいものだな、と思い始めた今日この頃(やっとゾンビ以外のクリーチャーの登場だよ、とは言いつつも振りきり落としスタイリッシュ白目)

 三尾森さんは先日のゾンビ映画を鑑賞し、登場したマックスという犬の行動に感銘を受けた。

 そして、その頃から犬を飼いたいという欲望が芽生え始めたのだった。


「あのモフモフがいいのよん」


     * * *


 その日、三尾森さんは自宅近くの駅前の商店街に来ていた。

 三尾森さんの記憶では、かつてその商店街はサラリーマンや学生で賑わっていたはずだ。


「相変わらず、賑わってますなぁ、駅前は」


 現在は歩く死者たちが集結し、巨大な群れを成している。

 三尾森さんはその商店街にあるペットショップを目指していた。店の規模はそこまで大きくなかったはずだが、前に一度見に来たときは犬や猫の他に熱帯魚から爬虫類まで多くの種類の生物を陳列してあったのを覚えている。

 このとき、パンデミックによるゾンビ大量発生から既に3週間が経過していた。


「店の子犬たちは生きているかなぁ……餌をあげてる人はもういないよね……」


 それでも三尾森さんは僅かな希望を信じて、その店へ向かっていく。


「だ、大丈夫。大丈夫だよ。生命はしぶといんだから……」


     * * *


 商店街周辺の店はテーブルや商品が店内に散乱し、ショーウィンドウやドアには大量の赤黒い血がべっとりと付着していた。


「店内の清掃が行き届いてないですよ?」


 ペットショップも似たような状況であり、ペットフードやペット用の玩具が床に散らかっている。


「ありゃあ、酷い有様だわ」


 ここまででも異様な状況だが、ペットショップには他の店とは違う、さらなる異様な状況が広がっていた。

 犬や猫のショーケースの中には、鍵がかかって脱出することが出来ずに餓死した動物の死体が転がっていた。しかしそれは店内に全部で15あるケースのうち、たった3つでしかなかった。他のショーケースは空になっており、鍵が内側から強い力でこじ開けられた痕跡がある。ショーケースにかかっていた錠前がぐにゃぐにゃに変形した状態で床に落ちていた。


「うわぁ、これ、すごい力がかかってるね」


 熱帯魚や爬虫類が飼育されていた水槽は粉々に砕けていたが、その周辺に生物の死体はない。爬虫類なら逃げ出したとまだ説明がつくが、熱帯魚に関しては水槽が割れて水がなくなったのにどうやってそこから移動したのか? という疑問が残る。

 爬虫類の餌として販売されていたミールワームはケースが床に落下して木屑が散らばっていたが、ワームは一匹もいなかった。


「やっぱりだめか。いくらしぶとくても限界はあるよね……。他の生き物たちも空腹で逃げ出したのかな?」


 三尾森さんが犬を飼うことを諦めて帰ろうとしたそのときだった。


「ワン! ワン!」


 店の外から犬の鳴き声が聞こえ、三尾森さんはバッと振り向いた。そこには毛並みの良い茶色の柴犬が立っており、こちらの様子を窺っていた。犬は首輪とリードをつけており、誰かが散歩させていた途中でパンデミックに巻き込まれたと予想できる。


「おお、犬ぅー!」


 三尾森さんは満面の笑顔で柴犬に駆け寄り、頭を撫でてやった。


「こんな世界でもしぶとく生き残ってたんだね、えらい! えらいよ、おまえは!」

「クゥーン……」


 犬も寂しさを表す鳴き声と仕草をした。


「今日から私も一緒だよ! もうさみしくないよ!」


 三尾森さんは犬にハグをしようと両手で抱え込んだ。

 しかし……


「……は?」


 犬はするりと三尾森さんの脇を通ってハグを避け、ゾンビが集結する駅前に向かって走り出した。


「え、ちょっ……!」


 三尾森さんは咄嗟に犬に繋がれているリードを握り、犬を引き止めた。三尾森さんが予想していたよりも犬の力が強く、こちらもついつい力が入ってしまう。


「ど・う・し・て・な・の・よ!」


 三尾森さんは渾身の力を込めて一気にリードを引っ張った。その反動で彼女は尻餅をついたが、なんとかリードは放さなかった。


「いたた……あれ?」


 リードは放さなかったが、犬は三尾森さんのかなり遠くに立っていた。


 その犬には首から上がなかった。


「あれまぁ……」


 三尾森さんの握っているリードの先には犬の生首が転がり、白目を剝いていた。


「なんということでしょう……」


 遠くの首のない犬は彼女に向かって赤黒い首の断面を覗かせながらしばらく立っていた。やがて駅前のゾンビの群れに向かって首のない状態のまま再び走り出す。

 そして、ゾンビの群れの中へ入り、姿が見えなくなった。


「あの……首忘れてますよ?」


 彼女の近くには、リードと犬の生首だけが残されたのだった。

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