☆ 父の死
大脳生理学者だった父さんが飛行機事故で死んだことが、ぼくが東京を去る直接の原因となる。
母さんは嘆きも悲しみもせずに淡々と事後処理にあたり、すべてが静かに進行する。
父さんはもともとあまり家にいる人ではなかったので、そこだけ採れば、普段の生活と何ら変わるところがなかったともいえる。
学校の友だちも普通に接してくれたし、ぼくの顔に浮かぶ笑顔の数も、特定のいくつかの場所では変わらなかったはずだ。
でも、母さんの笑顔の数は減ったような気がする。
もともとあまり笑わない人で、たまに父さんが家にいるときでも会話らしい会話もなく、醒めた笑顔を見せることさえ少ない。
本当のところ、母さんは父さんが好きだったのだろうか?
そして、父さんの方は?
まだ子供だったぼくにも、悪い噂が聞こえてくる。
母さんが本当に好きだったのは伯父さんの方で、でも種々の事情で父さんと結婚したのだと……。
そのことをぼくに耳打ちした大学の掃除のおばさんは、久しぶりにぼくを自分の研究室に連れてきた父さんが不意の来客で席を外したとき、悪気のない、且つ、実は何の関心も示さないヒトの目でぼくを見つめると、
「長いこと一ヶ所にいると、いろんなものを観るからさぁ」
といい残して、その場を去る。
ぼくはどうしていいかわからず、戸惑った表情でその場に立ち尽くし、そして背伸びして廊下にあった給水器から水を飲む。
水はとても醒めた冷たい味がする。
その半年後、母さんはぼくを連れて田舎に帰ることになる。
父さんの死から約一ヵ月後のことだ。
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