☆ 黒い城

 誰からともなく黒い城と呼ばれるようになったあの建造物が沈んだ沿岸都市近辺に現れたのは天使光臨と相前後した時期だったと思う。

 黒い城が最初誰にも見つけられなかったのは、それが海の中にあったせいだろう。

 例の冷却現象が海の水をじわじわと干上がらせ、ついにその姿が海上に浮かぶようになって初めて発見されたのだ。

 でも実際、そのときは海面すれすれに浮かぶシートか何かのように見えただけだ。

 黒い城が人々を驚かしたのは、その寸分の狂いもない立方体形状ではなく、この世に他に例のないその非接触性だ。

 テレビにも出ている有名な物理学者が説明するには、黒い城が目に見えるのに触れないのは、その特殊な光干渉性にあるらしい。

 黒い城があるのはこの世ではなく、城に入射した光は、まるで屈折して擦り抜けるかのように城の別の部分から放出される。

 もちろん探査用の装置や攻撃用のミサイルも城と接触することなく、あらぬ方向から飛び出してくる。

 では何故、その城をヒトは目で見ることができるのか?

 もちろん詳しい原理はわからない。

 でも光の縦波成分がそれを媒介するのだと学者はいう。

 光の縦波成分とは、たとえば物質と光の相互作用を知るための何らかの計算の際に便宜的に現れる成分の計算項のことだ。

 通常は計算の途中にしか現れない存在確率ゼロのゴーストと呼ばれる量子。

 けれども計算内に現れるゴーストは、その計算に相当する時空の過程では確かに実在し、実際に現実的な存在となることはないのだけれども『在る』のだという。

 そして人間もしくは地球上の生物一般の眼は自然の恵みで、その過程をわずかながらに捉えることができるそうだ。

 

 山の裾野だけが見えているようなものか?


 だから色はまったくの黒にしか見えないけれども、あたかもそれがそこにあるかのように城は見えるのだ。


 本当の城はいったいどんな色をしているのだろう?


 次元か時空か、まったく別の二つの世界の狭間にある黒い城は、実はあでやかな色彩で煌くように耀いているのかもしれない。

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