4 punch 過呼吸は君のキスで
いつか、何かのタイミングで、起こすような気がしている
けれどそれが何時なのかは誰だってわからない
「ねぇ、ラーメン伸びるけど、早く食べないの?」
ラーメンを箸にとったまま、いっちゃんを眺めてたのに、キモいって言われなかった!
今日の俺はいける気がする
—————
三学期はじめ、センター入試初日。
一つ上のいっちゃんは最寄りの大学でセンター入試を受けてきた。
一こ下の俺はセンター体験入試で同日同科目を別のキャンパスで受けた。二人揃ってテストが受けれる奇跡の一日はお互い悪い感触で終わった。けれどテストは明日もあるから、今日は気落ちするわけにもいかない。特にいっちゃんは今日が本番だから、余計に気を遣う。誰がって、そりゃもちろん彼氏の俺の方が。
キャンパスの正面玄関から出てきたいっちゃんはいつもの蜥蜴お目目も元気がなさ気。行く手を阻むように両腕を広げて胸に飛び込んでくるのを待ったけれど、いっちゃんはいつものキモいを封じて脇を通り過ぎるという一番辛い行動をとってしまった。
キモいと言われない事がこんなに満たされない事だなんて、俺、知らなかったよ、いっちゃん。
なんかもう解ったよ、俺、きっと、いっちゃんに調教されたのかな……
センター国語の文章読んでるよりも心が寒くなってくるよ。雪も降らないのにすごく寒いね
心も体も寒すぎて、このままだと明日もよくない結果になりそうで、いっちゃんをラーメン屋に誘った。
いっちゃんと対面して向かい合うのが、恥ずかしいと思ったのは多分、初めてのことで。
そもそも、いっちゃんはあんまり目を合わせないし(多分俺がガン見してるからなんだけど)、基本はスマホ弄ってるし(なめこの栽培にハマってるし)、俺があれこれ言っても基本は返事をしない(多分、最後の5文字くらいしか聞いてない)。なのにラーメンが届くまでの数分でこんなに恥ずかしいなって思った理由は、いっちゃんがスマホも弄らずに頬杖をついて俺のことをチラチラ見てくるからで
何これめっちゃかわいい
すごく久しぶりに、だんまりしたまま二人で過ごしてる。こんな原点回帰みたいな甘い時間(当社比)がチェーン展開のラーメン屋でいいんだろうか、いや、きっといいんだ。場所なんてなんでもいい。そう!ここに!俺といっちゃんがいることが!!大事で!!
「すんごい顔してるわよ」
しまったばれた
「キモい?」
俺は思いっきりほっぺたを引っ張って笑ってみた。自ら鞭を貰いに行った勇者である。最近流行りの異世界ジャンプ系勇者でもなかなかいらっしゃらないドエム根性で今っ愛するいっちゃんからの!
「別に」
嘘だ信じない
なんだこんなの信じないぞ
いっちゃんがキモいって言わないなんて信じない!!
「いっちゃん!俺の顔キモくなかった!?いつもの感じで来るかと思ったけどなかなか今日は牙もお爪もお留守なんだね!?」
「別に」
「いっちゃん!!それもう流行りじゃないから!!」
いっちゃんはさわじりじゃなくて桃尻だ
違う、そんな声にも出せないセクハラしたっていっちゃんには届かない。
まさかセンター入試がこんなにいっちゃんの心にダメージを与えるなんて……。どうしよう、俺は彼氏としてどうしたらいいんだ……。どうにかフォローを入れないといっちゃん明日のテストが終わったらもう死んじゃうよ、しかも明日は数学だよ!本当に個別バルスが降臨しちゃう。
「へい、お待ち〜」
そうこうしているうちに注文していたラーメンが届いた。俺のにぼしラーメンといっちゃんのとんこつラーメンが目の前に置かれ、お箸を割ってからいっちゃんに渡した。俺はいっちゃんがスマホより重たいものを持っているところを見たことがない。スクールバック?もはや俺のサブバックです。
「ねぇ、ネギとほうれん草あげる」
お給金ですか
「いいよ〜!なんでも入れて!俺が食べるから!」
ずいっとラーメンの器を差し出し、いっちゃんからのお給金ならぬ白髪葱とほうれん草を受け取る俺。もうそろそろ認めて下さい、俺、そこそこいい彼氏って言われたイ。
いっちゃんがいらない具材を全部俺の器に写し終えると、チャーシューとメンマと麺と味玉だけになってた。野菜がないよいっちゃん。俺のラーメンは予想外に野菜が増えたよ。もしかしてこれ、最近野菜不足してる俺に対するいっちゃんなりの優しさなんじゃ
「ネギ嫌いなのよね」
覚えておくね
ふーって、湯気を飛ばす。その唇がかわいいから、チャーシュー噛みながらジィっと見ちゃう。見ていたから気づいたんだけど、元気がないときって箸も進まないよね。箸が進まないから減らないよね。ラーメンが伸びていくよね。見とれてる俺も大概伸びてるのはわかってるんだけどさ、それとこれとは別の話で。
センター試験どうだった?なんてなかなか聞けないな。俺も来年はこうなるのかな?なんだか実感が湧かないな。
「摘んでぽいしたネギとかほうれん草みたいに、辛いこと俺に全部投げれたらいいのにな、そしたら俺が全部食べてあげるのにね」
さっきから弄り回すだけだったラーメンの器から目を離し、いっちゃんは睫毛を持ち上げて俺の方を見た。なんか初めて見た気がするくらい、垢抜けた顔してる。辛い気持ちとか、不安とか、盗んでいいかな、その心。俺は汁を吸い始めて嵩が増した麺を摘み上げて、一房啜った。噛んだらスープが滲み出す不思議な食べ物になってる。
「…………」
いっちゃんはしばらく黙り込み、メンマを一つだけ摘んで食べた。コリコリと音を立てながら噛んでる。揺れる頬がかわいい。
「明日、1Aだけだよね?俺ね、2Bまで受けないといけないから、待っててよ!帰りはいっちゃんの好きなケーキ買って帰ろ!いっちゃんがケーキ食べてる間に俺が自己採点するし、俺も自分のするし!2Bは毎年やられるっていうからな〜!」
泥棒は欲しいものを持っていくよね。でも俺はいっちゃんが欲しくないものを持っていくよ、そしたらいっちゃんが笑ってくれるような気がするから。なんて、口に出してもキモいって言わないから、そっと心の中にしまっておくね
おもむろにいっちゃんの箸が伸びてくる。その先端にはメンマが一個だけ挟まっていた。何かと思って口をポカンと開けて見てたら、それは俺の口の中に押し込まれた。
「…………本当、キモいから」
そういうの、余計なのよ。
むすっとトカゲお目目を吊り上げたいつもの表情で、いっちゃんは箸を引いた。何事もなかったかのように麺をすすり出し、汁気のなくなりつつあった麺を食べ始める。
正直に言うね、俺、この後の記憶がありません。
後からいっちゃんに聞いたところ、
「麺が鼻に詰まってすんごい顔して過呼吸起こしてたのが超キモかった」
だ、そうです。
いつかのタイミングで、キスをした時に、過呼吸とか起こしそうだなって、思ってたんだよ
一生忘れられない思い出になって、その日はずっとそればっかり思い出して、1日中浮かれ上がって何も手がつかなくなると思うんだ
この日のこの幸福な気持ちを忘れないんだ
来年の今日も、きっとこんな気持ちになって、訳解らなくなって、何にも手つかず一日を過ごすんだろうな
幸福な日の思い出、俺は一生忘れない
………来年の今日?センター入試ですね
‐―――――――――――――――――人生掛けた、センター試験ですね
ツン切れ彼女に愛♡してる! 領家るる @passionista
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