第3話化粧

 ファンデーションとチークをぬり、はっきりと目元を印象付いんしょうづけ、祖母は私の唇をあかくした。最後にティッシュペーパーを口にはさみルージュの色をととのえながら、私は祖母の言うことをだまって聞いていた。

「あのね、あなたが大人になって何か悩むことがあったら今日みたいに思い切りメイクしてにぎやかな街を歩きなさい。そして声をかけてくる男たちを片っぱしから軽くあしらっておやり。そうすればスッキリするから」


 私は鏡にうつるメイクをした自分に違和感を持たなかった。私はまるで復元ふくげんした古代壁画こだいへきがの人物画のようだった。子供ながら、いや子供だからこそ神々こうごうしいものを代表してるような高貴こうきな存在。


 今思えば、祖母が本当は孫娘まごむすめが欲しかったのは明らかだ。しかしあいにく今の私はヒゲが濃くゴツゴツした肉体とペニスを持っている。祖母は死ぬまで私が男であるということに不満があるようだった。その考えは私にがれていて、普段、自分が男であることを受け入れるのはとても難しい。私は女になりたいのだ。


「ごちそうさま、チーズケーキ美味しかったです」

 私は学食の貴婦人に礼を言った。

「若くていいわね、あなた魅力的みりょくてきよ。無敵むてきだわ」

 貴婦人は私をベタ褒めした。

 私たちはしばらく学食の配膳用はいぜんようカウンターテーブルをはさみ談笑だんしょうした。

 一部の学生たちに我が校の生きた守護霊しゅごれいとも言われている学食の貴婦人。昔、学園長の愛人だったという噂もある。おそらく世の中の A to Z を知り尽くしている学食の貴婦人。彼女は私の昔の想い出にれてきた。今は亡き、偉大なる祖母。私の生きる指針ししん


 そうだ、大河たいがからのデートの誘いに乗ろう。うん、思い切りメイクして彼の隣を歩いてやろう。そしてもし彼が気に入らなければ軽くあしらってやればいい。

 なぜか私は夜の街で死んだ元カレを忘れられそうな気がした。

 私は学食の貴婦人に別れを告げた。


 大学の中央玄関から外を見ると雨はまだ降っている。それでも最寄もよりのバス停まで行かなければならない。傘は持っていない。

 私は凶暴ともいえる世界に飛び出した。ずぶ濡れになりながら。

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学食の貴婦人 Jack-indoorwolf @jun-diabolo-13

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