真実を購うための腕

 会所は港から伸びる広途みちの角にある。

 伊都は経緯たてよこに交差した大路が街を造っている。その基となるのが街のほぼ中央を貫く広途である。この広途は外郭くるわにまで続き、西門もんへと至る。王都みやこを模した形だが、違うのはちょうど広途の縦緯が逆となっていることだった。

 会所は市舶司の執務と社交の場、その広大な敷地には市舶司の邸宅やしきも設けられている。

 この港に入った海船ふねはまず会所に届け出ねばならぬ決まりだった。荷を揚げるには市舶司の印が要るのだ。

 この港に入ったことのある海船には勘合符ふだが支給されていて、会所に保管されている底簿きろくと照会する。確かに照合した旨を王都の六官に文書で報告することが求められていた。

 綜白が三人を案内したのは会所の公的な応接室ではなく、邸宅の居室へやのひとつだった。

 浩阮は警戒を露にして、慣例ならい通りに会所の広堂ひろまで儀を執り行うのが良い、と言ったが、把栩が取り下げた。敵か味方かもわからぬ男に露骨な態度を見せるのは、あまり良いやり方とは思われない。それ以上に把栩は相手の出方を見たいと思った。

 端的にいえば、この綜白という男に興味を持った。これまで把栩が会ったことのない種類の人物であると、僅かなやり取りで感じたのだ。

 その居室は華美な装飾のない、少し閑散としたした印象を受けた。

 さすがに花瓶に花があるが彩りを潤す程に至っていない。入り口に置かれた屏風へいふうに描かれた山水図も墨絵で上品、出来も良いが淡白に感じるのは居室へやに色味が乏しいからだ。把栩の腰掛けた椅子いしやその目前に据えられた卓子たくしも美しい黒漆塗ぬり螺鈿かいすりが施されているものの、やはりどこかもの寂しい。

 前任の老市舶司の好みはこのようではなかった。今、目の前にいる男の趣味であると言われてこれほど納得のいく室礼というのも珍しい。

 綜白は茶器を自ら並べた。伊都に降り立ってから、把栩らは未だこの男の他に何者とも出会っていない。

 向かい合う形で腰掛けた綜白は冷めた表情かおのままぽつりと言った。

「若君は訝しんでおられるな」

 うなずきはしなかった。……これは今、己が身に付けるべき駆け引きだと承知していた。

 綜白は続ける。

「さもあろうな。街の様子の変わりように」

 酷く喉が渇いていた。だが目の前に置かれた茶杯も手を延ばすことが躊躇われる。その表情に乏しい男は頓着なげに、己の茶に口をつけた。

「……あぁ、酒の方が、よろしかったか」

 唾液を一度飲む。正直をいえば、酒が欲しかったかも知れない。

 把栩は爺に持たせた文箱を取り、

「ここに帰還を申し上げる。勘合の照合と荷の改めを願います」

「長旅の末、無事のご帰着は喜ばしいかぎり。……本来ならばささやかながらの宴なりと設けるとことであるが、お察し下さるな?」

「……大夫の胸の内など若輩の身のこの私に分かろうはずもございませぬ。ただ、此度は辞退させていただく」

 綜白は把栩の茶杯に目をやった。

「何か盛られても、困る。と?」

 浩阮の顔色が変わるのが、背にしても分かった。同じように顔を見なくても、把栩の感情きもちの揺れが浩阮に伝わるだろう。ここで把栩が怒りを表せば、何をし出したか分からない。浩阮は意外にも気が短いのだ。

 わざと、ゆったりと構える。

 それができたのは、爺がいたから。いつもと同じように、穏やかな気配が己の背後にある。

「どうやら大夫は私の知らぬ何かを御存知のようです」

「多少」

「それを我等があがなうと致しましょう」

「ほう?」

 綜白は意外な表情をした。

 だが把栩からすれば、さほど珍しいことではない。

 商売あきなりにおいては信頼とか誠意とか信義ほどあてにならぬものはないのだ。あるとすれば己の技術うでを信じること。己の品物しなを見る目、物作りのの腕。口上の巧みさだけで目を吊り上げるを得手とする者、その腕を買う者。交渉わたりの巧みさを喧伝して長者おさに抱えられる者。見目の良さにだまされ傷物を掴まされたとしても、その非は自己の未熟。見抜く目を持たぬことを嘆くよりないのだ。

 だからこの市舶司の真実まことは、把栩にとっては真実まことであるかどうか、それを把栩は己の目利きの腕で見定めてみせようと思ったのだ。

「さすがは揮尚の若君よ。さらば、いかほどで」

商人あきなりというものは、まずその品をよくよく見定めてからその利を判じます」

 それまで笑みを浮かべてもどこかそらじらしかった男の顔に、変化が起きた。それまで目前にしながら、ただの「揮尚きしょう若君きみ」という入れ物を眺めていた目が、把栩という人物を初めて見たのだ。

「ならば、『品物』を並べねばなりますまい」

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