鋭き眼差し

 港にも入り江にも船がまったく見当たらなかったから把栩は副船を繋留つながないと決めた。奪われることを危惧したのだ。

 それは何事かの事態ことにすぐに沖に戻れないことを意味したが、意外にも浩阮は反対しなかったし、爺はうなづいただけだった。

 浩阮は弩弓の届かぬあたりで待つように汐迅に示しただけだった。いつももならあれこれと気を回して、二言三言と付け加えるというのに。

 ……港とはこんなにも、広いものだったのか。

 把栩は目の前の人物に対峙しながらそう思った。その市舶司の身形を整えた人物に覚えはないのだが、それが誰であっても今はどうでもよいことのように思われた。

 背後には爺と浩阮。二人は略式ながらも衣服を整えていたから、衣擦れの気配が感じられた。

 副船の帆が新に風を受ける音がした。櫂の海面みなとを弾く音。……ふいに、汐迅の二人の娘の顔を思い出した。

 把栩はひとつ、息を吐いた。

「新に任じられた市舶司とお見受けする。帰還の儀、賜りたい」

 その男を印象付ける第一は、切れ長の瞳と面長で整った顔立ち。それは愛嬌のようなものはすべて削ぎ落とされて、ただ、鋭利な顔立ちというものがあるのならば、この面構えこそがそれであると思えるような眼差しだった。

 そして、左にだけ穿った珥飾みみかざり

 筒状のそれは、本来ならば筒穴に糸を通して垂飾するためのものだ。だが男はそれを直に穿っていた。そもそもが女物の装飾品かざりだから、男が身に付けるのは「特別な事情こと」がない限りは珍しいものだった。

 把栩は礼儀に従い、跪礼した。

 無位ではあるが、彼の氏に賜ったかばね、故に揮尚きしょうという。対して市舶司は国官、位は中大夫。男の姓は分からない。揮尚の托陽の位は下大夫。それでも王の側近もとこ継嗣あとつぎに伏礼を求める者はそうはいない。さらにいうならば、公式ではないこの場では立礼だけでも失礼とはいえないはずだ。

 男は立礼で返した。

「揮尚の若君きみとお見受けする。……新しく市舶司を拝命し赴きました。姓名を鄭惺ていせいあざな綜白そうはくと申す」

 把栩が言葉を返すより先に綜白は会所へと促した。

「供の方々も、……こちらへ」

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