責の在処

 この三角帆の舟の扱いに関しては、汐迅は誰かに負けることはないと思っている。

 ……ほつれた一筋の髪が額に張り付いていて、汗を拭いたいとは思ったが節ばった堅い己の掌をこの帆縄なわから一瞬でも放すことは躊躇われた。副船そわつぶねにこの三角帆の船を選んだのは、他でもなく己だった。この舟であれば、例え大海の最中にあっても若君の助けとなれるだろう、この舟と己の技術わざさえあれば、若君を苦しめることはないと、長くそう信じてきた。

 今の若君の苦しみは、ふと己の妻子が港にいるためではないかと思った。

 尚都で何が起こっているのかは分からないが、汐迅の妻子はそこに在るのだ。……関わっているとは思わない。尚都で起こっているなにがしかの異変を押し留めることなどできなかっただろう。

 一年の大半を海で過ごし、尚都にあるのはわずかなこと、家のことは妻に任せきりで、幼い二人の子供たちにが顔さえ忘れられてしまう。女手ひとつで二人の幼子を抱えている、そんな妻に尚都の異変を事前ことのまえに収める一助となれたはずもないのだが、汐迅には妻子が港に在る、それだけで責められる理由わけがあるように感じられた。

 海船ふねの者と尚都の者と、どちらかに非があるわけでもない。また、把栩きみはどちらかの肩をもつこともできない……その必要もない。

 若君は、それを理解しているつもりでも、どちらかを選ばねばならぬような気がしているのだろう。そうでなければ、事態ことが収まらぬのではないかとでもいうように。

 苦しむ主人あるじの姿に、海船の皆がいたたまれない思いを抱えてしまうことに当の若君は少しも気付かずにいる。

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