高楼の男

 ひたすらに蒼い空に、いくつかの白い雲が浮かんでいる。頬を渡る風も心地よいものだった。

 白い土壁とみどりいらか、そして背後の山並み。

 この入り江からも幾重にも巡った郭壁くるわが見える。その郭壁は元は外郭だったのだが、街が大きく広がるにつれて何度も外側へと建増したために内郭として残されたものだ。だから内側のものほど古い。

 それで入り江から見たこの伊都いとまちは山裾から広がる平野、そして街並みが裾濃すそごに染めた綾錦にしきぬのを幾つも折り重ねて広げたように美しい。

 深染の藍のような、そして穏やかな入り江に白い影がある。

 それは海船ふねから街へ向かっていた。

 三角帆の舟は海船の副舟そわつふねとしては大きく、この舟だけでも乗り手さえよければ大海を渡ることができる。

 この港に入る海船でも三角帆の副船を持つものは少ない。まして大海を長くくことのできるほどの水夫のりてはさほど多くない。

 伊都の港の高楼たかどののには遠目の利く者が常に在る。

 その小さな珥飾みみかざりをした男は海船を見たときから、固唾を飲んで目を凝らしていた。

 ……海船の船長おさはその掲げられた大幟旗はたですぐに知れる。尚氏大僕しょうしだいぼく揮尚きしょう托陽たくよう嗣子きみ、揮尚の若君きみがこの伊都に帰還したのだ。

 三角帆の副船は、帆に風を受けて湊を目指している。海船は大きく弧を描きながら船首くびを回そうとしているのが分かった。港に極力近付きながら、船首を南に向けようというのだろう。……おそらくは弓の届かぬところに。

 海船が副船の進路に重なり回り込むように入った。副船が海船の影になり、見えなくなる。海船が行き過ぎて再び副船が見えるようになる頃には、かなりのところまでおかに近付いていた。

 この距離へだたりでは弩弓いしゆみは届かない……が、長弓ならば。

 船上に長弓を手にした男が在る。合弓あわせゆみ、それも三人張りの強弓こわゆみの使い手、尚家の麾下でも名の知れた射人いての一人だ。……啓泰、と言ったか。

 それを確認して、男は僅かな笑みを浮かべて高楼を降りた。

 男には行くところがある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る