若君の帰還
銀色の輝きが
足元を渡るように波が起こって
それを聞きながら、海原の輝きを飽かずに眺めていた。高いところで一つに結わえ、布被せて括り纏めたはずの髪のほつれを、潮風がそっと撫でてはなびかせていた。
どこまでも広くはろばろしい海原が、夏の陽射しを
その眩しさに目を細めながら、だがこの豊かな海原のすべてを慈しむようにいとおしむように柔らかな笑みを浮かべている。
彼はこの
今彼がもたれている
遠目の利く者、否、そうでなくとも、この紋章と大幟旗を目にした者は南海に揺るがぬ王国の大船であることを悟る。またさらに訳知りの者などは船長までも言い当てるだろう。
彼の身なりは若君などと呼ばれる
彼は
港に残る者たちを豊かにするのはこの海原と、大船だった。
そのために海原を越えて行く先の湊では、どんな大船でも歓待された。荷揚げを
ましてこの大船の目指す港は皆の
水夫たちの漕ぎにも力が入るというもの、この辺りまでくれば帰路もあとわずかなのだった。あと一両日のうちには半年余りも離れた郷里の山並みが見えてくる。……そして残してきた愛しい人たちに逢えるだろう。
彼は腰に下げた布袋をそっと手で触れる。布越しにわかるその形を確めた。この帰路の海で、幾度も繰り返したように。
「……若」
呼ばれて、慌ててその手を放した。声の主は分かっていた。それで、気を取り直して命じる。爺じい、と。
「帆を張れ。風が出てきた。直に強くなる。うまくいけば帰りも早くなるだろう」
髪に白いものが混じり、白い髭を蓄えた爺は、その髭をわざとらしくしごきながら感心したようにうなずいた。
「いい読みです、若。……もう爺めは用済みですかな」
「爺はこの船を降りては暮らすあてがなかろうが」
爺はこの大船で一番の古株ではあったが、老人というにはまだまだ早い。代々の臣下で、
潮も空も船も帆も、恐ろしさも美しさも、果てなく奥深い海を知ることは切りがない。その難しさこそが海の魅力なのだということを何よりも教えられたのだ。
爺のその
「なに、
爺は笑いながら水夫を動かし始めた。帆を張らせるのだ。
把栩は改めて空を見上げた。
腰下げた袋の中身は、把栩にとって失えないものであったから、この数日風雨のないことを密かに喜んでいた。
程よい雨ならば飲み水にもなるし風で船足が早くなる。それでも把栩は風雨のないことを望んだ。いつもよりも本当に風雨の少ない
帆が張られて風を受け、早くなった船足にわっと歓声があがった。
目指すは尚家所領の
その
抜けるように青空に白い
……決して船旅の供とならぬ海鳥を、愛しいと思った。
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