《金の瞳が見つめる場所》04

 しばらく雑談を交わしながら順番を待っていると、エプロン兼用の制服を着た店員が寄ってきて、

「ただいま、当店大変混雑しておりまして、大変お待たせしております。申し訳ございません。もし相席でよろしければ、四名様すぐに案内できますが、いかがなさいますか?」

 顔を見合わせ、そして、皆大丈夫だとのことなので、

「はい、じゃあ相席でいいのでお願いします」

 店員に案内されたのは六人掛けの席で、そこにはぽつんと一人の人物が座っていた。

 店内の明るさを抑えた照明の中でも煌めく蒼みがかった銀色の長髪に、水底のような吸い込まれんばかりの深い蒼の瞳。なによりも異色だったのは、今は夏場だというのにきっちりと着込んだ黒のコートにその襟元から除く同色のベストか。体の線は見えにくいが、しかし、顔立ちはかなり整った少女のもの。凛として、そして、かすかに浮かぶ笑みは涼やかだ。

「お客様、ご合席の了承、ありがとうございました。では、ごゆっくり」

 店員が去って行った後で、どこに座るかを決めようと背後を振り向くと、雅の顔が青ざめていた。

「風見、お前……」

 呆然と呟く声を聞いたのか、銀髪の人物はストローを加えたまま顔を上げ、

「ああ、雅じゃないか。奇遇だね」

「奇遇、どころじゃねえだろ。なんでお前がこんなところに?」

「何でって……」

 風見と呼ばれた人物は柳眉を寄せ、

「食事をしに来たに決まってるだろう?」

「まあ、それはそうだが……」

 気まずそうな雅の顔を覗き込み、美苑は、

「お知り合い、ですか?」

 その疑問に答えたのは雅ではなく、銀髪で、

「まあ、ちょっと僕の仕事を手伝ってもらった間柄でね。あ、そうそう。一応自己紹介しとくよ。でも、その前に座ったほうがいいかもね」

 言われ、四人とも通路に突っ立ったままだったのに気が付く。

 慌てて座ると、風見の向かい側に祐樹、霧香、美苑の順に座り、美苑の向かい側に風見とは少し距離を置いて雅が座った。

「さて、改めて自己紹介しよう。僕は九龍寺風見。さっきも言ったけど、雅とは仕事の付き合いで少々。ちなみに、性別は女だよ?」

「最後のは言わなくてもわかるだろ」

 ぼやく雅に苦笑しながら、しかし祐樹も折角なので名乗ることにした。

「新城祐樹だ。銀鈴学園で生徒会副会長をしている」

「ああ、君がか……話は雅から時々。まあ、それ以前に街じゃ君は有名人だけどね」

 納得の表情に、そして、悪戯っぽい笑み。祐樹は彼女の言った『有名人』の意味にすぐに思い至り、

「そういうたぐいの噂話には耳が早いようですね。探偵業でも?」

 少し、探りを入れてみる。

 『有名人』、というのはおそらく祐樹が街の不良を相手取って喧嘩まがいのことをしていることだろう。本当は喧嘩ではなくて、彼らの所業を咎めた祐樹に暴力で答えられたので、自己防衛をしているにすぎないのだが、他人から見ればただの喧嘩である。

 しかし、そういことをしている人物がいること自体は有名でも、名前まで知っているのはその不良グループそのものか、それに関われる立場にいる人物だろう。情報を集められる立場で限りなく自由と思えるのが探偵である。

 風見の格好は季節外れだが、社会に縛られないそれは自由な立ち振る舞いを許された者のような気がする。

「ああ、まあ、似たようなものかな……なんというか、自分でも判別しかねるというか。どう思う、雅?」

「オレに振るなよ。知るわけないだろ?」

「それもそうか」

 そう言ってくすくす笑う。

 万屋、といったところなのかも知れないが、そこまで深く突っ込むところでもないだろう。

「いちおうあたしも名乗っとく。新城霧香。生徒会長をやってるわ」

「私は神崎美苑です。生徒会では会計を」

 全員が名乗りを終え、風見はふむふむと頷いている。

「とすると、ここにいるのは全員生徒会のメンバーってことか。なんだか僕だけ場違いな気もするね」

 そう言いながらも、表情はにこやかだ。

「さて、注文しようかと思うんだけど……君達もメニューを見たらどうだい?」

 メニューを渡され、目を通す。写真付きのもので、見ているだけで食欲をそそられる。

「結構な種類があるな……これは迷う」

「うーん……あたしはカニのクリームスパかな」

「オレはシンプルにマルゲリータ」

「私はイカと夏野菜のトマトリゾットにします」

 次々に決められる中、祐樹はメニューとにらめっこする。

「どれも美味しいと聞かされると、非常に困る……でも、そうだな」

 祐樹は写真の一つを指さして、

「夏野菜ミートソースで行こう」

「決まりだね。ちなみに僕はペペロンチーノ」

 風見が代表して店員を呼び、よどみなく全員分の注文を伝える。

「僕、学校って行ってないからよくわからないんだけど……銀鈴はどんなところ?」

 料理を待つ間、黙っているのもつまらないと感じたのか、風見が問いを口にする。

 それへまず答えたのは霧香で、

「良くも悪くも自由よね。制服もあってないようなものだし」

「確かに、な」

 彼女が言う通り、銀鈴学園には制服があってないようなものだ。

 確かに、制服と呼ばれるものは存在するが、学園長の趣味によって複数種類が用意されているせいで、選択肢が非常に広い。

 その上、制服の改造を推奨しているため、女子の制服は人によっては原型を留めていない。

「学園長の趣味だろ、あれは。まったく、困ったもんだぜ」

 そうぼやくのは雅で、先日、学園長の趣味に付き合わされそうになった被害者だ。

「学則もいたって緩いしな。下校途中の寄り道OKだし」

「まあ、この島でそれを規制するのは野暮ってものじゃないかな? 何せ、《ルナ》の企業城下町だ」

「まあ、な……でも、だからこそ頭が痛いよ。島の外からもわんさか人が来て、学生同士の諍いが絶えない」

「はは、風紀委員長としては頭痛の種か」

「風紀委員長って……雅が言ったのか、それ?」

 軽く睨むと、

「い、いや、あくまでもそういう噂がある、ってことを……って、結局言ってるのか、それって」

「ああ、そうだとも」

 言い逃れをしようとしたが、途中で無理だと気付いた彼は身を小さくする。それへ祐樹はため息をつく。

「でも、ホント不良たちの間じゃ噂になってるよな、お前って」

「面倒を起こすあいつらが悪い」

 正論ではあるかもしれないが、首を突っ込む方も突っ込む方であるのは自覚している。が、その面倒が一般人に飛び火したら余計に面倒だから、そうなる前に鎮火しているだけの話。だから、『風紀委員長』などと呼ばれるのはいささか不名誉だ。

「でも、最近は騒ぎも下火じゃないかな? なんだか、不良たちの姿を見かけなくなってる気がするけど」

「なんか、関連したニュースが新聞に載ってたな。なんでも、行方不明らしいが」

「そのニュースは見たけど……家出、なのかどうなのか」

「正直言って、警察も本腰入れて捜索はしないだろうな。なにせ、素行が素行だ」

「ありえる、ね」

 だからこそ、心配な部分がある。もしも本当に事件性があった場合に初動が遅れる結果になる。

 やや暗い話題を含みつつも、風見を交えて会話を交わしていると、注文していた料理が届き始めた。

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君に想いを、剣に誓いを。 栗栖紗那 @Sana_Chris

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