発生。(その11)

 毒虫どくむしライタが、インターフォンのモニターをけると、高校生くらいの年齢としの少年が、夕暮れの赤い光を浴びて立っていた。人間用出入り口わきに設置した監視カメラの映像だ。

 ドアの鍵を開け、少年を中に入れ、すぐに鍵を締める。

「おい、ユウ! 挨拶あいさつはどうした?」

 ドスの利いた声で少年に言った。

「あ、は、はい! すんませんっ、おはようございます!」

 夕暮れ時だが、ユウにとっては出勤時間だ。出勤したら必ず「おはようございます」と言うようにしつけてあった……はずだ。

「けっ! まったく、挨拶の一つも満足に出来ねぇのか」

 ライタが吐き捨てるように言った。

「すんません!」

 外から入って来た少年が、びくびくしながらもう一度あやまる。

 ユウ。苗字みょうじは無い。ただユウとだけ名乗っている。年齢は「自称」十七歳。見た感じの印象もそれくらいだ。背が低く、痩せている。

 家出少年だった。

 かつて少年時代のライタが街のチンピラに拾われて使いっぱしりをやったように、半年前、夜のクラブで手持ち無沙汰にしていたユウをライタが拾った。

 いずれ商売を広げようと思えば、ライタとゲンタ二人だけでは手がりなくなる。兄弟以外のが必要になる時が来る。その時に備えて、試しにこの少年を使ってみようと思ったのだ。

 夕方、デイパックに〈NネクロマンサーズNナイトメア〉を詰めて夜の街へ送り込む。

 少年は朝まで街をウロウロしながら商品を売って、売上げ金は朝十時にN市中心部のライタの高級マンションに持って行くという決まりになっていた。

 ふと背中を見て、少年が何も背負っていないことに気づいた。

「ユウ……おぇ、いつものデイパックはどうした?」

「く、来る途中で……な、くしました」

「失くしただとぉ?」

「せ、正確には……盗まれました。べ、便所へ行っているすきに……」

「それで、新しいデイパックも用意せずに、のこのこ出勤してきたのか?」

「はい……すんませんっ」

(まったく……こいつ、何回『すんません』を言うつもりだ?)

 出勤前の出来事だ。失くしたんだか盗まれたんだか知らないが、デイパックには〈商品〉も〈売上げ金〉も入っていない。

 ライタには何のダメージも無い。

 このユウと名乗る少年が自前のデイパックを失った……それだけの話だ。

 ……しかし……

(こいつ……使えねぇ……)

 いずれ、この少年は重大なミスを犯す。

 今日、空のデイパックを失くしたという事は、将来、クスリや札束の入ったデイパックを失くす可能性もあるという事だ……ライタは、そう思った。

(一度あった事は二度ある。二度ある事は三度ある……ってわけだ。ここらが見切り時だな)

 目の端に、弟の作ったが見えた。

(最後に役に立ってもらうか……)

 弟が猫を縛るのに使ったロープを拾いに行きながら、ライタは少年にたずねた。

「おぇ、家出少年だろ?」

 ユウがかすかに首を縦に動かした。

「家は、どこだよ」

 少年は黙ってしまった。

「……まあ、良い……地名は言わなくてもな。ずいぶん遠いのか?」

「……はい」

「家出して、どれくらいになる?」

 言いながらロープの長さを確かめる。

 ゲンタが、死んだ犬を持って行くときナイフで切っていたが……それでも

「丸一年……ちました」

 少年が答えた。

「さぞかし親は心配しているだろうなぁ」

「家を出る時、置手紙を残しましたから……『探さないで下さい』って」

「それだけじゃあ……心許無こころもとないなぁ」

「心許無い?」

「んん? いやぁ、こっちの話だ……手掛てがかりは出来るだけ残したくねぇな、って話さ。……さて……」

 ライタは改めて少年を見た。

「家出少年、自称『ユウ』くん。裸になってもらおうか」

「裸……ですか」

「一糸まとわぬ全裸に、な。……安心しろ。ケツ掘ろうって話じゃねぇよ。ちょっと弟の実験に付き合って、科学の進歩に貢献して下さいって言ってんのさ」

 言われた通り裸になった少年の両手首をロープで縛り、先ほどゲンタがチワワに対してしたように、天井のフックにロープを引っ掛けて少年の体を持ち上げた。

 小柄な少年とはいえ、人間の体を宙に浮かせるのは骨が折れる。

 完全に持ち上げるのは諦めて、少年を爪先つまさき立ちにさせ、縛った両腕をピンッと上に伸ばした高さでロープを固定した。

 ゲンタが地下室から地上の廃工場に上がって来た。

「いやぁ、兄貴、凄いよ。今、チワワの頭蓋骨をカチ割ってみたんだけどね。脳神経が焼き切れた痕跡があるんだ。〈サンダーボルト・シャーク・デス・セーバー〉で斬りつけたのは、犬の胴体だ。つまり、体の何処どこに斬りつけようが、電流は一瞬にして全身を駆け巡り、脳神経を破壊するって事なんだよ。……まあ、最終的な検証は人間を使わなきゃ出来ないけど……」

「その人間が、手に入ったぜ」

「あれ? ユウじゃないか? 素っ裸で何やってんだ? 天井からロープでり下げられたりして……あっ」

 ゲンタが、やっと兄の言ったことに気づく。

「そういう事か」

「そういう事だ。声が出ないように口ん中に突っ込むもの探して来いよ」

「分かった」

 一旦いったん地下へ戻ってゲンタがタオルを持って来た。

 兄のライタに渡す。

「はい、ユウくーん。良い子だから、あーんして、あーん」

 タオルを受け取りながら、ライタが少年に言った。

 不穏な空気を感じながらも、ユウと呼ばれた少年は素直に口を開けた。

 いきなりライタがタオルを口の中に突っ込む。吐き出さないようギュウギュウに詰め込んだ。

「このタオル、何で所どころに赤い染みがあるんだ?」

「地下でチワワの脳を割った時に出てきた血を拭きとったから」

「そうか」

 ライタは壁に立て掛けてあった自分の〈サンダーボルト・シャーク・デス・セーバー〉二号機を取りに行った。

「……さて……」

 戻って来た兄が弟に言う。

「どっちが先にを始める?」

「じゃんけんで決めようよ」

 弟が言った。

 それから一時間、入口も窓も締め切った廃工場の中で、血なまぐさい〈実験〉が行われた。

 少年は全身の皮膚と肉を切り裂かれ、電気ショックに襲われ、血を流し、気絶しては、覚醒させられた。

 電気ショックの実験だけなら、少年の体に電極を触れさせるだけで充分だ。

 しかし毒虫兄弟は、あえて少年の体に剣を打ち込み、横に引いた。

 きれいな曲線の刀身を持つ刀とは違い、ゲンタの発明品にはギザギザの刃が付いている。

 ノコギリの刃で肉を裂かれるようなものだ。ぐの切り傷にはならず、切断面の組織はグチャグチャに破壊される。

 毒虫兄弟が少年の体に剣を打ち込み肉を引き裂くたびに、血まみれの体が藻掻もがき苦しみ、少年ののどからは叫び声が発せられた。しかし、その声は口に詰め込まれたタオルに消され、建物の外に響くことは無かった。

 最後に〈サンダーボルト・シャーク・デス・セーバー〉の発明者であるゲンタが、電圧ダイアルを「即死」モードにした剣で少年の腹を裂いた。

 兄弟たちが〈実験〉と称する血のうたげが終わった。

 兄のライタは壁に剣を立て掛け、自分も壁に背中を預けて座り込んだ。

 激しい運動で荒くなった息を整える。

 廃工場の中央では、フックから下ろして血だまりの上に仰向あおむけに寝かせた少年の額に、ゲンタが剣を当てていた。

 何をするのかと見ていると、剣身にならんだギザギザの刃を前後に動かし始めた。

 まさに剣をノコギリのように使って、死んだ少年の頭蓋骨を切り開こうとしている。

「おい、ゲンタ、何やってるんだ?」

 壁際から兄が呼びかけた。

「頭を開いてみるんだ。中の脳みそがどうなっているのか知りたい」

「まったく元気な奴だ」

 あらためて、兄の自分よりも弟の方が遥かに体力がある事を思い知らされる。知能だって弟の方がずっと上だ。

 弟に対し、かろうじて対等以上の立場でいられるのは、ライタの方が少しばかり世間を知っているからだ。それだけの事だ。

 いつか弟にとって自分という存在が必要なくなる日が来るかもしれない……ライタは、ふと思った。

(弟に……捨てられる? 兄である、この俺が?)

 首を振り、あわててその考えを頭から追い出した。

 ……弟が、兄である自分に依存しているのではなく、兄である自分が、弟に依存しているのではないか、という考えを……

「やっぱり、そうだ!」

 廃工場の真ん中でゲンタが叫んだ。

「兄貴、やっぱり、そうだったんだ! 俺は『即死モード』にした最後の一撃を、こいつの腹にお見舞いしてやった。ところが、電気ショックで神経が焼き切れた痕跡が、脳にもある! つまり、体のどの部分であろうと〈サンダーボルト・シャーク・デス・セーバー〉がさわりさえすれば、瞬時に電流が全身を駆け巡って、一撃で脳を破壊できるんだ!」

 興奮する弟を、兄は白けた気分で見つめていた。

(ああ、そうですか、それは良かったですね。けっ! 何がサンダーボルトだ。実戦じゃあ、遠くから銃でズドンッとやった方が勝つんだよ!)

 弟の発明品が最高の武器になる時代が目の前にせまっていることを、この時の毒虫兄弟は、まだ知らなかった。

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