発生。(その10)

 実家で弟と再会して、弟が親に買ってもらった実験器具を使って「開発」したクスリをヤッて以来、それまでチンピラの使いっぱしりに甘んじていたライタの人生は急激に動き出した。

 弟と会った翌日、ライタは空き地に行って雑草を刈り、大袋に詰め、誰も寄り付かない廃屋に持って行って新聞紙の上に広げた。

 数日後、刈り取った雑草がカラカラに乾燥した頃合いを見計らって再び大袋に詰め、アパートに持ち帰って小さなビニール袋に分けた。

 開発者である弟が〈ネクロマンサーズ・ナイトメア〉と命名した薬液を霧吹きで袋の中の雑草に吹きかけ、袋を密封する。

 それを繰り返して出来た数十個の小袋をバックパックに入れ、N市じゅうのナイト・クラブや少年たちの溜まり場に配って歩いた。

 反響はすぐにあった。弟の作った〈ネクロマンサーズ・ナイトメア〉が生み出すまぼろしの幸福感は、それまで流通していた類似のクスリと比べても群を抜いていた。

 ライタをき使っていたチンピラが「可愛がってやった恩を忘れるな」とか何とかイチャモンを付けてきたが、一回目は金で、二回目は不良少年たちを雇って襲撃させ、黙らせた。

 その頃には、ライタは分厚い札入さついれを持ち歩くようになっていた。

 三年前、十八歳になった弟にこの廃工場と機材一式を与えて〈NネクロマンサーズNナイトメア〉の量産を開始した。

 ナイト・クラブのDJに紹介してもらった売人を通じて、東京・大阪・名古屋など大都市への販路も徐々に出来つつある。

「……しかし〈NネクロマンサーズNナイトメア〉って名前を聞くたびに、東京のやつら苦笑いするんだよな」

 コンクリートの階段を昇りながら、毒虫どくむしライタはつぶやいた。

「『何だよ、そのキラキラ・ネーム、だっせぇ』……って」

 地下でに熱中する弟は放って置いて、一先ひとまず地上の廃工場に上がった。

「まあ、ゲンタは中学二年で家に引きこもって以来、親以外の人間とは一度も顔を会わせなかったらしいからな。知能は高くても、精神年齢は中二のまま……てか?」

 廃工場の錆びた機械の上に腰を下ろし、暇つぶしにゲームでもやろうとポケットから携帯電話を出す。

 十五分ほど電話の画面に指をすべらせ、もうすこしで自己ベストを更新しそうになったとき突然ゲームが止まってしまった。

 画面に「サーバーとの通信が切断されました」というエラー・メッセージが出る。良く見ると画面の端に「圏外」のサインが出ていた。

「チッ、これだからドモコはよぉ……」

 思わず携帯電話を投げつけたくなる衝動をどうにかこらえた。

 そのとき地下室から弟が現れた。キャンキャン吠えるチワワのかごを右手にげ、何故なぜか左手にロープを持っている。

「これは、これは、毒虫どくむしゲンタ大先生……〈武器作り〉とやらは終わりましたか?」

 嫌味たっぷりに兄が言った。

「ああ。……バッチリ完成したぜ」

「その犬ッコロは何だよ?」

「まあ、見てろ……って」

 ゲンタは、犬のかごとロープを一旦いったん置いて地下室に戻り、数分後、両手に〈武器〉とやらを持って現れた。

「こっちが一号機」

 右手の〈武器〉を挙げて弟が言った。

「……で、こっちが二号機」

 左手を挙げる。

 ライタには違いが全く分からない。

 一言で言えばロールプレイングゲームに出てくる西洋のロング・ソードと、ホームセンターに売っている両刃ノコギリを足して二で割ったような姿だった。

 全体的なシルエットはロング・ソードに似ている。

 長い剣身と、両側に突き出たつば。両手で持つための長いつか

 ロング・ソードと違い、刃がノコギリのようにギザギザになっていた。さめの歯のような連続した小さな三角形で刃が構成されている。

 切っ先は二股に分かれていた。

「なんだよ、このノコギリの化け物みたいなのはよぉ……」

「名づけて〈サンダーボルト・シャーク・デス・セーバー〉だ」

「チッ! またキラキラ・ネームかよ」

「ちょっと待っててくれ」

 ゲンタがひざまずいてかごの口を開け、両手を入れてチワワを取り出した。

「はーい、良い子でちゅねー、お外に出まちょーねー」

 赤ちゃん言葉を使いながらチワワを抱き上げる。弟には全く似合わない言葉づかいに兄はイラ立った。

 弟は「こわくありまちぇんからねー」などと言いつつ、ロープを犬の胴体にグルグルと巻き付けていった。それほどキツく巻いていないのか、チワワは嫌がる様子も無く素直にされるがままになっていた。

 絶対逃げられないほどグルグル巻きにしたあと、いきなり、ゲンタはロープを力いっぱい両側に引っ張った。胴体を締め上げられ、チワワは鳴き叫びながら何とか抜け出そうと藻掻もがいた。

 どんなに藻掻もがいても絶対に逃げられない事を確認して、弟が犬を引きずって工場の中央まで歩いて行く。

 天井を見上げると、重い機械を移動させるためのレールクレーンがぶら下がっていた。

 クレーンの先端の巨大な鉤爪かぎづめにロープの反対の端を何度も投げ、引っかかった所でロープを引く。

 天井の鉤爪かぎづめに引っ掛けたロープによって、チワワは毒虫兄弟の眼の高さに釣り上げられる格好になった。

 天井から下がったロープの先で、宙ぶらりんのチワワが暴れた。

 ロープを固定したあと、ゲンタは二つの自作武器……〈サンダーボルト・シャーク・デス・セーバー〉を持って兄の所に歩いて行った。

「二号機は兄貴にやるよ」

 武器を持った左手を突き出しながらゲンタが言った。

 ライタは戸惑いながらも、その大きなノコギリの化け物を受け取った。

 思った以上に、ずっしりと重い。

「ひとことで言えば、スタン・ガンと中世のロング・ソードを合体させたものさ」

 ゲンタが剣身のギザギザを指さす。

「この三角の刃一つ一つが電極になっているんだ。プラス、マイナス、プラス、マイナス……と交互に配置してあるから、剣身のどこが体に触れても電気が流れるようになっている。この引き金トリガー状のスイッチを押すと、電流が流れる」

 ゲンタが自分の剣のつかにある引き金トリガーを引いた。

 ブーンという低いうなり音がして、ギザギザの剣の表面に青白い放電光が発生した。その超小型カミナリのような放電現象が剣身に現れるたびに「バチッ、バチッ」という炸裂音が響く。

 引き金から指を離すとうなり音と放電現象が止まった。

「ここが調整ダイアルだ」

 弟が剣の柄頭つかがしらを指さした。

 ライタは自分の剣の柄頭を見た。

「切……拷問(弱)……拷問(強)……即死」という目盛りが刻んであった。

「では、実験だ」

 ゲンタが再び引き金トリガーを引いた。

 ブーンといううなり音。剣身にバチッ、バチッ、という放電現象。

 天井からローブでぶら下げられた小犬こいぬに近づいていく。

 剣を頭上に振り上げ、いきなりチワワの胴体に振り下ろした。

 閉め切った廃工場に、もの凄い犬の悲鳴が響き渡った。

〈サンダーボルト・シャーク・デス・セーバー〉のギザギザの刃は小犬こいぬの胴体の三分の一の所まで食い込んでいた。傷口から高圧の電撃を浴びせられ、体が滅茶苦茶めちゃくちゃ痙攣けいれんしている。

「きゃははは、見ろよ、兄貴! こいつ馬鹿みたいに痙攣してる! これで『拷問(弱)』なんだぜ!」

「おい、ゲンタ……」

「よおし! 次は『拷問(強)』だ!」

 ゲンタが叫んで柄頭のダイアルを回した。

 犬の痙攣がさらに激しくなった。周囲に犬の血しぶきが飛んだ。

 服にかからないように兄は後ろへ下がったが、弟は興奮のあまり顔が血で汚れるのも気にしていないようだった。

「すっげー、兄貴、すげぇだろ? これでも、まだ最強電圧じゃないんだぜ?」

「おい、ゲンタ」

「いよいよメイン・イベント、電圧MAX『即死』モードだ」

「ゲンタ!」

「さっきからゲンタ、ゲンタって、うるせぇな! 何だよ!」

「その犬、もう死んでるよ」

「え?」

 弟が引き金トリガーから指を離した。

 電流が止まった。

 小犬の体から力が抜け、ロープの先にグッタリとぶら下がった。

「し、死んじゃってたのか……」

「電圧の設定を間違ったんじゃないのか? 俺が見たところ、最初の一撃で死んでたぞ」

「……いや、そんなはずない。計算式は完ぺきだったんだ……そ、そうか……人間と小さな犬ッコロじゃ、電撃に対する抵抗力が違うんだ! に、人間相手なら問題ないはずだ」

「それくらい最初に気づけよな……まったく。お前は頭が良いんだか悪いんだか……」

「やっぱ、人体実験は必要か……ああ、適当な人間、どこかに居ないかな」

「そんな事より、早く犬の死体を片付けろよ」

「わかってるよ」

 弟はポケットナイフを出しながら犬に近づいて行った。ロープを切断する。死体が地面に落ちた。それを丁寧に抱き上げ、地下室へ向かう。

「おい、そんなもん地下に持って行って、どうする気だ?」

「解剖するのさ。神経系がどんな風に焼き切れたのか、興味があるんだ」

「うへぇ」

 弟が地下に行き、兄は再び地上の廃工場で一人きりになった。

「〈サンダーボルト・シャーク・デス・セーバー〉ねぇ……」

 手に持たされた武器をしげしげとながめる。

「実戦じゃ何の役にも立たないだろうが……これ単体で見た場合、相当強力な武器である事に違いは無い……人間に対してどれ程の威力があるのか、調べてみたい気もする、な」

 その時、壁に設置したインターフォンが赤く光り、がらんとした工場に電子音を響かせた。

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