第8話 傍観者。


そこは林に囲まれたお寺だった。町から少し離れた場所にある。


 林の中の長い階段を前を歩く真理奈ちゃんが軽快にあるいていく。


 大きな門をくぐると左手にお墓が並んでいた。

 私達は河瀬と書かれているお墓の前にたどり着いた。


「あれ? 先に誰か来たのかな?」


真理奈ちゃんが不思議そうに首をかしげた。


私は心当たりがあったけど、黙って置く事にした。


「まぁ、いいか」


真理奈ちゃんはそう言うとお墓の掃除を始めた。


私もヤカンを持って水をくみに行く。


30分ほどかけてお墓を掃除して、花を供えた後、お線香に火をつけた。


「先輩良かったですね。彩香ちゃんやご両親と同じお墓に入れて」


 真理奈ちゃんは手を合わせながら言った。


あの日、泉先輩は自分の首を切って命を落としました。


 救急車が来た時はすでに事切れていたそうです。


「先輩はどんな気持だったんだろうね?」


 その言葉は泉先輩に向けられたものなのか私に向けられたものなのか分からなかった。


 真理奈は私の方に視線を投げてきたが私は首をかしげるしかできなかった。


「私、ひとつ不思議に思っている事があるんだ」


真理奈ちゃんはお墓の方を向いたまま言った。


「あかねって一体誰だったんだろうね?」


「先生は先輩があかねだと思っていたみたいだけど、私にはそうは思えないんだ」


 その稲森先生は、あの一件以来、情緒不安定になってしまっている。


 カウンセリングに通っているらしいが、結果はあまり芳しくないようだ。


「確かに、あかねは色々とメールを送ってくるタイミングが良すぎたし、学校の内情にも詳しい感じがした。

 だから、先生は先輩をあかねと思ったんだ。

 でも、私は逆だと思うんだよ。

 あかねって言う協力者がいたから学校の内情に詳しかったんじゃないかって、そう思ったんだ」


「ねぇ、利香はどう思う?」


 真理奈ちゃんがそこで、初めて私の顔を見た。


「だって、あかねってあなたでしょ?」


「気が付いてたんだ」


 真理奈ちゃんが、まっすぐ私の目を見て頷いた。


「携帯ってさ、漢字を変換するでしょ? でも、たまに思ってもいない漢字を間違って変換するでしょ? そんな文字が出したかったわけじゃないみたいなさ」

 

 真理奈ちゃんがいきなりそんな事を言った。


「それでね、ちょっと前に利香の名前を打って変換しようとしたんだ。そうしたら、誤変換しちゃてさ。関根が赤根って変換されたんだ。

 これ、読み方を変えたらあかねだよね。

 初めは、偶然だと思ったんだけど、利香があかねだと思って考えると辻褄が合っちゃうんだ」

「だから、カマを掛けてみた」


 悪戯っぽく笑った。


「泉先輩は、私の実の兄なんだって」


 私は慎重に言葉を選びながら口を開いた。真理奈ちゃんに誤解されたくなかったから。


「私も知ったのは最近なんだ。泉先輩のご両親が死んだ頃に初めて聞かされたの。

 私は、それを知って、先輩と仲良くなろうとしたんだよ。

 でも、先輩は私や、私の両親には、ほとんど興味がないようだったの。

 だから、私もメールアドレスや携帯電話の番号は交換したけど、ほとんど連絡なんて取っていなかったんだ。

 たまに、一緒にご飯を食べたりしたぐらい。

 数回、頼みごとをされた事もあったけど、そんな程度の関係だったんだよ」


「だから、泉先輩にあかねのアカウントでゆかりの話し相手になってくれって言われた時は驚いたよ。

 あかねは私が昔持っていた携帯で取ったアカウントなんだけど、色々と便利だからずっと持っていたんだ。

 先輩が言うには、今、お兄さんの事で追い詰められているゆかりは、何も知らない第三者のフリをして話し相手になってあげるだけで、気が楽になるはずだからって話だった。

 それもその通りだなって思ったよ」

「でも、ゆかりが死んだ時、私は泉先輩に詰め寄ったんだ。

 なんでこんな事になったのって。私は、ゆかりを追い詰めるために話し相手になっていたわけじゃないんだから。

 泉先輩は、全て君に話すよと言った。必ずって。

 それからしばらくしたある日、私に泉先輩から電話が掛かってきたんだ。

 泉先輩が私に電話を掛けたのはこれが最初で最後」


「あの日、利香も全てを聞いていたんだ?」


 真理奈の質問に私は頷いた。


「私は友達を騙してたんだよ。ゆかりも真理奈ちゃんも」


 自分でそう言って、ずんと気持ちが落ち込むのが分かった。


 嫌われたくない、そう思っていた。でも、嫌われても仕方のない事をしてきたとも思う。


 騙すつもりはなかったなんて都合の良い言い訳は通じないと思う。


「まぁ、しょうがないんじゃない? 友達にだって秘密の一つや二つはあるものでしょ?」


 真理奈がさも当然と言った風に笑う。


「…まだ、友達でいてくれるの?」


「だって、利香は利香でしょ? あかねだろうとなんだろうと関係ないじゃない」


 少し前に、私が真理奈ちゃんに言った言葉だった。


「さ、帰ろう。今日はゆかりのお墓参りも行かないといけないしね」


 さっと立ちあがると、真理奈はさっさと歩いて行ってしまった。


 私は、泉先輩のお墓に向き直ると、最後に手を合わせた。


 また真理奈ちゃんと二人で来るよ。



またね。お兄ちゃん。


 私は踵を返すと急いで真理奈ちゃんの後を追いかけた。

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限りなく透明な遺書。 相生逢 @pokepitta

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