第2話 湖のほとりにて

オールを漕ぐ度に、木の音がする。オールが水から完全に出ると、オールから滴り落ちる水滴で静かに波紋が広がる。

木の音と波紋が、交互に周りを囲む。

それが、段々と当たり前の様になってくる時には、もう木々のざわめきは遠くなっている。


私は、いつもの空想をする。

私自身が直した古い木椅子の上で。たまには、切り株の上でも、草の上に布を広げて寝そべりながらでも。

でも、いくら場所が変わろうと、一つだけ、すべての場所には共通点があった。

それは、常に同じ湖が見えることだった。

どんな所でもこの空想を広げる時には、何故か、必ず湖が見えていた。

もちろん、現実の中で見えている湖の上だ。

そして、季節によって、湖は変わる。


春は、全ての生命の動きが始まる。

夏は、全てが盛んに息づく。

秋は、全ては速度を落とす。

冬は、全てに殻と奥深い温もりがかかる。


私はそれを身に染み込ませる様に空想をする。


春を、ゆっくりと噛みしめ。

夏を、密かに喜びながら。

秋を、澄まして待ち。

冬を、遠巻きに見守って。


湖の周りに何があるのか、私は知らない。

これまで幾度となく、衝動に駆られることがあった。

その度に自分自身が、自分自身を抑え。

私が私に制御をかけた。

知ったところで、知らなかったところで、私には何一つ変わらない。

私が気づく様な変化は無い。

そこに新しい世界が広がろうと、荒廃した世界が広がろうと。

私には、この湖があればいい。


深く知らなくても、何一つ変わらない。

浅く知っても、変わるものはない。


この湖が私と共に在ること、

それこそが最も大切にすべき事なのだ。


誰かに求められ、支配され、束縛される

受動的な存在。


そんなものじゃない、存在。


それが、私が空想を広げる時に、

無意識に湖に求めさせてしまっているのかもしれない。


また、きっと、明日も私は同じ事を繰り返すだろう。


私と湖は似ているのかもしれない。

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思いつきのSS 紅暁 凌 Kogyo Ryo @kogyo-ryo

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