第15話 実戦

 巨大なキリギリス達が公園内を跳ね回る。

 着地の度に重量感のある音が鳴る。

 キリギリスはその無機質な複眼で辺りを見回し、餌を探す。

 すると、その視界に複数の動く肉が現れた。

 のそのそと動き回る、か弱そうな肉。

 その肉を獲物と判断し、キリギリス達が襲い掛かっていく。

 だが、


「奴らは顔が硬い! 胴体を狙え!」


 相手が悪かった。

 その肉はただの肉ではない。

 統率された特殊部隊の隊員達だった。

 彼らは銃で的確にキリギリス達を仕留めていく。

 キリギリス達は恐怖を知らない。

 後退を知らない、銃弾を恐れない。

 実に勇敢な彼ら。

 だが、隊員達にとってその行動はただ無謀なだけだった。

 無策に襲い掛かってくる彼らを安々と鉛の弾で狩っていく。

 そして、キリギリスの命を奪う物はそれだけではない。


(狙って……撃つ!)


 千夏の存在だ。

 彼女の放つ魔力の弾丸は、一撃でキリギリスの体を吹き飛ばす。

 特殊隊員達の銃弾をはじく硬い頭部だろうと、魔力の弾丸は軽々粉砕する。


「おぉ!」

「やるなぁ、嬢ちゃん!」

「は、はい! ありがとうございます!」


(よし、大丈夫っ)


 彼女の派手な攻撃は、隊員達の士気を上げた。

 射撃訓練では的にあまり上手く当てられなかった彼女だが、キリギリスは訓練の的よりもずっと大きい。

 そして、今まで的にしか弾丸を当てた事の無かった彼女は、その威力に驚き、同時に興奮していた。


(私でも役に立てる!)


 完全に優勢だった。

 銃声に気付き公園内だけではなく森林の奥にもいたらしいキリギリス達が集まってくるが、それはむしろ望む結果だ。

 一掃出来る。

 

「あの! あとどれくらいいるんでしょうか!?」

「もう一頑張りだ! 疲れたんなら下がりな! 後は俺達だけで十分だ!」

「いえ! もう一頑張り頑張ります!」

「ははは、そうか! 無理すんなよ!」

「はい!」


 キリギリスは手足が千切れても胴体を少々撃ち抜かれても、倒れたりはしない。

 その強い生命力で死の直前まで動き続ける。

 だが、大勢の隊員から一匹一匹集中して狙われれば、流石にひとたまりもない。

 統率された戦い。

 それはキリギリス達が知らぬ物だ。

 群れて行動する事は出来ても、意思の疎通は出来ない。

 そこが人とキリギリス、人と魔物との違いだった。


(やった……やった!)


 動くキリギリス達の数が減ってきた。

 

(できた、できた!)


 私でも出来た、戦えた、と千夏がホッと笑みを見せる。


(少し疲れてきたけど、大丈夫。まだ、もう少し、大丈夫)


 額の汗を拭い、ふぅと息をつく。

 その時だった。


「…………地震?」


 地が揺れた。


「おい、何だ?」

「どうした。どういう事だこれは」


 揺れは大きくは無いが、それと共に聞こえる音が気になる。

 ズシィン、ズシィン、とゆっくり音が接近してくるのだ。

 そして、次第に新たな音が混じり始める。

 バキバキ、メシメシ、と木が割れて折れる音が。


「嘘、でしょ……?」


 それが、姿を現した。


「巨大な……キリギリスだと?」


 今までとは比較にならない程に大きなキリギリスだった。

 普通のキリギリスでも幼虫と成虫ならば倍近いサイズの違いがあったりはするが、ここまでの違いは無い。

 今千夏達の前にいるキリギリスは、三階建ての建物と同じ位の体高がある。


「こんなの怪獣だよぉ……」


 千夏が涙目になり、小さく呟いた。


「何を狼狽えている! 撃て! 撃つんだ! ここで我々が食い止めないと、こいつは町まで下りてしまうぞ!」


 その言葉に隊員たちが一斉に銃口を向ける。

 だが引き金を引いた瞬間、彼らは絶望する事になる。


「そんな……」

「銃が効かない……」


 巨大なキリギリスはその体も更に硬くなっており、銃弾を一切通さなかった。

 頭は勿論、柔らかかった筈の胴体にすらはじかれる。


「嬢ちゃん! 頼む!」

「はい!」


 そこで千夏が銃を構える。

 

(私なら!)


 光の帯がキリギリスに向かう。


「え?」


 だがその弾丸は、キリギリスの体表で弾かれた。


「マジかよ……」

「これも通じないなんて」


「まだです!」


 だが、千夏は諦めない。


(魔力を、もっと込めて!)


 出力を上げる。

 銃に今までよりも多くの魔力を込める。


「いっけぇぇええええ!」


 彼女が今までに放った事が無い、高威力の一撃。

 極太の光の美しさに、自分で撃った物ながら千夏が一瞬見惚れる。


(綺麗……)


 弾丸は、今までに見たキリギリスの弱点である胴体を狙った。

 狙いは正確。

 あれだけ広い的を狙って当たらない訳も無いのだが。


(直撃!)


 体表で光が炸裂した。


「あ、はは……」


 千夏が笑う。


「あはははは…………」


 銃が手から落ちそうになる。


「全然効いてないよ……」


 巨大なキリギリスはよろめきもしない。

 全くのノーダメージ。

 無傷。

 千夏は、無力だった。


「撤退だ!」


 千夏の攻撃が通用しなかったと見た瞬間、隊長が撤退の指示を出す。

 

「急げ!」


 今の装備では勝てない。

 そう判断した結果だった。


「隊長!」


 だが、隊員達が撤退しようとした瞬間、巨大なキリギリスの後ろから、今まで戦ってきたサイズのキリギリス達がわさわさと出てきて襲いかかってきた。


「クソ!」


 背を向けてはやられる。

 人の足よりキリギリスの方が早い。

 仕方なく銃口を向けるが、隊員達の表情に焦りが見える。

 ライフルの弾が切れかけている者が何人もいた。

 この戦いには、実は想定外があった。

 キリギリスの数が多過ぎたのだ。

 本来公園内に元からいた物を倒しておしまいの予定だった。

 それが森林の奥からどんどん増援が現れた。

 それだけでもかなりの痛手だったのに、更にはこのように巨大なキリギリスまで現れた。

 そこへまたもや増援。

 ただ撤退するだけでも容易ではない。

 隊長が自分の判断ミスを悔やむ。


「やはり今までのは幼虫だったのか!」


 大きさこそ大して変わらないが、今増援として出てきたキリギリス達には羽があったのだ。

 跳躍の際の飛距離が今までとは違う。

 

「うわぁぁああああ!」


 ライフルの弾が残っていても一人で迎え撃つだけではキリギリスを落とす事が出来ない。

 サブウェポンのハンドガンでは尚更だ。

 ライフルの弾が残っていても後から現れた素早く飛翔するキリギリスには狙いが定まらず、弾が中々当たらない。

 状況は最悪だった。


「伏せて下さい!」


 そこへ、千夏が飛び込んだ。

 銃を振り回し、空を飛ぶキリギリスを思い切り殴り飛ばす。


「皆さんは早く逃げて下さい!」

「馬鹿野郎! 子供一人残して――」

「私は魔力保持者です! 体は頑丈で逃げ足も速いんです! 大丈夫ですから、早く!」


 横殴りに眼前のキリギリスの頭を吹き飛ばした後、別な方向から飛びかかってきたキリギリスの胴を上から叩き潰す。


「走って下さい! 早く!」


 そう言いながら、浮かんだ涙がバレないように目元を腕でこする。


(もう……撃てない、集中出来ない)


 有効な戦略として銃で叩いていたのではない。

 今の彼女には叩く事しか出来ないのだった。

 魔力で身体能力の強化を維持して重い銃を持って構える事が、もう出来ないのだ。


(……怖い……怖い……怖い……駄目、どうしよう、調子に乗った……間違えた……何で私こんな事……失敗しちゃった……怖い、怖い……)


 顔色は真っ青だった。

 焦りと恐怖で上手く魔力を扱う事が出来ない。

 今出来る事は、銃に瞬間的に魔力を込めて出鱈目に振り回すだけ。

 それが精いっぱいだった。


「うわぁぁぁぁああああああ!」


 大きな声を出す事で恐怖を押し隠す。

 口を閉じると歯が鳴ってしまうので、それを誤魔化す意味もあった。


(死にたくない死にたくない死にたくない!)


 またも目元に浮かんだ涙をごしごしと手でこすって拭う。


(でも、人が死ぬのも嫌! 警察の人達にも死んでほしくない!)


 一人で逃げるという考えは頭に浮かばなかった。

 守らなければと勇気を振り絞ってまた一歩踏み出し、隊員を襲おうとしたキリギリスの頭を銃で叩いて打ち砕く。


「嬢ちゃん!」

「え?」


 精神的に余裕が無くなっていたせいで、彼女は忘れていた。


「あ」


 勇気の授業で聞いた内容だった。

 人間は、群れで戦う事で魔物に立ち向かえるのだと。

 一人では勝てない。

 魔物の方が強い。


「後ろだ!」


 その言葉を聞き、振り向く前に。

 自分がキリギリスに食い殺される直前なのだと、彼女は悟った。

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ようこそ、木場沢超自然生命体対策センターへ! 草田章 @kusada

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