アルバイト

 

 「うーん、一緒にバイトするのは全然構わないが、そのサプライズ誕生日会とやらを、俺の家でやるのはちょっと無理だな」

 「じゃ、じゃあ何処か場所を借りてやればいいじゃないか! そうしよう!」

 どうしても誕生日会に参加したいのか、一颯は必死だ。

 「……まぁ、それなら多分問題ないが、小春姉に聞いてからじゃねぇと何とも言えないぞ?」

 「そんなの小春様が『駄目だ!』って言う訳がないじゃないか!」

 よっしゃ! とガッツポーズを取る一颯。

 そして対照的に、無言のままグーパンチで俺の肩口を何度も殴り付ける千秋。

 ……肩が痛てぇ。何故俺が殴られなきゃならんのだ。




 「駄目だ!」

 疲れ切った蒼い顔で家に帰って来た小春姉からは、予想通りの言葉が返って来た。

 そりゃそうだろう。小春姉は俺達の前以外では話せない。

 一颯を参加させようものなら、小春姉はずっと押し黙っていなきゃならんのだからな。

 千夏のサプライズ誕生日会なのに、小春姉がそんなものOKする訳がない。


 リビングのソファーに前のめりで倒れ込んだ小春姉。

 後ろをピョンピョンと飛び跳ねている鞄達は、いつもに増してパンパンに膨れ上がっている。

 ……小春姉の疲れの原因はこれだな。

 「何故そんな馬鹿の骨とも知れん奴と、千夏っちゃんの誕生日会を開かなきゃならんのだ」

 ……それを言うなら馬の骨だろ。馬鹿はアンタだよ。

 モソモソと動いてソファーに座り直した小春姉は、仰向けに背もたれに寄り掛かって頭を預けた。

 口が開いてしまっているぞ、だらしない。

 「おい、ちょっと肩を揉んでくれ」

 「はぁ? 何で俺が小春姉の肩を――」

 「ああ、ゴメンゴメン。龍ちゃんじゃなくてソファーに言ったんだよ」

 何だそりゃ。……ソ、ソファーに言った?

 

 命令に従ったのか、ソファーがムニョムニョと独りでに動き始めた。

 背もたれ部分を小刻みに波打たせて、小春姉の肩を器用に揉んでいる。

 怖ぇーよ……。何のホラー映画だよ。何でもかんでも命を吹き込むな!

 「あ゛ー、……それで? 龍ちゃんのバイト先はもう決まったの?」

 「……それが、3人一緒となるとなかなかいいバイト先が見つからなくてな」

 「だろうなーぁ゛ー。それこそ千夏っちゃんに頼まないとな。う゛ぅー」

 オッサンみたいな変な声を出すな。

 「千夏の誕生日会を開く為にバイトをするのに、頼めねーだろ?」

 「そんなもの、携帯を買ってお金が無くなったあぁ……とか、適当な理由をでっち上げればいいぃ……じゃないか」

 成程。何も馬鹿正直に理由を言う必要はないのか。



 「ただ今千夏がご帰宅ー! お出迎えはないのかぇ?」

 そんな時、もう1人の馬鹿が帰って来た。

 だから出迎えなんか、ある訳、ある訳――

 「千夏、千夏ー! お帰り。鞄部屋に持って行ってやるから、リビングに行ってな」

 「ふ、ふぇ? あ、ありがと龍兄」

 そうだそうだ、千夏の機嫌取りからしなきゃならんのだ。

 玄関に置かれた薄い鞄を拾い、階段を駆け上がる。

 中身が全く入っていないのだが、この鞄、毎日持って行く必要あるのか?

 ……コイツ、昼飯とかどうしてんだ?


 千夏の部屋に鞄をブン投げてリビングへと戻る。

 プリンの在庫は――大丈夫。スーパーに買い出しに行った時に、安売りで大量に補充しておいたからな。


 「……な、何でコレ1個しかねーんだ?」

 冷蔵庫のプリンストック場所には、ガランとしたスペースが広がっている。

 申し訳なさそうに、プリンが1つ置かれているだけ。おかしいな、ギュウギュウに詰めておいた筈だぞ?

 「食べたからじゃないか?」

 「1つも食ってねーよ」

 「いや、だからあ゛ぁぁ私が食べたからだよ」

 ……こ、この野郎。

 「おい、ふざけんなよ! 何を堂々とカミングアウトしてやがる! 勝手に食うなってあれ程言ったじゃねーか!」

 「もう、太ったら龍ちゃんの所為だからなあ゛ぁ……」

 駄目だコイツ。

 今ここで暴れて、千夏の機嫌を損なう訳にはいかないから、千夏に能力ちからを使って貰った後、キッチリと料金を徴収してやる。

 しかし千夏の誕生日会とやらをする為に、何で俺がバイトまでしなきゃいけねーんだよ。

 冷蔵庫から最後のプリンを取り出し、千夏へと献上する。

 「それでよー千夏。実は頼みたい事があるんだよ」

 「ほほう、よかろうよかろう。何なりと申せ」

 俺が頼み事をするのだと分かると、途端に態度がデカくなった千夏。何処かの上様みたいな喋り口調だ。

 ソファーに肩を揉まれ、若干白目を剥いている気持ち悪い小春姉の隣に座ると、プリンの蓋を剥がし、啜って丸飲みにしてしまった。

 「……ふむふむ、やはりプリンは至高の一品ですな」

 「それで頼みなんだが――」

 「しかーし!」

 千夏がプリンが入っていた容器をかざし、俺の話を制した。何だ? 1個じゃ足りねぇなんて言いやがったら怒るぞ?

 「わらわは次回から、壺プリンと呼ばれる高級プリンを所望するぞよ」

 「馬鹿言ってんな。そんな物買える訳ねーだろ! 金が無いからバイトがしたいって言っているのに」

 「ふぇ? 龍兄バイトするの?」

 「ああ、携帯買って金無くなっちまったからな。それで千夏に頼みなんだが、俺と一颯と千秋の3人一緒に、短期で入れるバイト先っていうのを、何とかして欲しいんだ。……出来そうか?」

 「余裕」

 勝ち誇った顔でそう答えた千夏が、プリンの容器をノールックで放り投げると、見事にゴミ箱へと吸い込まれた。

 ……コイツこれも運の要素を操作してやがるな?

 「龍兄、今からここに電話してみ?」

 千夏がアルバイト情報雑誌に掲載されている、1件の募集案内を指差す。

 ……ファミレスか。ファミレスで3人同時とか無茶じゃねーか?

 そんな事を思いながらも、掲載されている番号に電話してみる事にした。


 プルル プルルル プルルル ……


 ぜ、全然出ない。どうなってんだ? と通話終了のボタンをタップしかけたその時――

 「はい! お待たせしました。こちらファミリーレストラン『ジョイストリア』○○支店で御座います! はぁはぁ……」

 やっと電話に出てくれたのだが、息を切らせて、電話越しではぁはぁ言っている男性の声は聞きたくねーな。

 「あの、アルバイト情報雑誌のバイト募集を見て電話させて貰ったんですが、3人同時に短期でお願いって出来ますか?」

 ……自分で言っててなんだが、こんな無茶な話を――

 「本当に? いやー、助かるよ! 今すぐ、今すぐに来て貰えるのかな?」


 バイト出来る事になってしまいそうだ。こんなにも簡単に決まって良かったのか?

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姉と妹が馬鹿なお陰で今日も世界は平和である 山田の中の人 @gejigeji

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