昭和ミノタウロスの憤慨

「おい、どうして俺を戻したんだ!」


 ミノタウロスは憤慨を抑えることができず、拳を壁に叩きつけた。建物がぐらりと揺れるほどの衝撃、だが、目の前にいる科学者は平然としている。余裕の笑みを浮かべて「まあ、落ち着け」と肩を竦めた。


「落ち着いていられるか! 理由を言えってんだ!」

「では訊ねるが、お前は何をした?」

「未来を教えただけだよ! あっちは概ねここと同じ時空なんだろ?」

「……お前は本当に問題児だな」


 その安穏な口調に、ミノタウロスは奥歯を噛みしめる。

 先ほどまでいた、一九四〇年代の時空。そこで彼は未来を予知し、消える、という作業を繰り返していた。情報技術に精通していたせいか、別の科学者から「タイムマシンの権限を書き換える」という依頼を受け、手に入れた空間歪曲装置。それを用いて、日本中を回っていたのだ。


 せっかく人間の畏怖を集められる好機を得たというのに!


 苛立ちで掴みかかろうとするが、脳に埋め込まれた暴力抑制装置によって阻まれてしまう。ミノタウロスは大きく舌打ちをして、唾を吐いた。タイムマシンを蹴り飛ばそうとして、なんとか理性で抑える。

 画面に表示された昭和の街並み。そこにはおろおろと惑う人々の姿が映し出されている。これを自分が作ったのだと思うと誇らしく、また、焦燥が湧いた。


「おい、もう一度、飛ばせよ」

「それはいい。だが、あんな真似はやめろ」


 科学者は冷たい表情でそう言った。恐ろしくはなかったが、機嫌を損ねて自分だけ除け者にされるのも煩わしい。従う気などさらさらないにも関わらず、ミノタウロスは不承不承を装って頷いてみせた。


「……分かったよ、オッケーオッケー。……でもよ、なんで未来のことを告げただけで戻されたんだよ。お前、そういうの気にする人間じゃないだろ」

「別時空だからな、未来がずれるとか、バタフライエフェクトとか、そういう悪影響はない」

「じゃあなんでだよ」

「お前はミノタウロスだからだ」

「そんなの分かってるっつの」

「そして、未来を予言するのはお前の仕事ではない」


 そこで、ミノタウロスの思考は停止した。

 怒りなど吹き飛ばされ、どう振る舞ったらいいのか、分からなくなる。その場に立ち尽くしたまま、目だけで続きを促した。

 科学者は盛大な嘆息をし、平坦な口調で言った。


「未来を予言するのは、牛の身体に人の顔がついた『くだん』だ」

「……そうなの?」


 ……しかし、その忠告も無駄となる。ミノタウロスの所業は人々の間で語り継がれ、活発となった電子通信網の中に残されてしまうのだった。

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