嘘つきも真実を口にする

タイトル:朝令朝改・密告連鎖・治安維持

キャッチコピー:人は互いを監視し、マイナスの利益を掴む。


 重税、天候不良、高齢化。

 まともに働ける者も少なく、その村は貧困に喘いでいた。だが、誰も文句は言わない。言葉に伴う責任があまりに大きすぎるからだ。

 彼らが生きて行くには同調しか術はない。

 真実を口にする人間は平穏を乱す危険分子である。


――――――――――――――――――――――――――


「おい、これで全部か」

「へえ、どうぞお納めください」

「今日中に確認しておくからな。問題がなかったらいつも通り、次の徴収量を定めた立て札を立てておく」


 居丈高な徴税官の声に、男は作り笑いを浮かべ、ぺこぺこと頭を下げる。その姿を村に数人しかいない子どもが物珍しそうに見ていて、男は怒りと羞恥心を覚えた。徴税官が去って行くと、小さく息を吐き、「もっと持って行かれるの少なくなればいいのに」と口している子どもたちへと怒りをぶつける。


「てめえら、何見てんだ! 暇なら親の仕事を手伝えってんだ!」


 地面を蹴り、砂を巻き上げる。すると子どもたちは蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。一人、十歳ほどの少年がじめっとした視線で男を見つめていたが、一喝するとその少年も友人たちの後を追っていった。

 ああ、忌々しい、なんで俺がこんなに頭を下げねばならんのだ。

 男は強く地面を踏む。砂が擦れる音が響く。歪んだ形の小石が飛ぶ。煮えたぎった怒りが鎮まりそうな気配はいくらもなかったが、そうしていてもどうなるわけでもなく、やがて男は帰路を辿った。

 しかし、まあいい、と彼は倉庫に貯め込んだ食料を思い浮かべ、溜飲を下げる。税の徴収が終わったということはつまり、ということでもあった。


 ――この世は綺麗に二分されることはない。

 若くしてその村の村長になった男はそう信じていた。善人がいつでも善人であることはないし、逆もまた然りだ。それは搾取、という点においても通じる。

 男の村は国からの搾取を受け、貧しく、みすぼらしい生活を送っていた。奪われたのは日々の糧だけに限らない。若者は男であろうと女であろうと、容姿の優れた者は実用か観賞用として、そうでない者は労働力として連れ去られてしまっている。村にいるのはわずかばかり子どもとその親、あとは枯れ枝のような腕をした老人ばかりで、まともな働き手など残っていなかった。

 さらに都合の悪いことに、村人たちは疑心暗鬼になってしまっている。


「反逆者は即刻通報せよ。通報者には褒美を与える」


 そのお触れが原因である。互いが互いを監視するようになると、村に入っていたひびは修復不可能な亀裂へと変じた。

 そのような状態で村を存続させていくことなどできるはずがない。

 どうせもうこの村は消滅する。ならば、自分も搾取する側に回った方が得ではないか。

 胸中で発せられた己の囁きは勢いよく男の心根に染みこみ、馴染んだ。老人たちは長く生きてはいるが学などない、数人だけの若者は生き延びるのに必死で、その子どもなど取るに足らない。村にいるのは弱者ばかり、その認識は男を甘く誘惑し、決意に至らせた。

 では、どう搾取するべきか。

 悩むことなく、答えは出た。

 嘘を吐けばいいのだ。徴収される税の量を少しだけ多めに伝えればその分余裕ができる。その中から自分の分を捻出するもよし、蓄えて食事を豪勢にするもよし。もしばれたとしても「今後のためだ」とか言い張れば追及を逃れることができる。どうせいつからやりはじめたかなんて分かるはずがない。

 男の目論み通りことが運び、もう一年近くが経過していた。


      〇


 翌日、男は朝早く自宅を出た。今回の徴収量を確認するためだ。徴税官たちはすでに村に訪れていたらしく、広場には新たな立て札が立てられている。ぼろぼろで古ぼけた立て札の文字は読み取りにくく、だが、それがむしろありがたい。

 周囲に誰かいないか、確認する。遠くに一人、子どもの姿が見えたが、こちらに向かってくる気配はない。手には桶があり、おそらくは井戸から水を汲んでいるのだろう、少し待つと家と家の間へと姿を隠した。

 男はほくそ笑みながら書かれている数字より一つだけ多くする。


 それからしばらくすると、ぞろぞろと村人たちが集まってきた。男はさも真実を語るような口調で立て札の文字を読み上げ、村人たちを鼓舞する。

 ……馬鹿な奴らめ。努力をしたって無駄なんだ。お前らは搾取される側の人間でしかない。やはりこの世を渡って行くにはこういうずるがしこさが大切なんだ。

 男は笑みを押し殺し、相対的に裕福な生活を送っていく。そうして村人から奪った糧をすべて食い尽くしたあと、再び徴税の日がやって来た。

 前日に集めておいた作物から自分の分を捻出する。今回は怠けていたせいでほとんどぴったりになってしまったが、そういうこともあるだろう。男は荷車を牽き、作物を徴税官のもとへと運んでいく。体力のない老人たちはそうして一括で収めていることに感謝している者ばかりで、不審に思われることもない。確かに徴税官に引き渡し、今回も乗り切ったと心の中で拳を握った。


 異変が起きたのは明くる朝のことである。

 男は扉を強く叩かれる音で目を覚ました。眠気でまどろんだ意識に怒鳴り声が叩きつけられる。外から聞こえてきた声は紛れもなく徴税官のものだった。

 何が起こったのだ?

 訳も分からず男は寝床から飛び起きる。扉を開くと同時に胸に衝撃が走った。怒り狂った徴税官に胸ぐらを掴まれ、強く揺すぶられる。


「おい、どういうことだ!」

「な、な、何が、ですか」

「規定量に達してなかったぞ! どういうつもりだ!」

「へ」

 そんなはずは、と言おうとしたところで遮られる。「村人全員を呼べ! 誰がちょろまかしたのか判明するまで許さんぞ!」


 男は混乱し、だが、村人が集まったらまずいことになる、とだけ感じた。必死に徴税官を宥め、早口に説明する。しかし、徴税官は頑として聞き入れようとしなかった。


「俺がちょろまかしたとでも言うのか?」

「え、あの、そんなつもりは! それに、私はしっかり集めました!」

「いいや、確かに一人分足りない。さっさと村人を集めろ」


 男は狼狽し、しかし、どうすることもできなかった。ふらふらとよろめきながら広場へと向かった。異変に気がついていたのか、村人たちは不安な表情で広場に立ち尽くしている。そして、徴税官がいるというだけで何があったのか理解したらしく、互いを睨み始めた。


「さて、諸君」徴税官の低い声は男の内臓を揺さぶる。「諸君の中に一人、裏切り者が出た。国への裏切り者ではない。真面目に税を納めた諸君らを裏切ったのだ。おおかた、村長が集めたあとで盗み出したのだろうが……」


 徴税官は税がどれほど足りないか、簡潔に述べた。男にとってはそれが唯一の救いだった。村長の責任、とかそういった単語が飛び出していたら立場が危うくなっていたに違いない。あとはどう言いくるめるか、だ。

 そう思いながら徴税官を見つめる。彼は静かに続けた。


「諸君らが選べる道は二つある。全員が協力して補填するか、犯人を突き出すか、だ」


 その瞬間、ざわめきが広がった。老人たちが憎しみのこもった目つきをしており、若者たちは憤慨に歯を食いしばっている。それらがすべて自分へと向けられたものに思え、男は堪えきれなくなり、声を上げた。


「……みんな、すまん、今回は少しずつ負担してくれないか。犯人捜しは後でもできるじゃないか。ここで言い争っても見つかるはずがないだろう?」


 確かにそうだ、と誰かが追従する。その声をきっかけに村人たちの怒りは徐々に和らいでいく。

 ――甲高い泣き声が響いたのはそのときだった。


「ごめんなさい、ぼくなんだ!」


 人集りの中央、見れば十歳ほどの少年が泣きべそを掻きながら地面に頭を擦りつけている。少年は上擦った声で謝罪を続けた。


「ぼくなんだ、ぼくが悪いんだ、ぼくが数字を一つ少なくしたんだ! そうしたらもっとご飯を食べられるかもしれないって思って……」

「……なに?」徴税官は不可解そうに眉を歪めた。「それはおかしい……立て札の数字に間違いはないぞ」


 男の背筋が冷えた。徐々に氷解していく疑問に膝の力が抜けそうになる。同時に村人の一人が質問を飛ばした。


「一つ少ない数字であるなら、辻褄が合うんですか?」

「ああ、そうだな。だが、本来の数字に従えば、一人分足りない」


 ――俺だ。

 その事実に気がついた瞬間、男は終わりを悟った。

 村人たちは相互に監視し合っている、特に税に関しては念入りすぎるほどに――。彼らが叫ぶ潔白の言葉は他の誰かによって証明されるのだ。そして、村人に対して承認を与えたのは誰であろう、村長である自分だ。

 貫くような視線が集まってくるのを感じ、男は項垂れる。

 ……俺は真実を口にしてしまっていたのだ。

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