これ、本当に武器になるの?

タイトル:お前、これ絶対伝説の剣じゃねえだろ、おたまじゃん

キャッチコピー:今、伝説が始まる……!


 魔王を倒すのに最適な調理器具(錆びに強い)


――――――――――――――――――――――――――


 いやいやいや、おかしいだろって。

 歓声を上げてるけどよ、お前ら、目、大丈夫かよ。柄がプラスチックで作られた伝説の剣なんてあるわけないだろ。金属の部分も指一本分の幅しかないし、ばかみたいに薄いじゃねえか。

 いやもう、っていうか、完全におたまだよな、これ。


 俺はだいたいそのようなことを一息に捲し立てたが、背後で見守っていた村長たちは聞かなかったのか聞こえなかったのか、おそらくは前者なのだろう、ここぞとばかりにはしゃぐのをやめようとしなかった。


「勇者だ! 勇者が伝説の剣を抜いたぞ!」

「おい、ジジイ、これ、剣じゃねえって」

「さあ、王のもとへと行くのだ、勇者よ! そして魔王を倒せ!」

「ねえ、昨日まで名前で呼んでたのになんで急に勇者って呼ぶの?」

「行けぇい、勇者よ!」


 行けぇい、じゃねえよ、勢い余りすぎだろ。

 さすがに苛立ってきた俺は「伝説の剣」だという完全なおたまを村長の鼻先へと掲げた。汁物をすくうのに適したフォルムが太陽の光を反射して煌めく。

 その瞬間、村長はけたたましい悲鳴を上げて後退りをした。


「おい、それを人に向けるな! どういうつもりだ!」

「どういうつもりだ、って……え、なにこれ、俺がおかしいの?」


 魔王を倒すことのできる唯一の武器、とか持て囃していたわりには村長たちの顔にはどうにも喜びに類する感情はなく、いよいよ俺は困り果ててしまった。何か仕掛けでもあるのかとおたまを覗き込む。試食かつまみ食いか、という動作に村民たちは揃いも揃って感嘆の声を上げた。


「さすが勇者だ、もう伝説の剣を意のままに操っている……」

「お前ら頭おかしいんじゃねえの」

「さあ、とっとと行けぇい、勇者よ」

「いくら何でも『とっとと』は口滑らせてるよな? 口に油でも塗ってんのか?」

「おい、今のどういう意味だ……?」「高度な比喩か……?」「さすが勇者だな……俺らとは言語センスが違う」

「あ、ごめん、今のは俺が悪かったわ。心が折れるからやめてくれる?」

「やめて欲しければさっさと王のもとへと行けぇい!」


 脅迫じゃん……。

 後ろから追い立てられ、俺は王の下へと向かわされた。城、と称されるにはまったく相応しくないボロい建物の中で王はふんぞり返っている。両脇に立っている側近らしい二人の男が伝説の剣、いやもう面倒臭いな、おたまを一瞥し、それから同時に王へと耳打ちをした。


「聞きにくくない、それ?」

「なるほど、伝説の剣を持っているということはお前が勇者か」


 なんでそれを耳打ちされてから言うんだよ。明らかにこれが伝説の剣だって知らなかったよな、絶対。だっておたまだもんな。


「その剣は魔王を倒せる唯一の武器だそうだ」

「伝聞調はやめてくれよ、不安が胸を締めつけるだろ」

「私からは防具を授けよう……鎧と兜と盾、そして籠手だ」

「いや、いらない。オチが見えてるから」

「さあ、持って参れ」

「お前、目と耳と頭もれなくおかしいんじゃねえの」


 側近たちが裏手から防具だとかいうものを運んできて、嫌がる俺へと押しつけてくる。予想通りの品揃えに頭を抱えそうになった。


「台所用品じゃん……」

「ここで装備していけ」

「命令されるんだ……そっか……」


 胸の内から湧いてくる感情はもう諦念ばかりで、俺は仕方なく、促されるままに防具を身につけていった。デフォルメ調の豚が描かれたエプロン、鍋、鍋の蓋、厚手のオーブンミトン。

 ああ、もうだめだ。絶対こいつらふざけてる。


「お料理教室かな?」

「よく似合っているぞ、勇者よ」


 そらそうだ、統一性だけはばっちりだもん。問題はこの恰好でどこに行くかなんだよ。

 俺は右手のおたまを王へと掲げる。よく見ろ、と言おうとしたが、それよりも早く、王は悲鳴を上げた。


「おい、それをこっちに向けるな! 危ないだろう!」

「なんで危ないんだよ……お前ら、おたまダメダメ星人かよ」

「……おたまダメダメ星人?」「高度な比喩なのでは……?」「勇者ならではの言語センスですね」

「あっ、あっ、身体がばらばらになりそう。やめて。お願い」

「……さあ、行けぇい! 魔王を打ち倒すのだ!」

「行けるわけねえだろ……魔王は倒したいけどさ……」


   ~魔王城~


「行けるのかよ……」


 禍々しい装飾に彩られた魔王城の前で俺は立ち尽くしていた。胸の中にあるこの感情を何と言えばいいか……ああ、そうだ、これは混乱だ。なにもかもが全然わからない。それが表情に出ていたのだろう、唯一の仲間である女の魔法使いが覗き込んできた。


「勇者さま、どうしたんですか」

「いや、なんというか、なんでもない」

「なんですか、それ」


 魔法使いは余裕たっぷりの笑みを浮かべている。

 俺は彼女の名前を知らない。いくら聞いても教えてくれなかったからだ。だからしょうがなく魔法使いと呼んでいたし、彼女の方も俺の名前を呼ぼうとしなかった。「真名を明かしたら大変なことになります」とかほざいていたけれど、この世界にそんなシステムはない。たぶん個人情報とかそういうのを婉曲的に表現しているのだろう。


「じゃあ、行きましょう」

「あ、きみが仕切るんだ」


 魔法使いは城門へと足を進める。まったく勇ましいものだが、きみ、これまで一度も魔法使ったことないけど本当に魔法使いなの? そもそも魔法って何よ。そのシステムもこの世界にないよね。

 だが、俺はそんな追及すらできない。

 魔法使いは俺の好みに直撃する容姿をしていたからだ。あと、性格もいい。俺が疲れてたらマッサージをしてくれたり、料理の技術も高い。そう考えれば彼女は俺に恋の魔法をかけてきたとも言える――やかましいわ。本当にやかましい。

 そう言った諸々はとりあえず魔王を倒してからにしよう。俺はエプロンの肩紐を整え、鍋を被り直す。そして、ベルトにつけていたおたまを引き抜いた。


「うわっ、ちょっとそれこっちに向けないでください」

「……ねえ、このおたまなんなの? メタファー?」

「メタファーってなんですかメタルですかファーですか硬いんですか柔らかいんですか」

「狼狽えすぎだろ……もう後ろ下がれよ……」


 俺はそこで思考停止を決意した。これはきっと本当に伝説の剣なのだ。刃物を突きつけられたらそりゃ誰だって怖がるだろう――

 ――だめだ、むりむり、おたまだもん。何かをかくことくらいには使えるかもしれないけど、切るなんてできねえよ。人間の営みを支えてきた偉大な道具でしかない。

 その煩悶を無視して魔法使いは背中を押してくる。城の中は胸焼けがするほど仰々しくて物々しくておどろおどろしい、装飾過多な内装をしている。だが、玉座へと辿りつくまでに襲われることはなかった。

 オッケー、きっとこれもおたまの御利益だろ。

 すべてが面倒になり、俺は扉を開く。広々とした謁見の間は赤と黒を基調としていてお世辞にも趣味はよくなかった。


「来たな……勇者よ」


 魔王は何か長ったらしい口上を述べているが、興味などなかった。問題はこのおたまが本当に伝説の剣であるのかどうか、だ。これまで一度も試すことができなかったけれど、相手が魔王なのだからもうやっちゃっていいだろう。

 俺は大股で魔王に歩み寄り、おたまを突きつけた。

 その瞬間、魔王の顔が強張る。


「ま、まさか、それは伝説の剣、やめろ、それを近づけるな、ぎゃあああああ!」


 大袈裟だなあと笑えればよかったのに、おたまが額に触れた途端、魔王は勢いよく倒れた。軽く小突いても返事はなく、どうやら絶命しているらしい。


「なにこれ」

「やりましたね、勇者さま!」

「やらかした感じしかしないけどね」

「じゃあ、帰りましょう。王さまに報告です! きっと褒美もたんまりもらえますよ!」

「申し訳なくてもらえないよ……」


 魔法使いは不思議そうな目つきで俺を見つめてくる。くりくりとした大きな瞳には邪気などなく、ばつが悪くなって俺は顔を逸らした。

 彼女は首を傾げ、訊ねてくる。


「勇者さまは無欲なんですね……欲しいものとかないんですか?」

「そうだな……」俺はやけになって答えた。「きみが欲しい」

「えっ、そんな、わたし……」


 魔法使いは頬を赤らめもじもじと腰をくねらせる。それから、ものすごいしたり顔でこう言った。


「わたしが魔法使いなのに、勇者さまに恋の魔法をかけられちゃったみたいです……」

「やかましいわ。あとそれもう言ったわ」


 そうして俺たちは村に帰り、結婚した。とってつけたようなハッピーエンドだ、でもまあいろいろ考えた結果、深く考えない方がいいという結論に達した。

 おたま? 元の場所に埋め直しといたよ、そんなもん。いずれ俺じゃない誰かがあれを抜く日が来る、それだけを願って俺は平穏な日常へと帰っていく。そして、そのときがきたら俺も一緒になって「行けぇい!」と叫ぼう。たぶんこの世界はそういった力業さえあればいいに違いない。

 まったく、どうかしてるよ。

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