〈単発〉「価値のある虚言」

全裸刑

タイトル:犯罪者は全員全裸で生活してください

キャッチコピー:きもちいいぞー!


「死刑とか残虐じゃね?」

「なら懲役刑もそうじゃね?」

「罰金刑もかわいそうじゃね?」

「じゃあ裸で生活させるとかは?」

「それだ!」

 それかー。


――――――――――――――――――――――――――


「主文、被告人を全裸三ヶ月と処す」


 常夏の国、その法廷、読み上げられた判決文に男は顔を俯けた。落胆や絶望からではなく、喜びを隠すためだった。


 ――たかだか三ヶ月全裸で過ごすだけでいいなんて……まったくツイてるな。


 この国が著しい人権侵害として以前の刑罰を廃止し、全裸刑に一本化したのはつい最近のことだった。いかにして人権を尊重した上で罰の根本である「剥奪」を実施するか、国王や官僚たちは会議を重ね、その対象を服に決定したそうだ。


 やっぱり犯罪って他人の気持ちがわからないからやるんだよね、ほら、裸の付き合いって言うし、すべてをさらけ出させれば考え方も変わるんじゃない? それにさ、他の人が服を着ている中で自分だけ裸だったら恥ずかしくてもう悪いことしないって思うはずだよ、これよくない?


 つまり、そういうことである。

 当初、国王からの命令に国中が色めき立った。うら若い女子は頬を赤らめ顔を隠し、肉体に自信のない男はこぞって身体を鍛え始める。だが、これといって批判は奔出しなかった。政府調査によると防犯効果が期待できたからだという。また、常夏のこの国では凍えることもないというのもあるのかもしれない。

 とはいえ、裸に剥いてはいおしまい、というのもまずい。更正に繋がるのは満足な環境であり、最低限の監視も必要とされたため、犯罪者たちは政府が建設した収容施設で生活をすることになっていた。窃盗の常習犯、全裸三ヶ月の刑に処された男もその施設へと連行されていく。


 ――おいおい、マジかよ……俺のボロ家もよりもよっぽど立派じゃねえか。


 男は汚れ一つない、真っ白な建造物を目にし、顔を顰めた。壁面に反射する日光が眩しい。当惑に立ち尽くしていると、二つ並んだ建物の、右の方へと先導された。

 扉が開き、再び圧倒される。施設の内部もまた、美しい白で覆われており、広々とした中庭では全裸の男たちが球技に汗を流していたからだ。

 そこには犯罪者が発する特有の淀みはなかった。


「なあ、看守さん」


 割り当てられた部屋に辿りついたところで、男はいよいよ看守へと疑問をぶつけた。清潔なベッド、のぞき穴のない扉、窓には格子すら嵌められていない。おおよそ犯罪者への待遇とは思えない環境である。


「……俺って犯罪者だよな。英雄とかではなく」

「この施設が不思議かい? まあ、初めて来た人は裏がある、ってみんな言うね」帽子を目深に被った看守は微笑み、つばを弄りながら答えた。「いいかい? 人は欲望を充足させるために罪を犯してしまう。だから、私たちはそう言った人たちを癒やすためにこの施設を作ったんだよ」


 ――一理あるかもしれない。

 男は自身を省みて納得できたような、できないような曖昧な気分になった。しかし、まともな生活を送れるならば更正することはやぶさかではない。

 それが伝わったのか、看守は笑みを色濃くする。


「ああ、それとこの施設のルールを伝えておこう。家賃と生活費だ」

「おいおい、そんなもの払えるならこんなところに来ねえだろ」

「落ち着きたまえ、ここは刑務所ではないのだ。取るものは取る」

「って言ったってよ」

「だから、働きに出るのは自由なのだよ……申請は必要だが。もちろん、そのために仕事の紹介もしている」


 ――本当に至れり尽くせりじゃねえか。でも、待てよ、これは本当に裏があるかもしれない。更正できなかったら恐ろしい目に遭う可能性も考えられる。ひとまず大人しくしておくべきだ……。


 安心と疑心暗鬼、二つの感情を同時に与えられ、男の施設生活が始まった。

 食事などが出ないこともあり、男はすぐに就労申請を行い、その日のうちに缶詰工場での労働に就くことになった。徹底的に管理された仕事は面倒ではあったものの同僚たちは同じ境遇の人間ばかりだ。自然と打ち解け、窃盗をしていたときにはなかった充実感を覚えるまでそう長くはかからなかった。

 そして、刑期である三ヶ月が経過する。男はすっかり更正し、真面目な人間へと生まれ変わっていた。


 ――ああ、俺はなんて馬鹿なことをしでかしたんだろう。犯罪なんてやるべきじゃなかった。こうして真面目に働いて人と触れ合うのがどれだけ素晴らしいことか! 


 出所の日、男は深い感謝を看守へと伝える。看守はやはり柔らかく微笑み、帽子のつばを弄って頷いた。

 施設の外には生ぬるい、だが、新しい風が吹いている。まずは家に帰り、久々に服を身につけることにしよう、そう考えた男は早足になり、帰路についた。


 けたたましい警笛が鳴り響いたのはそのときのことである。


 ――なんだ、誰か罪を犯したのか? 馬鹿なやつだ。


 しかし、その考えも束の間、前方にある交番から飛び出してきた警官は男へと飛びかかった。彼らは男を押し倒すと慣れた手つきで腕をねじ上げる。

 銀色の錠が擦れる音に、男は顔を歪め、喚く。


「お、おい、何するんだよ! 離せって! 俺が何したって言うんだ!」

「公然猥褻罪だ」


 全裸の環境に慣れきっていた男は肌に直に当たる砂粒に狼狽する。


「なんだよ、それ……!」

「お前は前科があるな……ちょうどいいじゃないか、そばに施設がある。まあ、今度行くのは裏の方だがな」

「裏ってなんだよ、おい、離してくれ!」


 警官たちは男の必死の抗議を少しも聞き入れようともしない。男は引き摺られて施設へと戻ることになった。だが、今度は三ヶ月間過ごした方の建物ではない。門をくぐって左手にある建物へと連行されていく。

 男は絶望し、項垂れながら、これからどれほどの期間過ごすことになるか分からない建物の中に入れられる。そこにある光景を目にし、「あれ」と素っ頓狂な声を上げた。


 目の前で繰り広げられているのは以前と変わりない光景だったのである。

 運動に勤しむ全裸の男たち、自由な食事――満ち足りた生活。違うところと言えば少しだけ厳重になっていることくらいだった。窓には鉄格子が嵌められていて、鍵などはすべてが電子制御されている。だが、自由に開閉ができないというわけでもないらしく、空気の入れ換えを行っている者もいた。


「なんだよ、これ……」

「いいことを教えてやる」警官は笑いながら自身のこめかみを指で叩いた。「まずはどうしてこうなったか、考えることだ」


 その動作に、男は顔を顰め、思考を始める。結論らしきものにいたるまでそう時間はかからなかった。


 ――ああ、そうか。そういった考える力が足りなかったから俺は再びここに来ることになったのだ。施設には持ち込みが禁止されていないのだからいちばん初めに調達するべきだったのは服に決まっている。刑期が終わったら服を着て出て行かなければならなかったのだな。


 男はそう合点して案内された部屋で深く首肯した。


 ――更正の手伝いをしてもらった上に、そういった能力を鍛えてもらえるなんて、まったく、素晴らしい制度だ。次、外に出るときは家から服を持ってきておこう。

 男はさらなる決意を固め、これからの生活を真面目に生きていこうと拳を握る。

 全裸刑――それは人に罪の意識を与え、根元から更正させる刑罰なのだろう。



      〇


 犯罪者収容施設……その所長室で二人の男が話している。一人はでっぷりと太った所長その人と、もう一人は最近ここに配属された若い男である。若い男は目深に被った帽子を脱ぎ、所長に深く頭を下げた。


「さて」所長は豪奢な椅子に腰掛けたまま、新米看守に座るよう促す。「きみもそろそろ仕事を覚えてきた頃かね」

「ええ、まだ不慣れですが、一通りは」

「どうだい、この施設は。素晴らしいだろう?」

「はい……ただ、疑問があるのですが、よろしいですか?」


 無言で促され、新米看守は続ける。


「人間は基本的に怠惰な生き物です。今回は根が真面目な男だったから問題ないのでしょうが、この生活を求める者が増えればいずれこの施設もパンクしてしまうのでは?」


 新米看守がそう訊ねると所長は目を丸くし、それから高い声で笑った。それが何を意味しているのか分からず、新米看守は言葉をなくす。困惑していると所長は口角から笑声を漏らしながら、言った。


「きみもすぐに分かるよ、こっちの研修が終われば次は『処理場』のほうだからね」

「『処理場』?」

「おっと、口が滑った。『裏』のことだよ、ほら、隣の」


 そこで所長は立ち上がり、下がったブラインドに指を差し込んだ。歪んだプラスチックの隙間から光が入ってくる。そこからはもう一つの収容施設が垣間見ることができ、所長はその建物を目にすると満悦の表情を浮かべた。


「話は変わるがね、この国は一年を通してずっと暑い。とはいえ、暑さへの耐性は限度があるというものだ。事故が起きないよう施設内の温度管理には十分に気をつけなければいけないよ……特に『裏』は厳重で、電子制御装置にエラーが出てしまったら避難することもままならないのだから……」

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