五十路、地球を守るために説教をする

 年齢は五十、職業は正義の味方。

 おそらくこんなことを言っても「年収はどれくらいですか」という質問は返ってこないだろう。「警官ですか?」と確認されるか「冗談がうまいんですね」と苦笑されるかのどちらかだ。

 だが、これが事実なのだからしょうがない。四十で会社を解雇された私はあれよあれよという間に、何の因果か、「正義の味方」という仕事で生計を立てるようになった。公務員みたいなもので、年金すらもらえるらしい。


 では、具体的に何をするか、ということに関してはテレビを見ていただきたい。近年、日曜の朝にやっている小児向けの、あれだ。もちろん彼らほど派手ではないが、やっていることはそう変わりない。地球を襲ってくる侵略者がいて、我々がそれを撃退する。もちろん五十の衰えた男が前線で身体を張れるわけもなく、私が任されているのは新人教育だった。


 正義の味方も一年ごとに変わる。それと同じように、組織でも新陳代謝を必要としている。私の役目はかつて習った格闘技である「黒龍覇王会」流戦闘術――けったいな名前だが、これが案外有用なのだ――を新人に叩き込み、座学を行うことだ。「地球を守る」と題目を掲げているくらいなのだから訓練は過酷を極め、どんどん脱落者が生まれた。終わってみれば一人も残らなかった、というのも珍しくない。


 私は陰で鬼教官と渾名されているらしい。否定する気はさらさらないし、そう呼ばれると名前に恥じないスパルタを徹底したくなる。しごきは日に日にエスカレートしていき、今回の研修ではたった二人しか残らなかった。

 そのうちの一人、吉見という男が私はどうにも苦手だった。気弱そうな外見をしているくせにこちらが思いつきで指示したメニューをすべてこなしてしまう。特別優れた身体能力を持っているわけではないが、根性だけは優れているのだ。それこそが正義の味方の資質――といえば聞こえはいいものの、強いかと問われれば素直に頷くことはできない。命がけの任務に送り出すには不安で、私は何度も吉見に忠告した。


「悪いことは言わない。地球を守るというなら後方支援でもいいじゃないか」

 しかし、吉見は引かない。「いえ、俺は戦いたいんです。自分にも他人にも嘘を吐くな、誠実に生きろ、って教わってきました。だから、俺はこの意志を曲げません」

「……きみはもう少し肩の力を抜くべきだな」


 彼をこの研修から外すのは容易い。だが、私はそうすることができなかった。

 だから、私は吉見が苦手なのだ。

 切り捨てることも見捨てることもできない。そのままずるずると選択をあと伸ばしにしている内にその日が来てしまっていた。


 今、吉見は採石場跡地に一人、立っている。一面が土色の空間、彼は赤の特殊な戦闘用スーツに身を包み、武器のチェックをして、相手が来るのを待っていた。モニタリングしている彼のバイタルは強い緊張を示していて、私は気が気ではなかった。


「やめるなら今のうちだ」


 そう告げたが、吉見は小さく首を振るばかりだった。頭を覆うマスクの奥ではきっと決意を固めた表情になっているのだろう。

 そして、次の瞬間、映像がぐらりと揺れた。吉見もバランスを崩しかけ、咄嗟に体勢を整える。地鳴りとともに採石場の中央が割れ、地底帝国グラリオスの怪人が姿を現した。身長は二メートル近く、硬質な皮膚と盛り上がった筋肉、岩を思わせるフォルム。画面越しにも伝わる迫力に、私ですら息を呑む。すぐにでも救助部隊へと要請できるよう、ボタンに指を添えた。


 吉見は勇敢だった。私が教えた技術を丁寧に、一つずつこなしていく姿に涙が滲んだ。攻撃されればいなし、その隙に拳を当て、一気に離れる。支給された武器で応戦し、武器が壊れても諦めることはなかった。

 がんばれ吉見。気付けば私は彼の応援をしている。がんばれ、勝つんだ、吉見。お前ならきっとやれる。だから、勝ってくれ。


 しかし、現実は非情だった。地底帝国グラリオスの怪人の前では吉見の攻撃はまるで意味をなしていない。そして、一瞬の隙を突かれ、相手の裏拳が吉見の顔面に直撃した。身体のつくりがまるで違う。怪人はまるで纏わり付くハエを振り払うような気軽さで、吉見を打ちのめした。


 ぼろ人形のように地面を跳ねた吉見は懸命に立ち上がろうとしている。だが、傍目からでも無駄な動きであることは明白だった。バイタルは荒れ、戦えるような状態ではない。私は唇を噛みしめ、救助要請のボタンを押した。

 それから、通信機器のスイッチをオンにする。


「ちょっと、グラリオスさん、勘弁してくださいよ! そっちの方、最近でもすごいホープの子じゃないですか!」

「いやいや、すみません」


 電話の向こう、地底帝国グラリオス側の新人研修担当官は申し訳なさそうに謝罪し、それから「でも」と不満げに言った。


「でも……今年残ってるのあの二人だけじゃないですか。こっちはやめようって言いましたよ」

「吉見が聞かないから何とかしよう、って頼んだはずですよ!」


 私は勢いそのまま、受話器を叩きつける。

 まったく……地上と地底で協力しているのはいいが、彼らはどうにもがさつだ。文化交流が一部に限られているのもそのせいだというのに省みもしない。こんなことでは空からやって来る敵から地球を守るのもままならないぞ、と私は頭を抱えた。

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