故郷

 倒れそうになりながら運んだヒレルは、『光』の直下にいたせいもあったのだろう。大小織り交ぜて降ってきた土砂と瓦礫であちこち打撲を負っていた。頭を打ったかもしれないと、ドクは言う。馬鹿な事をと呟いたのを、僕は聞かなかった事にした。

 教会は大混乱だったらしいと、エリヤヴィに聞いた。問い質そうにもヒレルはまだ目を開けない。教会側で身柄を引き取ろうとしたらしかったけど、ドクは頑なに首を横に振り続けた。今動かせば、命に関わるかもしれないと。嘘だろうと思いつつ、本当かも知れないとも、僕はどこかで思っていた。

 聖地はもはや、単なる瓦礫の山でしかなかった。あれ以来消えた『光』に、教会ばかりでなく村の人たちも動揺していた。アシジなど、落とした肩が見つからないとでもいうような歩き方で、小さな子を抱いた女性に背中を張られていた。

 立ち直りは、男の人より女の人の方が早かったと思う。アシジの例に漏れず、ハウスは男の人を欠いたまますぐに活気を取り戻した。寂しくなった僕の隣に余計な同情までしてくれたおかげで、かえって考えるヒマがなかった。随分助けられたと思う。

 僕はあれから家に戻った。エネルギーを戻して、カラエクさんのハウスでまた働いている。ぴょんは何ごともなかったかのように昼間は遊び、朝夕は僕の肩にいた。エリヤヴィは研究所に移ることになった。評議員にはならないときっぱりと言い切って。ドクは意識の戻らない患者を抱えたまま、相変わらず診療所を続けている。

 結局僕たちはは少し時間を進めただけで、一年前と同じ生活を続けている。

 多分これでいいのだと、明灯の下で、少し色の変わってしまった腕を眺めて僕は思う。


 コケの花は、あの一株を皮切りに次々と花芽をつけた。エリヤヴィの予想とは少し違っていて、眼鏡の中から見てみれば鮮やかに赤くほこらしげに咲いていた。明灯の下で見るのなら、くすんだ暗い色にしか見えなかったのに。

「綺麗だろ?」

 作業の手を止めたエリヤヴィは、裸眼で花を眺めて言った。明灯の届かない部屋の外で。うんと、僕は頷いた。

 エリヤヴィは今、眼鏡を持っていない。必要ないからと、渡してしまった眼鏡の代わりにくれたのだ。少し、羨ましい。

「……姉さんにも見せたかったな」

 うんと……僕は、頷く事しかできなかった。

「引っ越しは?」

「明後日にはどうにかなると思うんだけど。大変だよ、これだけ荷物があると」

「全部持っていく気?」

「当たり前だろ?」

 あきれ顔で僕を見下ろす。僕は苦笑するしかなかった。……きっと研究所のエリヤヴィの居室は足の踏み場もなくなるに違いない。

「……タルフは」

「うんー」

 大きくのけぞって伸びをした。今日も薄い水色の空は良く晴れていて、この季節暑いくらいだった。

「まぁた、水海かなぁと思ってる。ほとぼり冷めるまで」

「冷めるかなぁ」

「ずっと男二人は僕だって嫌だよ。口だけは達者なんだよ? 自分はもう一度結婚だってしてるかも知れないけどさぁ。僕だってもう、成人なんだし」

 レベッカはどうしているだろう。こんな隙間にふと思い出す。故郷の光の太陽の下、何処までも続く海を眺めて、笑っているだろうか。

 僕には決して見る事の出来ない、君の世界の宝石箱を。

「そんな事考えてんなら、大丈夫だろ。……義兄さんに、宜しくな」

「……うん」

 きっともっと、人も植物も、変わっていく。

 この暗闇を故郷にして、僕たちはまだまだ未来へ行ける。

「さよなら、レベッカ」

 遠くかすむ、かつて僕たちの故郷だった街を見て呟いた。

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暗闇こそ僕らの故郷 森村直也 @hpjhal

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