第38話 Bestimmung―決意―
時を
ゲッツは、帝国軍の後方に陣取っていたシュヴァーベン同盟軍の陣営に突如と現れ、同盟軍の大将であるパッペンハイムの幕舎にずかずかと上がり込んだ。
警備の兵士たちは、ゲッツが、
「よう、ご苦労さん」
と愛想よく笑いかけてきたため、不審人物とは思わず、誰も止めなかったのである。
「パッペンハイム殿、戦争中に優雅にお食事かい?」
「げ、ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン! な、なぜここに!?」
昼食の鶏肉に
あっという間に食卓をゲッツと家来のトーマス、エッボ、タラカー一味に囲まれたパッペンハイムは、大いに
「ま、待ってくれ! 私は悪くない! 私は味方に撃つなと厳命していたのだ! そ、それなのに、ニュルンベルクの者たちが……」
「言い訳は聞きたくないな。同盟軍の総大将のあんたがどの部隊よりも早く
「……そ、それで、私に
「別に裁判でもいいぜ? あの時、あんたが軍を捨てて敵前逃亡したことも、ニュルンベルクの奴らがゲオルク様の部隊に大砲をぶっ放したことも、あの戦場にいた各軍の将兵たちが、みーんな見ているんだ。証言者はごまんといる。裁判は俺の圧勝だ。罪が認められたら、あんたの
ゲッツはそう言ってヘラヘラ笑うと、パッペンハイムの食べかけの鶏肉に貴重な胡椒をどぱーっとあるだけかけ、肉にかぶりついた。
「わ……私は何をすればいいんだ?」
ローマ王から授かった官職を剥奪してやると脅され、顔が真っ青になったパッペンハイムは
「俺をこの戦争の間、ニュルンベルク市の傭兵隊長に任命しろ」
「は……はぁ!? て、帝国自由都市の天敵の盗賊騎士が、ニュルンベルク市の傭兵隊長になるだと? 何を考えているんだ!?」
「戦場で、ニュルンベルクの野郎どもを俺が
「そ、そんなこと、できるわけが……」
パッペンハイムがそう言いかけると、タラカーがパッペンハイムの首に剣を突きつけた。
「ゲッツは優しすぎるぜ。そんなまどろっこしい取引なんかせずに、ぶっ殺してやればいいんだよ」
「まあ、待て。タラカーの親父。ここで殺さなくても、裁判でこいつを破滅に追い込めばいいんだ。
「財産を根こそぎ……!」
パッペンハイムは卒倒しそうになった。それを見たゲッツとタラカーはニヤリと極悪の笑みを浮かべる。二人とも、久しぶりに盗賊騎士らしいことをして楽しんでいるのだ。
「わ……分かった。同盟軍総大将の権限で、お前をニュルンベルク市の傭兵隊長に任命する。せ、正式な任命書も書こう」
「そうこなくっちゃ。話が分かる奴は好きだぜ、パッペンハイム殿」
こういった経緯により、ニュルンベルク部隊は現在、ゲッツの指揮下に強制的に入れられていたのであった。
* * *
「なあ、俺たちはなんで盗賊騎士の手下になっているんだ?」
「知らねぇよ。無駄口をたたいていないでどんどん大砲を撃たないと、お前も鉄の手で頭をぶん殴られるぞ。見ろよ、俺の頭にできたたん
ゲオルクを助けた後、ゲッツはニュルンベルク部隊を怒鳴り散らしながら指揮していた。
あらかじめ戦場が見下ろせる高地に布陣させていた大砲隊に、カルバリン砲をばんばかと撃たせているのだ。
なぜ盗賊騎士ゲッツが自分たちの隊長になったのかとニュルンベルクの傭兵たちは戸惑ったが、口答えをするとゲッツに鉄の義手で殴られるため、訳が分からないまま大砲を撃ち続けた。
やはり、高所から狙い撃ちすると面白いほどよく当たる。
「てめえらはよく狙いもせずにぶっ放すから敵に命中しないんだよ。目ん玉引ん
殴り過ぎて右手の切断部がじんじん痛み始めたゲッツは、代わりに足で傭兵たちを蹴倒し、命令を下す。
皮肉なことに、荒くれぞろいのニュルンベルク傭兵たちには、ゲッツのような凶暴な男のほうが指揮官として相性がいいらしく、ゲッツの指揮下における彼らの砲撃の命中精度は驚くほど上がっていたのである。
「ニュルンベルク隊の砲撃で、ボヘミア傭兵たちが怯み始めたぞ。今こそ決着をつける時だ! 我らはレーゲンスブルクでボヘミア兵の
辺境伯軍、さらにヴェルテンベルク公ウルリヒ軍が後退した後、ヘルゲ率いるボヘミア傭兵隊と交戦していたのは、新連隊長フルンツベルクが指揮するランツクネヒト隊だった。
フルンツベルクは、特別手当をもらう代わりに志願した決死隊に
それに対してヘルゲが
荷馬車隊についに肉薄した決死隊は、盾と
それを見たフルンツベルクは、馬を降りて槍隊とともに自ら突撃し、ボヘミア傭兵隊をさんざんに打ち負かしたのである。
「もはや、これまでか! 父上たちもかなり遠くまで逃げた頃だろう。我らもクーフシュタインに撤退するぞ!」
ボヘミア兵の多くが討ち死にし、これ以上の被害を出したら傭兵隊が全滅すると考えたヘルゲは全部隊を退却させるのであった。
ボヘミア傭兵隊を退けたランツクネヒト隊はその余勢を駆り、ランツフート市を占拠した。
「狼のようなランツクネヒト隊の略奪が始まるぞーっ! ランツフートはおしまいだぁー!」
悪名高きランツクネヒト隊の兵士たちの姿を見たランツフート市民たちは口々にそう泣き
しかし、意外なことに、市民が恐れたようなことはいっさい起きなかった。
連隊長フルンツベルク指揮下のランツクネヒト隊は、市民に暴力を働かず、金や食べ物も奪わず、怯える町娘たちにウィンクをしてランツフートの街を規律正しく行進して行くだけであったのだ。
これまでの連隊長たちは、傭兵たちに四グルデンの給料は払うものの、槍などの支給品の武器を給料の半分の二グルデンという高値で買わせて、私腹を肥やしていたのである。だから、ランツクネヒトの兵士たちの実質の給料は二グルデンだったのだ。そういうせこいことを隊長がしていたせいで、傭兵たちの略奪行為はやまなかったのである。
だが、
「フルンツベルク殿は、俺たちみたいなごろつきのことを真っ当な人間として扱ってくれる、慈悲深い父のような人だ」
と、新しい連隊長を慕い始めていたのである。
* * *
ランツフートの都市が降伏したその日の夜、フルンツベルクの幕舎を訪れたゲッツは、騎士の叙任と連隊長の就任を祝った。
「俺は、あんたがいつかきっとランツクネヒト隊を変える男になると思っていたが、どうやら、予想以上に早く実現しちまったようだ」
フルンツベルクは、右手を失いながらも戦場に舞い戻ったゲッツの勇気をたたえると、「大変なのはこれからだと思う」と語った。
「今は給金が自分たちの手元に全て残るようになったことに喜んで私の言葉に素直に
「しかし、一連隊六千人の大所帯をどうやって教育する気だ?」
「それは、私が彼らの父となることだ。兵士たちが私のことを『慈悲深い父』と呼んでいるのを聞いて、そう考えた。彼らの多くは、ベルリヒンゲン殿の傭兵たちと同じように、世間から爪はじきにされて兵士になった孤独な者たちだ。彼らには心の
(愛をもって軍隊を結束させようというのか、この男は。しかし、それは……愛情を
フルンツベルクの覚悟を決めた眼差しを見つめながら、ゲッツは彼に感服した。こいつは六千人の命を背負い、彼らの居場所になろうとしている。たいした男だ。だが、俺にだって背負わなければいけない仲間たちがいるのだ。
「今まで家族に
実は、俺も、自分の心の拠り所っていうやつを見つけたんだ。気は強いが、おっぱいがでかくて、とびきりにいい女をな。そいつを妻にして、俺の帰るべき場所になってもらったら、俺も覚悟を決めるよ。……俺を慕って集まった傭兵どもの居場所に俺がなってやる覚悟をさ」
ゲッツが決意を込めてそう宣言すると、フルンツベルクは「その女性はどこにいるのだ?」と問うた。
「敵地だ。今頃、敵軍に連れられて、クーフシュタインの
「嫁取りのために戦う騎士か。ははは。ベルリヒンゲン殿らしいな」
フルンツベルクが半ばあきれながらそう言うと、ゲッツは「ワハハハ!」と大口を開けて笑うのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます