人類あふれる

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人類あふれる

 西暦2100年、国連は世界人口が100億人に達したことを発表した。もちろん世界にはまだ飢えや貧しさに苦しむ人たちはいたし、争いも絶えなかった。しかしそれでも、人々はこの数字は我ら人類の繁栄を示す偉大な数字であると一種の感動を持って迎えた。

 人類は不毛の大地を開拓し、自然を馴致し、かつては想像もできなかったような極地でも生活を営むようになっていた。


 西暦2200年、国連は世界人口が110億人に達したことを発表した。人口の推移を表すグラフを見ると人口の増加は緩やかになりつつあった。

 医学の進歩よりもむしろ富の安定化によって、平均寿命はもっとも低い地域でも70歳になっていた。標高と国境をならせばまだまだ人類が住める土地はあるように思えたが、このころから人々は資源を心配するようになってきた。

「我らが地球はこれほどの人間を食わせることができるのだろうか?」


 西暦2500年、国連(既にほかの名称になっていたが慣習的にそう呼ばれ続けていた)は世界人口が160億人に達したことを発表した。再び人口が加速度的に増えるよう(つまりは下に凸で増加)になってきた。

 人類は破滅的な娯楽に身を供することもなく、日向や木陰でおだやかに過ごすような生活様式を獲得していた。平均寿命はどの地域でも80歳に収束してきた。

 もっとも大きな進歩は食糧問題が肯定的に解決したことだった。人類の叡智の結晶によって、世界中のだれもが一握り程度の固形物をコップ一杯程度の水と摂取するだけで一週間は元気に過ごせるのだった。食料であるその固形物は人の背丈程度の機械からほとんど自動的に生成された。その機械には生ゴミや排泄物を食わせてやればよく、科学者らの試算によれば「一万年は余裕で動く」ということだった。

 それを聞いた一部の物好きの間で「西暦10000年問題が出るな」というジョークが少しはやった。


 西暦2600年、世界人口は一瞬だけ170億人に達したが国連はそういうことを調査したり発表したりする状況ではなかった。ここ数十年、なぜだか立て続けに大規模な自然災害が発生して対応に忙殺されていたからだ。

 有史以来、なんらの災害を経験したことのなかった地域ですら天変地異ともいえるような事象にみまわれた。

 なすすべもなく、人類はかなり死んだ。どこかのタイミングで国連はひっそりと世界人口が減少したことを発表したが、さしてだれも気にすることはなかった。


 西暦3000年、世界人口は170億人前後を維持しつつも緩やかな上昇を見せていた。人類は世界各地でたくましく生きていた。資源の恒久的な利用もなんとか明るい見通しが立ってきた。2600年代に起きた天災ももはや歴史の一ページに過ぎなかった。


 国連の職員がテレビで新年のあいさつをしていた。

「時差があることでしょうが、世界の皆様、標準時にもとづき新しい年の始まりをお伝えいたします。現在の世界人口は約171億7千万。こうしている間にも世界のどこかで新しい命が――」


 西暦3000年からまもなく、世界人口は0人になった。ぴったり寸分の違いもなく、きれいにゼロだった。


「地球の人間がいなくなったそうだな」

 ほかの星を担当している仲のいい同僚が、普段あまり見ないようなおれを気の毒がるような態度で声をかけてきた。

「ああ。やれるだけのことはやったんだがな」

 おれは睡眠不足とカフェイン過多で血走った眼を押さえながら答えた。

「最初の数百万年は気楽なものだったさ。しかし最近二、三千年ぐらいから雲行きが怪しくなってきた」

 画面に人口のグラフを表示しながら同僚に説明した。グラフは今日の日付で底まで急転直下している。

「まず、あいつらの呼び方にならえば西暦1980年ごろに最初のピンチがやってきた。このときに人口が4,294,967,296を超えそうになり、おれたちは連日対応に追われた」

「あのときはうまくいったのになぁ」

「いや――」

 おれは目をつぶって天井を仰いだ。それまでごまかしていた疲労に気づき、家に帰り、シャワーを浴びたらとにかく横になりたかった。

「あれは少しもうまくなかった。その場しのぎの最たるものだ」

 目を閉じていると急速に眠気がやってきた。おれははっきりとしない口調になり、弁解とも独り言とも判然としない口調で声を漏らした。

「人口の変数は32ビットだったんだ。それを、職人技といえば聞こえはいいが、無理矢理メモリ周りをいじって、そうだ、凝りに凝ったそいつは今回だれも触れなかった、34ビットで扱うようにしたんだ。当時の責任者、今はもうどっかに行っちまったが『これで一万年はもつだろう。その間に人類は勝手に滅びる』なんて得意げでいたっけな……」

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