もも
みなりん
お帰りの会とゆうこちゃんのピアノ
6年3組の教室は、帰りの会が終わろうとしていました。先生が、みんなに話しています。
「はい、注目!これからプリントを配ります。ここに明日のマラソン大会のコースが書いてあります。お家の人に渡してあげてください」
先生は歩きながら、一番前の列の子供達に、プリントを配りました。マラソンコースについて生徒たちは、よくわかっています。なにしろこのところの体育の時間には、へとへとになるまで走らされていたのですから。コースは、学校のグラウンドを出て街道を行き、照山古墳を一巡りして帰ってくるというものでした。ところどころに旗が立っています。低学年男子は3キロ、女子も3キロ、高学年男子は7キロ、女子は5キロの道のりを走ります。
先生は、プリントが全員にいきわたったのを確認すると、黒板に、必ず持ってくるもの、はちまき、体そう着、運動ぐつ、タオル、と書き、振り返って言いました。
「もし、忘れ物をした人は、放課後また、マラソンを走ってもらいます」
「えーーーっ!!」
教室中が、いっせいにわき立ちました。その時、考え事をしていた生徒がいました。
(あの電線に留まっているのは、キジバトの赤ちゃんかなぁ、ちっちゃくてかわいいなぁ)
教室の窓ぎわの前から4番目の席に座っていた、赤城ももでした。ももは、窓の外で灰色の鳥の親子が電線にとまっているのを観察していたのでした。
「忘れっぽい人はとくに気をつけてください」
先生のひとことで、みんなはくすくすと笑いました。ももははっとわれに返りました。みんなが自分のほうを見ています。ももも、負けじとみんなを見回しました。先生が手でひさしをつくってこちらを見るような真似をしました。
「はい!それでは、今日の帰りの会は終わります。日直くん、あいさつをどうぞ」
「起立、礼、さようなら!」
放課後を告げるチャイムが鳴り、どのクラスからも、盛大にいすを引く音、話し声やばたばた歩く足音などが、にぎやかに聞こえました。日直当番は、黒板消しをクリーナーにかけていました。先生と話をしている生徒もいます。
「帰ろう~!」
ももは、倉沢ゆうこちゃんと伸びをしながら、お互いににっこり笑いあいました。
「ああ、肩がこった」
「ももちゃん、私、今日塾なんだ」
「あ、そっか、今日は月曜だから、ピアノ?」
「そうなの。ママのお迎え待ち」
ゆうこちゃんは、机の横にかけてあったおけいこバッグを腕にとりました。
お互いにランドセルを肩にかけ、教室を出ました。
「ゆうこちゃん、ピアノ、あれ弾けるようになった?」
「お昼の放送のテーマ曲?」
「そうそうそう」
「そうねぇ、耳で覚えたようになら弾けるわ。アバウトになっちゃうけどね」
ゆうこちゃんは、めをつぶってピアノを弾く真似をしました。
「こうやって音を思い出しながら、弾くの」
「エアーギターみたい」
「ああ!それなら、もっとおおげさに、こうよ」
ゆうこちゃんは、両手を大きく振り上げて、
「ジャッジャッジャジャーーーン!」
いかにもという感じに真似をしました。
「はははっ」
前にゆうこちゃんの家に遊びに行った時、大きな白いピアノがありました。ゆうこちゃんは、もものリクエストで、何でも弾いてくれたのでした。ゆうこちゃんのお母さんはやさしくて、手づくりシフォンケーキにクリームや果物をたっぷりのせたものを、ごちそうしてくれました。その美味しさといったら!今思い出しても最高に楽しい一日でした。あれほど遊びに盛り上がることは、なかなかありません。ももも、小さい頃エレクトーンを習っていましたが、とてもゆうこちゃんみたいに音符もわからないのに弾くことはできません。それ以来、ピアノといえばゆうこちゃんという風に、ももの頭の中では、セットになっているくらいでした。
「ゆうこちゃんのピアノ、また聴きたいなぁ」
「それじゃ、体育館に寄って、ちょっと弾いて行く?」
「うん!」
二人は手をつないで、体育館へ急ぎました。
体育館の隅にある黒いグランドピアノは、ステージで歌を歌う時以外にも、みんなが弾けるようになっていました。
「まずは、指ならしね」
ゆうこちゃんは、姿勢を正して座りなおし、練習曲を弾き鳴らしはじめました。もし、ももとゆうこちゃんの立場が逆ならばきっと、ももは恥ずかしくて小さな音で鳴らしていたかもしれません。ゆうこちゃんは、指ならしが終わると、白と黒の鍵盤を使って華麗なるメロディーを生み出しました。メロディーははね返って、天井にこだましました。体育館の真ん中でバスケットボールをしていた生徒達も、手を止めてこちらを見ていました。
「あ~やっぱり、どうしても真剣になっちゃうわ、鍵盤に向かうと」
ゆうこちゃんは、弾き終わるとふーっと息を吐き、ももの方を見てにこっと笑いました。ももは、すごい勢いで拍手をしました。
「かっこいい!」
ところがゆうこちゃんは、笑いながらも少し寂しそうでした。
「ありがとう。自由に弾けるのって楽しい。でもママは、譜面どおりにうまく弾きなさいって言うの。練習、練習ってうるさくって」
「ゆうこちゃん、いつも大変だね」
「よし!まっ、そうも言っていられないわ。じゃあ、ももちゃん、そろそろ帰りましょ。お迎えがきそう」
昇降口には、帰りの生徒が大勢いました。この時間ですと、まだ学校で遊んでから帰る子供たちもいます。2人は、花だんのほうへそれて歩きました。ちょっとした小道の周りには、ピンク色や白色のコスモスがたっぷりと咲いていました。小道の終わりをそのまま校舎の角まで来ると、先生方の駐車場入り口があり、そこからすぐ照山街道へ出られるのでした。ほんのちょっぴりの楽しみのために小道を通ることは、ももとゆうこちゃんにとって有意義で楽しい帰り方なのでした。
街道へ出ると歩道があり、子供たちは安心して並んで帰ることができました。ゆうこちゃんとももは、学校の街道をはさんではす向かいにあるひまわり屋という店の前のベンチに腰かけました。ここで待っていると、ゆうこちゃんのお母さんがお迎えに来てくれるのでした。
「ね、もしみんなでてるてる坊主をつくったら、明日雨、降らなくなるかしら」
ゆうこちゃんは、足をぶらぶらさせながら言いました。
「願いをこめてつくればいいんじゃないかなぁ。てるてるぼうず、てるぼうず、明日天気にしておくれ、いじんさんにつれられて、いっちゃったー」
ももが歌詞を間違えたので、ゆうこちゃんは、くすっと笑いました。
「ももちゃんたら、途中から、違う歌になっちゃったわよ。てるてるぼうずが、いじんさんにつれられていったら、シュールじゃない」
「シュール?シューズ?あ、そっか、赤いくつのうただった」
「違うの、シュールっていうのはね、ああもうわからなくなったわ、ももちゃん」
二人は、可笑しくてお腹をかかえて笑ってしまいました。
すると、シルバー色の車が目の前に止まりました。ゆうこちゃんのお母さんでした。
「お待たせ、ゆうこ。行くわよ。ももちゃんも乗っていって」
ももは、首を横に振りました。
「だいじょうぶです、あたしは。あのえっと、歩いて帰ります」
ゆうこちゃん親子は、車のスピードを上げて、去っていきました。ももは、ゆうこちゃんのお母さんが、気を悪くしないといいなと思いました。せっかく声をかけてくれたのに断ってしまったのですから。でも、断る理由を、短く説明する言葉が頭に浮かんでこなかったのでした。最近は、子供を車で迎えに来る親が多いなか、ももの親は違うのでした。子供は足腰を鍛えるほうがいいので、登下校は歩きなさいというのでした。ももの家は、子供の足で20分程の距離でした。帰り道でいろいろなことを空想して歩くにはちょうどいいのでした。
もも みなりん @minarin
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