第17話追加編 妖怪泣き女
退屈な事件をいくつも解決していたカクヨだった。
そしてカクヨは今日もカクヨ研究所の一室でハンモックにゆられていた。
「あ〜ぁ、退屈。なにかおきないかな〜」
またハンモックをゆらした。
「こういうときにはクヨム君が、入り口をバン!って」
そう言って入り口を見た。
バン!
「博士! 事件です!」
「キタキターーーーーーーーー!」
カクヨはハンモックから降りるのももどかしく、転げ落ちた。
「イタタタ……」
「博士! 大丈夫ですか?」
「だ、だいじょぶ」
赤くなった額と頬と肘を撫でながらカクヨは答えた。
「それで、クヨムくん。事件というのは!?」
立ち上がり伸びでもするように精一杯体を伸ばし、腕を組んで訊ねた。
「はい、博士。これを見てください」
クヨムはタブレットを胸というか、腹というか、ともかくそのあたりに持ってカクヨに見せた。
「もう終わったと思ったのに。妖怪ですかぁ。いい加減、きりがないなぁ」
「そこは言わないでください。博士、お願いですから」
「それはそれとしてぇ」
カクヨはテロップを読んだ。
「妖怪泣き女ですか。ん〜、このお年を召した女性がですか?」
「はい。そうらしいです」
「お年を召した女性を妖怪って呼ぶのはどうかなぁって思いますけど」
「その周り! その周りを見て! ね、ね、人が倒れてるでしょ? わけわかんなくなってるでしょ?」
「う〜ん。職業のかたにしか見えませんが」
「博士〜〜〜。今、います? 日本にいます? 職業やツテで泣き女やってる人、います?」
「調査したわけではないで、未確認の職業や副業での泣き女さんはいるかもしれませんね〜」
「でも、ほら、ね? ね? 周り、これの周り。わけわかんなくなってるじゃないですかぁ? 人間の泣き女にこんなことできます? できませんよね? ね?」
「とは言ってもですねぇ。人間の泣き女さんと、妖怪の泣き女って、別の存在じゃなかったりするんですよねぇ」
「え? 妖怪と人間は違うじゃないですか?」
カクヨは右手の人差し指で、クヨムを下から指差した。
「なら、どう違うかきちんと説明してみてください」
「え? いや、ぼく…… 民俗学者じゃないし……」
カクヨは右手を一旦引き、もう一度人差し指で、クヨムを下から指差した。
「ほら、説明できませんね? 同じなんですよ」
「そ、そうかなぁ。なんか違う気がするけど」
「いいですか。どちらも人間の感情に干渉するんです。葬式の泣き女さんは、泣くことで雰囲気を盛り上げますよね?」
「あぁ、盛り上げるというか、そこのところをどう言うかは微妙ですが。まぁ、そうですね」
「参列者もつい釣られて泣いたりとか、あぁ葬式だぁと確認して満足するわけです。実際にはどうであろうとですね。雰囲気とか空気を操作するという点では商業の泣き女さんも、妖怪の泣き女もまったく同じ存在なんです」
「あの、博士。ちょっといいですか?」
「どうぞ?」
「えーと。お年を召した女性は妖怪と同じということですか?」
「まっく違います! 25才を過ぎでも女子だと言いはるのと同じくらいにまったく違います。職業的泣き女さんの技術は、妖怪の泣き女と同じだと言っているんです」
「ん? 博士、本筋とは関係ないんですが、25才っていうのはなんなんですか?」
カクヨは溜息をついた。
「そこから説明が必要ですか……」
「あ、なんかマズそうな気もするんですけど」
「振り袖ってありますよね。袖の中にパチンコ球くらいの鉄球を仕込んでいたりとかもしましたが。あれって、どういう人が着るものですか?」
クヨムは天井を見上げてから答えた。
「えーと、あのー、こう、なんというかラスボス感のある方とか」
カクヨは右手を一旦引き、それからグーでクヨムをバチンと殴った。
「それはあのラスボス感のある方の仕事着です」
「は、はい。カクヨちゃん、今のマジで痛い」
「振り袖は元来未婚女性だけが着れるものでした。たとえばクヨム君が女装していたとしましょう。どう思われると思います?」
「そういう趣味の方もおられるのであまり言ってしまうのもどうかとは思いますが。まぁ、つい目がいってしまうでしょうね。えーと、こうなんというか、あ、そうそう、この泣き女を見るみたいに」
クヨムはタブレットを指差した。
「はい。未婚女性といいましたが、未婚女性なら誰でもいいというわけでもありませんでした。20才で行き遅れでしたから、もうそのあたりから、着ていたらそういうふうにみられました。22とかでもうギリ! 今とは数えと満の違いはありますが」
「ギリですか。あ、でもあるところには未婚か既婚かは関係ないって書いてありましたが」
カクヨは右手を一旦引き、それからグーでクヨムをバチンと殴った。
「痛いってば。カクヨちゃん。マジで痛い」
「今の状況でどうしてクヨム君がそれを知っているのかが大変疑問に思えましたので、つい」
「えっと、それって間違ってるんですか?」
「間違ってはいません。言うなら、柔らかい言い方にしたようなものです。ですが、クヨム君が女装していたとしましょう」
クヨムは首を何度も横に振った。
「それ、もういいです。20で行き遅れなんだからとかもあって、一般的な生活において常識だったとか、ある種のドレスコードのようなものだったわけですか。それで、25才というのは?」
「それが常識だったのは、どれだけ近くまでだと考えても昭和の中頃まででしょう。そこから社会も変わっていますから、25才までが許容範囲としてみました。20から25ですから、大盤振る舞いです。さっきも言いましたが数えと満の違いもありますし。さらに言えば、30はいくらなんでももうギリを通りすぎてます」
「あ、こないだ叔母が見合い写真持ってきたんですけど、あ、うん。なるほど。振り袖を着てましたが、そうか、それ、いくらなんでもギリを通り過ぎてるところに近いのか。会ったけど、いい人っぽかったけどなぁ」
「ほ〜。どんなアッパラパ〜なのか顔を見てみたいですねぇ。ご本人も、その方のご家族も」
「見せませんよ。博士にはまだ早いです。そ、それより、泣き女の話を」
「あぁ、そうでした。雰囲気や空気を操作するという話ですね。そういうふうに雰囲気や空気を操作されて、その雰囲気や空気に乗せられることを共感と呼びます」
「自分から共感するんじゃないんですか?」
カクヨは右手を一旦引き、それからグーでクヨムをバチンと殴った。
「カクヨちゃん、痛い。マジで痛い」
「自分から共感していると思っちゃうんですね、人間は。ですが、いろいろな認知バイアスやらなにやらで、共感しないとおかしいんだっていうふうに人間はなってるんです」
「そうかなぁ……」
「じゃぁ、お葬式で職業的泣き女のかたの前に行って、『お仕事大変ですね』って、クヨム君は言えるんですね? それか、『この方は職業的泣き女さんですよ!』って言えるんですね?」
「え? あ。どうだろ…… 無理な気がします」
「なぜですか?」
「そういうのは、言っちゃいけないというか」
「なぜですか?」
「…… なるほど。うん、そか。雰囲気に操作されてるかも」
「ですが、人間は雰囲気に操作されることをよしとします。それが共感だったりするわけです。私も同じですよ〜と主張するためだったり、その主張を周囲に見せるためですね。あるいは、私も同じなんだ〜と思うとかもありますね。そういうのは全部いらないですよねぇ」
「博士ぇ。それ、なんか文芸の一部か、かなりを否定してません?」
「もちろん、そのとおりです」
そこでカクヨは右手の人差し指をこめかみに当てた。
「思うんですけど。人間を全滅させたほうがいろいろと早くありませんかね?」
カクヨは右手の人差し指をもう一度こめかみに当てた。
「その場合、どうなるんだろ?」
カクヨはいつもとは違う壁に向かい、そこにかかっている布を剥ぎとった。
「博士、なんですか、それ?」
「これですか? タイムマシンですよ? この前にクヨム君が言った方向で考えたらできちゃいました」
「あーーーー! ずるい! ずるい! 一人で作っちゃうなんてずるい!」
カクヨはそれに乗り込み、何やら操作しながら答えた。
「あ、そこは大丈夫です。ちょっと行ってきますね」
ボン!とその機械は消え、後には「このタイムマシンは、クヨム君が将来実現する理論にもとづいて動いてます」という文字が現れた。
「カクヨちゃん、それ、日本語おかしくないかなぁ」
ボン!とまた音がして、機械が現れた。扉を開け、カクヨが降りてきた。
「どうやらですね、いろいろと大丈夫みたいです」
「何がですか?」
「あっちの時間軸とコッチの時間軸は別だということです。クヨム君にも、クヨム君のお嫁さんにも会ってきましたよ」
「え? どんな人でした?」
「話を聞く限り、叔母さんが持ってきたお見合いの方ではないみたいです。なんか、盛大に振られたらしいので」
「あああああ! なんかいい感じの人だなと思ってたのに。そういうこと言っちゃても大丈夫なんですか!?」
「大丈夫ですよ。こっちで人類が全滅してもアッチはアッチで存在するらしいので。これで心置きなく人類絶滅できます」
「行く前にもそれ言ってましたけど、博士、何かありました? とくに向こうで」
「いえ? アッチのカクヨに人類絶滅計画を話したら、それもいいねぇって言われました。なんか人間の知性化計画は試したらしいんですが、だめだったらしくて」
「いや、絶対なんかあったでしょ!?」
「う〜ん、そうですねぇ。クヨム君のお嫁さんから、お礼は言われましたねぇ。クヨム君がタイムリープの実現にこぎつけられたのも私のおかげだって」
カクヨはそう言いながら戸棚に向かった。
「あ! じゃぁ、実現できるんですね!?」
「はい。アッチでは実現してます。こないだ見ましたし。ですが、こっちでは違います」
「え? なんで?」
カクヨはペットボトルを取り出し、栓を開けた。
「なんでもなにも。人類絶滅するからですよ?」
カクヨはペットボトルを振り回した。
「あ、それ、ヤバイやつでしょ! あぁぁぁぁぁぁ! まったくーーーー! うわぁ!」
「ま、症状がでるまでにはしばらくかかりますから」
「も、もうダメだぁぁ。僕はタイムマシンを作れないんだぁぁぁぁ! カクヨちゃんだけ作って、そんな面白いの一人だけでやって、ずるいよぉぉぉぉぉぉぉ!」
クヨムは部屋から駆け出していった。
「まぁ、そうなりますねぇ」
そういうと、カクヨは小さな脚立からハンモックに乗って寝転んだ。
そしてカクヨは呟いた。
「あ〜ぁ、退屈。なにかおきないかな〜」
* * * *
続きを書くかどうかはわかりません。
天才美少女カクヨの日常 宮沢弘 @psychohazard
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