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道路に散らばる色とりどりの花弁を踏んづけてしまう。かつて綺麗だった桜や梅の花もこうなってしまうと無残なものだ。ウチはそう思うのが好きじゃなかったか らなるべく踏まないようにって考えてはいるものの、どうやらそれは実行できないらしい。もう歩く度にがっつりと踏む。少し恨めしい気持ちで桜の木を見上げると そこにはピンク色なんて昔からなかったかのような緑色の葉が茂っていて、余計に脱力感がするだけだった。
「もうすぐ夏だなー」
最近は確かに暑くなってきている。まだ五月の上旬なのに、今年は猛暑になりそうだ。
昔から暑いのだけは苦手だ。プールや海は大好きだし、夏のアイスも格別なのだが、やはりこれから来るどうしようもない暑さだけは勘弁して欲しい。
実家の近所の小さな道路を道なりに歩いていく。今の自宅に比べるとやはりここは相当の田舎だ。だから下手な都会の公園よりもこっちのほうが大量の花びらが散っている。自然が豊かなのはいいけどこれは嫌だな。まだ向こうの方が花びら少なくて避けるの楽だのに。
そんなことを自分の内心でぐちぐちと呟いているうちに、目的地である高校の前に到着した。
そして彼はすでに校門の前で暑そうに黒と黄色い刺繍の扇子で煽っていた。団扇じゃなくて扇子を使うところがまた彼らしいと言えば彼らしい。さらに少し高そうな物をチョイスするところが余計にだ。
「おう、遅かったな君月」
「違うよ、あんたが早いの。だって今まだ待ち合わせの十分前だよ」
身長は最後に見たときよりも随分と高くなっていてもう180cmの後半には達しているだろう。それでも顔は高校の時から全くといってもいいほど変わっていな い。それと、前よりも何だかオシャレになったかも・・・。
「それにしても、久しぶりだな。もう三年ぶりか?」
「本当久しぶり、ちなみに四年ぶりだよ、雨宮」
夏の日に照らされる彼は四年前と違ってとても生き生きとした表情で初夏の暑さ に苦しんでいた。
あの年、今から四年前にもなる冬。長休みから明けて学校に来てみるとそこにはしっかりと雨宮の姿があった。まぁ、自分で一緒に頑張ろうなんて言っていたん だ、いたこと自体は驚かなかった。驚いたのは彼に表情が戻ったことだ。香乃からしか詳しい状況を聞いていないが、それでも基本的に表情は表に出ないと言ってい た。実際、ウチの記憶が正しければ確かに雨宮は笑っていたり、怒っていたりし たところを見たことない。
やがて、進学と共にクラスが入れ替わり、雨宮は多いとは言えないが、それなりに友達を作っていっていた。ウチはまだ香乃のショックが当分残ってて、そのときは雨宮のところに泣きついた。私が落ち着くまで彼は嫌な顔をせずにそばにいてくれた。それのお蔭なのか、回復は案外早くて無事に新たな目標通りの大学に向かうことができた。私は近くの医大に、雨宮君は慶応に進むこととなった。
「それにしてもお前が医大にね」
私の考えていることを見事に当て、彼は質問口調で口を開いた。
「人は見かけによらないな」
「どういう意味?」
少しだけ睨みつける。すると彼は悪戯に冗談だよと目を細めた。
雨宮はこうして笑うことのほうが多い、普通の男子大生だ。もう昔の笑わない彼ではない。そういう意味では彼がここ何年かで一番変わったのだろう。
「雨宮だって急に東京行っちゃうんだもん、いきなり残されたもこっちも寂しいじゃん」
「もうそんな歳じゃないだろ」
「うるさいなぁ」
ちなみにウチのキャラがおかしくない?という質問に関してだが、あれ以来、なんでかそういう立ち回りができない。それもそのはず、いじる相手はもういない、 他の子も香乃ほどに面白いのはいなかった。だからこうして逆立場に回ってしまっ たのだ。質問は受け付けない、自分でもよく分かってないから。
「それより、今日はこんな馬鹿話しに来たんじゃないの、本題のほうが気になるよ 」
「それもそうだな」
彼は真剣な目つきで自ら笑みを抑えた。そもそも今回彼にある用事が笑い事じゃないからだ。
あの日、私は確かにもういないはずの香乃の声を、言葉を聞いた。絶対に間違えるはずがない、あれは疑いようのない香乃自身声だった。
雨宮に話したところ、今は詳しく話せないけど心の準備が整ったら話してやると言われて結局高校時代中には聞けなかった。きっと大事なことのはずだ。だから今になってもどうしても聞いておきたいのだ。
「・・・あの娘の幽霊か」
「ああ」
「じゃあ、あの直後にあった『森野木家に届いた娘の天国からの手紙』とかいう特集って事実だったってこと?」
「まぁ、たしかに信じられないと思うけど、そういうことだ。それこそ信じるかはお前しだいだけどさ」
雨宮は一連の出来事をゆっくりと落ち着いた様子で語った。彼は真剣そのもので 嘘を言っているようには少なくとも私には見えない。
「いや、ウチも信じるよ。ウチだってあのときの声、ちゃんと覚えてるから」
“いつもみたいに、元気で、ね?”
高校の屋上でウチと雨宮が対峙した時、ウチは未だにしっかりと覚えている、忘れるなはずがない。あの娘の最後の言葉。ウチはあれからそれを糧にしてここまで人生を笑って生きていくことが出来た。もしあの言葉がなければウチはいつかの雨宮のように笑ってなかったのかもしれない。
「ねぇ、雨宮君」
けれどもふと、ウチは言いたくなった。
「どうして世界って、こんなにも理不尽なんだろうね」
ウチはあの日からここまで香乃の分まで幸せになろうと努力してきた。でも、やっぱり香乃がいないとダメだとずっと思っていた。
この世界は理不尽に満ちている。どこかのドラマの悲劇のヒロインではないが、それでもどうしてもそう思えてしまう。周りはどうしようもできない理不尽に溢れていると。ウチの親友を奪ったのもそれだ、心に穴を空けたのもそれだ。どうして世界はこんなにも辛いものだろうか。
そりゃあ自殺だってしたくなるよ。
「君月」
しかし、こんな難しい問いの答えを彼はもう持っていたようで返答まで5秒ともかからなかった。
「確かに世界は、理不尽ばっかりだ。俺だって今もなおそう思っている。だけど…」
彼はこっちのことをしっかりと見詰め、力強く言った。
「きっとそれだけじゃないと俺は思いたいんだ」
「・・・雨宮」
「それに、俺らまだ20前後だぜ、まだ人生はどうだとか世界はどうだとか語れる歳じゃないだろ。人生80年とか100年とか言うけど、まだ半分も過ぎてない。だから世界が本当に理不尽ばっかで、マイナスなのかなんてまだわかんねぇよ 。ならさ、俺は信じたいんだ、これからの人生は理不尽を吹っ飛ばすくらい幸せで楽しいものだってさ」
彼は偽りのない笑顔でそうウチに言ってくれた。つい数年前まで心を塞ぎこんでいたとは思えないくらい、あのときの面影はとっくに消えていた。
「・・・何で、そう言い切れるの?」
すると雨宮君は笑顔のまま答えた。
「だって、人生をプラスにするかマイナスにするか、結局は自分次第だろ?」
涼しい初夏の風が2人の間に流れ込む。
その通りだと思った。どこかの悲劇のヒロインだって大方は最後に笑っているじゃないか。人生は変わるんだ、変えられるんだ。悲劇を悲劇のままで幕を閉じるの か、それとも悲劇の分を幸せで巻き返すのか、それこそ自分次第なんだ。
少なくとも、香乃は最後に笑っていたのなら、きっとそうに違いない。
しばらくの間、ウチは彼に魅入っていた。これが香乃が好きになった人なのだと 。確かにあの娘の気持ちが分かる気がする。そうしている時間はとても長く、そして幸せに感じた。
「おーい、雨宮?」
突然の知らない声に、そんな時間は唐突に打ち切られ、ウチを現実へと引き戻した。彼もいきなりの呼びかけに驚いて目を丸くした。
「そこにいるのか?」
近づいてくる友人と思われる男性を「今行くから待っててくれ」と制した。
「ごめん、連れが案外早く戻ってきちゃった」
「いいよ、別に」
じゃあなと手を振りながら背を向ける雨宮。ウチは少しだけ寂しい感じがした 。雨宮が行ってしまうのが。
「雨宮!」
呼び止めたのはきっと違う理由だ。
「んっ?」
彼は立ち止まってこっちを振り向いた。
「今夜ってまだこっちにいるの?」
「ああ、明日の昼ごろ帰るつもりだけど、どうした?」
ウチは一拍おいてから、勇気を振り絞った。
「今夜、空いてるかな、ご飯でも一緒に食べない?」
口から出たのは今にも消えてしまいそうなとてもとても小さな声だった。特に意識しているわけじゃないはずなのに恥かしそうにする自分がさらに自身の体温を急騰させた。
彼は自然に微笑んで、「おう、じゃああのデパートの前で待ってるぞ」と言った。
「ふふ、わかってるじゃない」
「まあな」
彼はそういって公園を後にした。やっぱり少しだけ寂しい気持ちはあったが、でもそれだけじゃない気がした。
きっとウチの人生はここから再出発する。でもどこまで頑張れるかわからない。だから天から見守ってくれている彼女にもきっと祈ってて欲しい。いつかこの世界は幸せに満ちていると思えるその日を。
「…あれ?」
そんなとき、足元に違和感を感じた。
「あっ、うさぎ」
と言ってから流石にウチでも固まった。
野ウサギってこの辺いたっけ?
てかこの子ってばまだ小さんじゃん、子供かな?
足元には、まるで季節外れの雪のような、真っ白で小さいうさぎがこちらを覗いていた。
ふと、思い出す。
ーーー 何か1人で放っておくと孤独死しそう。
雨宮のあのときの言葉。それのせいなのかもしれない。なんだかこのうさぎがとても懐かしい気がしてたまらなかった。
だからウチはそのチビ助をひょいと持ち上げた。
顔の近くまで寄せてまじまじと見つめる。すると、うさぎはなんだか恥ずかしそうに縮こまった。いや、とりあえずウチにはそう見てた。
「ははっ、なんかますます香乃そっくりだな、お前」
思わず笑ってしまいそうだ。
「こいつもあれかな、一人にしとくと死んじゃう系の奴かな?」
なんて首を傾げる。
ペシッ
「あ、いたっ」
今度は器用にも足で頭を叩かれてしまった。
うさぎさんは大変憤慨しておられる様子だ。
「…ほんと、そっくりだ」
ふと、あることを思い出し、辺りを見回してみた。小さいように見えるが、何故だか親うさぎが見つからない。
「もしかしてお前、他の奴とかとはぐれちゃったの?」
うさぎは首を傾げる。こうして言葉に反応するところを見ると、通じているみたいで可笑しくなってきた。
「…お前、ウチの子にならないか?」
なんとなく、そんなことを考えた。
もちろんうさぎなんて飼ったことはないが、何でかこの子とは上手くやって行けそうな気がした。
向こうもそう感じてくれたのか、嬉しそうにはしゃぎ始めた。
「そっかそっか!じゃあ行こー!」
ウチは小さな雪玉のような子を優しく抱きかかえて、公園をあとにした。
「そうだ、名前決めなきゃな…。そうだな………」
なんて言うも、もうどんな名前にするかは決めてあった。それを言ってしまうのが少しだけ恥ずかしい名前な気もするが、別にこのうさぎ相手ならいいか。
「お前は、ノギーちゃんだ」
まったく、香乃の奴もせっかちなんだな。
名前が気に入らないのか、頑なに足でチョップしてこようとするうさぎと格闘しながら、思った。
天で見守るも何も、もうこっちに来てるじゃないか。
きっと、お前が香乃なんだろ?
そっと、ウチは空を見上げてみた。
その日は雲一つない快晴たった。
ghost 長居智則 @steelcan
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