魔法を使う
強い種族のみが生存を許される。
それが自然であり、それがこの世界。
本来、この世界に生きるには人間はとても弱いのだ。それは、魔物と比べるとより顕著に際だつ。
小さな体、岩も砕けぬ非力。火も吹けなければ、空も飛べない。
典型的な弱小種族。それが人間だった。
だがそれは、例外である私の誕生以前までの話。
私には生まれ持った力があった。魔物だけではなく、どの種族にも劣らない魔法という力が。
魔法は、人間という種族を生き残らせるために、私が生まれ持った力だと思った。
だから私は全ての人間に平等にこの力を分け与えたのだ。
確執が生まれないよう、支配が行われないよう、全ての人間がこの世界で生き残れるよう。
@@@
村のあちこちで家屋の潰れる音が響く。
どうやら魔物達はコラリアを囲むように散開し進行しているようだ。
「ま、魔物?! なぜこの村に!」
老人が驚愕の声をあげる。
「あれはシーナを襲おうとしていた魔物だ。仕返しにでも来たのだろう」
「そんな……! あんな数いくら魔法使い様でも……」
老人が悲痛な声を上げて私を見る。
私はパニックに陥りかかった群衆を見て老人に言った。
「この者達は皆、戦えないのだな?」
それは私の疑問を解くための最後の質問だった。
「は、はい、この村には魔法使い様は現在おりません! そ、それより、に、逃げなければ!」
「魔物は私に任せてくれていい」
驚いた表情で老人が私を見る。
「お、お一人で戦うおつもりですか!?」
「ああ。大した数でもない」
老人は信じられないという表情を浮かべ狼狽した。
「群衆にこの集会場から出ないよう呼びかけるんだ」
「しかし……」
「私を信じろ」
私の言葉に老人は困惑しているようだった。それは魔法を使えないのならば至極当然な反応だろう。が、悲鳴をあげる群衆、迫り来る魔物の群を見て、その目に決意の色が浮かんだ。
「わ、わかりました! 皆に呼びかけます!」
「頼んだぞ」
私は老人に背を向け魔物に向き合った。
その瞬間、突然にシーナが悲鳴が響いた。
「ウィル! だめぇ!!」
悲鳴の先、そこにはいつの間にか集会場を飛び出し、魔物に向かって行くウィルの姿があった。その手には、私の首に当てた物よりも長い刃物が握られている。
「戻ってきて! ウィル!」
もう既にシーナの声が届かない距離に彼女はいる。
「いやぁ!」
魔物に向かっていくウィルは、魔物の一体に狙いを定め真っ直ぐに駆けていく。
彼女は気付いていないのだ。すぐ側にいるもう一体が彼女に狙いを定めていることに。
「ああ、なんて事だ……」
老人が力の無い声を上げ、シーナは今にも泣き崩れそうだ。
ウィルは家屋の屋根に飛び乗り、あと少しで魔物を攻撃の可能な距離に捉える。が、それよりも早くウィルを狙う魔物が彼女を捉えてしまった。
魔物が、手にしている棍棒のような武器を振るった。
彼女は死ぬだろう。
今日この日、この時代に私がこの場にいなかったのであれば確実に。
「ここにいる人間は頼んだぞ」
老人にそう言い放った瞬間、私の視界が変わる。
集会場から見ていたウィルの背が目の前に現れ、ウィルに武器を振るおうとしていた魔物の攻撃が私に迫る。
魔法を使い、移動したのだ。ウィルと魔物の攻撃の間に、ウィルに攻撃が当たる前に。
「お転婆だな」
背後からウィルの背に触れた。
「えっ」
ウィルが驚いた声で振り返る。その瞬間、私は彼女ごともう一度移動した。視界が一変する。
元いた集会場。目の前には涙目のシーナと、唖然とする老人。
「う、うわっ!」
私と移動したウィルが勢い余って転びそうになったのを腕で支えた。
「大丈夫か?」
「え……な、何が……?」
ウィルは自分の身に起きた事を理解出来ていないようだった。
「ウィル!!」
シーナがウィルに駆け寄る。
「ばか! 死んじゃう所だったんだよ!」
「シーナ……ごめん。シーナの仕返しがしたかったんだけど、駄目だった」
ウィルの無事に安堵するシーナの隣から、老人が顔を出す。その顔は何か異変に気付いたようだった。
「音が……振動が止みました……」
老人は私を振り返る。
「ああ、もう外に出ても大丈夫だ」
「な、なんと……」
老人達は集会場の吹き抜けから外を見る。
そこには丁度、地中から現れた巨大な植物に動きを封じられていく魔物達の姿があった。
「ああして動きを封じてしまえば移動させやすいんだ」
次の瞬間、植物に縛り上げられた魔物の一体がぱっと消えた。
群衆がざわつく。魔法が使えない者からしたら余りに非現実的な光景なのだろう。
さっさと終わらせよう。
村落の周りを散開していた魔物たちを次々と移動させていく。数にして27体。多いが植物で固定したから少し楽だ。
「最後の一体だな」
全ての魔物を移動させた私は老人達に向き直った。
「終わったぞ。……ん?」
そこには震える老人の姿があった。だがそれは恐怖のそれではない。老人の目には強い感謝、安堵の色が浮かんでいる。
「あ、ありがとう、ありがとうございました……」
腰を折り、深く頭を下げる。この体勢はシーナとウィルが私にした謝罪の時のものと同じだ。
老人に続きシーナとウィルも頭を下げる。
その光景に私は少し照れ臭さを覚えながらもこう言った。
「当然のことだ」
彼が時間を超えた理由。 飯原アサヒ @shousetu
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