与えられるもの。

 集会場と呼ばれるその場所にいく前、私はある家屋に案内され、彼らと同じような物を身に纏わされていた。これは、「服」というらしく、動物の毛などを編み込んで作った物らしい。


 だが、やはり着てみると擦れるのが気になる。というより、村に着いたら服は着なくていいような事をあの老人は言っていなかっただろうか。全裸が恋しい。


 「魔法使い様、お着替えはお済みですか?」


 天井から吊られた「布」を一枚隔てた向こうから、優しい目つきの女性の声がした。


 「はい」


 私は彼女にそう答える。「はい」これは何かを肯定する時のこの時代の言葉だ。そして、この言葉の対義語は「いいえ」だそうだ。


 吊られた布をめくり一歩踏み出すと、そこには優しい目つきの女性、「シーナ」がこちらを向いて立っていた。


 「あ……」


 私と目があった彼女はまた頬を紅くして目を背ける。


 「シィナ?」


 まだ若干、アクセントがおかしい私の言葉。だがそれでも、彼女は私が名前を呼んでいることに気付いたらしくこちらを見る。


「は、はい……」


 なぜだろう。目つきの鋭い女性、「ウィル」と話す時の彼女と、私と話す時の彼女はまるで別人のようだ。

 やはり第一印象が悪かったのだろうか。

 このコラリアという村落に着いてから老人に聞いた話だが、私が河で拾ったあの人工物。あれは女性が陰部を隠すために使う「パンツ」というものらしく、男性はそれに決して触れてはいけないらしかった。


 だが私は触れるはおろか握ってしまっていた。彼女が私を苦手とするのはおそらくそれが原因なのだろう。


 「で、では行きましょうか」


 彼女が着いてこいと言うようなジェスチャーを私にする。私は一つ頷き、先を行く彼女の後をついて行った。 


 集会場へはシーナが一人で案内してくれるようだった。

 老人は皆を集めると言って、若い男達やウィルを連れて先に行ってしまったのだ。


 彼女は時折、盗み見るように私を振り返り、私が気付くと慌てて前に向き直るというおかしな行動を繰り返す。警戒されているのだと思うが、少し落ち着かない。


 「つ、着きました。ここが集会場です」


 しばらくして彼女がそう言った。

 そこは村落の中心にあたる場所。見上げると、周りの家屋より一際大きな家屋がそこに建っていた。


 「おおっ……」


 人の手でここまでのものが作れるものかと、またもや面食らってしまった。


 「では魔法使い様。な、なきゃに」


 たぶん噛んだ。

 彼女は顔を紅くして言い直す。


 「中に! 中にお爺ちゃん達もいます! 入りましょう!」 


 恥ずかしさをごまかすように彼女は声を大きくする。

 言葉はわからないが、私はその姿が余りにも可愛らしく見え、思わずくすりと笑ってしまった。


 「うぅ……」


 それに気付いたらしく彼女はさらに顔を紅くし、私から目を逸らす。そして、集会場に向き直り、アーチ型に切り抜かれた石の入り口へとうつむきながら再び歩き出した。


 少し怒らせてしまったかもしれない。謝罪の言葉を覚えたら真っ先に彼女に謝ろう。

 


 @@@


 シーナについて行き、集会場の建物の中を歩いていくと、ある扉の向こうに出た所で空気ががらっと変わった。

 その場所は部屋の半分程が天井から吊られた布で仕切られ、まるで私が服を着させられていた場所のようになっていた。


 老人はその部屋の中心にいた。


 「お待ちしておりました、魔法使い様」


 老人は言いながら頭を下げる。


 「あの向こうに……?」


 布の向こうから多数の気配を感じた私は、思った事をそのまま老人に質問した。


 「はい」


 そう返事をして老人は天井から吊られた布を指さす。


 「皆を集めました」


 老人がそう言うと、布の端からウィルがひょっこりと顔を出した。


 「お、準備できた?」


 顔だけ出したウィルが私を見てから、老人に問うような表情を見せる。


 「うむ」


 老人はそれに頷くと、私を布の端に招いた。


 「それでは行きましょう」


 老人の手で布がめくられた。


 瞬間、目に入ったのは、まばゆい夕日を背にし集結した100人を超える人の大群だった。

 人数の予想はある程度していたが、実際目の前にしてみると思わずその数に気圧される。


 「行きましょう」


 老人の声に、立ち尽くしていた事に気づきはっとする。


 「……ああ」


 私は促されるままに人の大群の目の前の位置まで進んだ。その位置まで来ると200を超える瞳が私を捉えていることにさらに足がすくんだ。


 ごほんと咳払いをし、私の隣から老人が一歩前へ出た。気圧される様子もなく老人は口を開く。


 「皆、よく集まってくれた!」 


 人間の言葉で発せられたその声は老人のものとは思えない程によく通る。


 「ここに御座すお方は、魔法使い様の一人である」


 群衆にどよめきが走る。なんと言ったのだろうか。


 「また、私の孫娘を魔物から救って下さった慈悲深きお方だ」


 老人は私に向き直る。


 「では魔法使い様。ここからは魔法使い様のお言葉を私が通訳させていただきます」


 私に譲るようにして老人が一歩下がった。

 私は老人に変わるように一歩まえへ踏み出した。  


 「えっと……」


 まずい。なにも考えていなかった。

 私は老人に小声でささやく。


 「なんと言えばいい?」


 私の問いに老人は耳元でささやき返す。


 「魔法使い様であることは私が申し上げました。なので、この地へ来た目的や」


 「待て」


 老人の助言の中に違和感を感じ、私は言葉を遮って質問をした。その違和感は老人と会った時から感じていたものだった。


 「おまえ達、魔法を使えないのか?」


 「はっ!?」


 老人は素っ頓狂な声をあげた。


 「な、なにを仰っているのですか……?」


 私は、この時代には「魔法使い」という役職があり、私がそれに当てはまるようだから、彼らは私を「魔法使い様」と呼んでいるのかと思っていた。

 が、シーナやウィルの言動、、そして誰も私の名を聞いてこない事に対して私は疑問を抱いていた。


 「使えないのかと聞いている」


 私はざわめきたつ群衆を忘れ、老人に食い入るように問う。老人は少し狼狽した様子で答えた。


 「ま、魔法は、あなたのように王に認められた者が、王から授かるものでしょう……?」


 「なんだと……?」


 私の中の違和感が全てほどけていく。


 「その王は」


 私が言い掛けた瞬間、何かが砕かれる大きな音が響いた。見ると、遠手から砂煙が上がっている。


 「出てこいよ~!!」


 地を揺らすような低い声が響く。群衆が悲鳴をあげた。


 吹き抜けになっているこの集会場から、一軒の家屋が潰れるのが見え、上がった砂煙の中からでかい図体が姿を見せた。


 「ひっ……」


 私の後ろに立っていたシーナが小さな悲鳴をあげる。


 「喰ってやるぞ~~!!」


 姿を見せたのは、シーナと対峙していたあの魔物。それも一体ではない。

 気配から察するに10体はいる。どうやら仲間を引き連れ仕返しに来たようだ。


 「どこにいる~~!!」


 パニックに陥った群衆。

 私は全身に力を行き渡らせ魔物を見据えた。

 

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