人間の言葉
私は老人達に言われるがまま、森の奥の村落まで案内されていた。
その間、私は老人達から陰部を隠すようにと腰に巻かれた物を頻りに気にしていた。歩く度に擦れて気持ちが悪いのだ。
その様子に気付いてか、老人が私を振り返る。
「いかがなさいましたか?」
「こいつが、どうにも擦れてな」
ぐいぐいと脱ごうとする私を見て、「ああっ!」と老人が慌てて私の手を押さえる。
「もう少し辛抱ください! あと少しで村に着きます故」
「そうか……」
そんなやりとりの中、右から視線を感じ、見ると優しい目つきの女性と目が合った。彼女は慌てて目を逸らしたが、明らかに私を見ていた。
そんな彼女の隣から、目つきの鋭い女性が顔を出す。見ていると優しい目つきの女性をからかっているようだった。
「着きましたぞ、魔法使い様」
老人の言葉に私は足を止める。
そして目の前に広がる光景に、私は言葉を失いその場に立ち尽くした。
「ここが私どもの村。コラリアです」
私の想像を遙かに上回る光景がそこに広がっていた。
私の時代の村落と言えば、木や藁を使った簡素な造りの家屋に、先ほどまでの私のように一糸纏わぬ人間達が20~30人程の群をなして暮らすだけの場所に過ぎなかった。
そのため、目の前に広がる光景はまさに異質。
家屋の壁は石のような材質で強固に造られ、換気の為の穴とおぼしき穴にはよく見ると薄い水晶のような物がはめ込まれており日の光を透かしている。
そして何より私が肝を抜かれたのは、この村落に属する人間達の数の多さ。あの場で私を取り囲んだ人数はほんの一部分に過ぎなかったようだ。目に映る範囲にいる者達、家屋の中や影から感じる気配は裕に100を超える。
「ここまでとは……」
ここに来て、初めて未来というのものを身を持って体感している気さえする。
「あの……」
背後から聞こえた老人の声に思わずはっとする。
「いかがなさいましたか?」
振り返ると不思議そうな顔で老人が私を見ていた。
「いや……なんでもない」
「そうですか、では参りましょう」
いわゆる魔物の言葉で会話を交わすと、老人は私の前に立ち村落の中を進み出す。
きっと今私が感じている差異は彼らにとっては極普通な事に過ぎないのだろう。ならばと、私はあえて様々な疑問を飲みこみ、老人に続いて村落に足を踏み入れた。
その瞬間に足の裏の土の感触が硬い石の感触に変わる。見ると地面に石が埋め込まれ歩きやすいよう舗装されていた。本当に細かい所まで人の手が行き届いている。
「魔法使い様、まずは村の中心にある集会場に行きましょう。村のみんなにあなたを紹介させていただきます」
老人は語りながら歩を進めていく。
「紹介?」
「はい。村の者は皆、今あなたに興味を寄せています。混乱などが起きぬよう今後の為にも何卒」
「わかった。しかし、私の言葉は伝わるのか?」
その発言に老人のがピタリと足を止め振り返った。その顔にはすこし驚きが伺える。
「人の言葉は全くお話にならないのですか?」
「ん? ああ……」
老人は少し考えるような仕草を見せる。
どうやら、少し慎重に答えた方がよさそうだと感じた。
「訓練か何かの一環ですか?」
「……そうだ」
何か納得のいかない表情の老人。
早速答えを間違えたのかもしれない。
「……多くは語れない。あまり詮索してくれ」
「そう……ですか」
これで食い下がってくれ、とどこか合点のいかない表情の老人に思わず念じた。
そしてそれが通じたのか、
「わかりました。では私が通訳を買って出ましょう」
と老人は手を叩いた。
「ああ、頼む」
「はい。お任せください」
にこりと笑うと、老人は前に向き直り歩き出す。
老人の背を前に私は嫌な汗をかいていた。
この場は収めたものの、なんとかして早急にこの時代の人間の言葉を覚える必要があると感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます