魔物の言葉。

 焼かれ、皮膚がただれた魔物の幾つもの亡骸。炭と化した木々の倒れる音。


 夜だというのに、燃えさかる木々に照らされた辺りは昼間のように明るく、その中心に彼はいた。


 「あ、先生」


 いつもと変わらない明るい声で、彼は私を振り返る。

 だがそこに、いつも優しかった彼の笑顔はない。


 そこにあるのは、狂気に歪んだ痛々しい泣き顔。


 「見てくださいよこれ。ザラもきっと喜んでますよね!」


 無理に作った笑顔で、彼は足下の魔物の亡骸を蹴飛ばす。


 「これも先生のおかげです」


 俯いた彼がぽつりと呟く。


 「ありがとうございました」


 再び顔を上げた彼は、その瞬間、自らを灰にし命を絶った。

 


───

───



 目が覚めると、私は両手両足を縛られた状態で一本の太い木の幹に縛り付けられていた。


 「お、目が覚めたのか」


 この声は私の急所を蹴り上げた目つきの鋭い女性の声だ。

 目が覚めたばかりでぼんやりとしていた私だが、思わず勢いよく前を見上げた。


 「元気?」


 悪戯な笑みを浮かべた彼女が目の前にいた。


 「ははは、そう睨むなって」


 相変わらず言葉はわからないが、彼女の悪びれない様子に眉間に皺が寄る。


 「おーい、シーナ~! 起きたぞー!」


 目つきの鋭い女性が何か叫ぶ。すると、がさがさと茂みの中から優しい目つきの女性が顔を出した。


 「あっ」


 小さく声を漏らし彼女は駆け寄る。

 そして目つきの鋭い女性と並ぶ位置に来ると、


 「ごめんなさい!」 


 と言って、深く頭を下げた。


 言葉はわからなくても、謝罪をしているのだということはわかった。

 その勢いと真摯な姿勢に思わず眉間に寄った皺が緩んでいく。


 だが、


 「いやぁ~、ごめん、ごめん」


 優しい目つきの女性が発した言葉と似た語感の言葉を、鋭い目つきの女性が発する。 

 が、仮にそれが謝罪の言葉だとしても、目つきの優しい女性のように深く頭を下げて謝るのではなく、頭を掻きながらへらへらと謝る彼女に再び眉間に皺が寄る。

 そんな私を見てなのか、鋭い目つきの女性の頭に優しい目つきの女性の手が延び、勢いよく頭を下げさせた。


 「しっかり謝って!」


 「わかった、わかったよ!」


 どうやら優しい目つきの女性が彼女を叱ったようだった。


 叱られた彼女は手を振り払い、今度は自ら頭を下げた。


 「ごめん……ごめんなさい。魔法使い様だと知らなかったんだ」


 その様子を見て、私の眉間から皺がゆっくりと消える。どうやら、知らない内に彼女達のやりとりに和んでしまっていたらしい。

 そんな私に気付いたのか、彼女達が恐る恐る顔を上げた。


 「……許してもらえるのですか?」


 優しい目つきの女性が何か言う。その目は私に何かを問う目で、私は答えるように一つ頷いた。


 「ありがとうございます!」


 彼女の表情が途端に明るくなった。隣の目つきの鋭い女性もほっと胸を撫で降ろす。


 「あ、あのっ!」


 そう言いながら、距離を詰めてきたのは目つきの優しい女性だ。


 「この縄、魔法でちぎってみせて下さいませんか?」


 私を縛る縄を指さし、縄を千切るようなジェスチャーを見せる彼女。

 自ら縄を千切れという事だろうか。

 彼女の目はキラキラと明らかにそれを期待している。見ると、目つきの鋭い女性も同じような瞳でこちらを見ていた。


 「お願いします!」


 彼女達がどんな意図でそれを望んでいるのかはわからないが、どのみち、そろそろこの窮屈な状態から脱したいと思っていたところだった。


 私はまた一つ頷き、彼女に私から離れるように視線でコンンタクトを送る。それに気付いた彼女は嬉しそうに表情を光らせると目つきの鋭い女性の元に戻っていった。


 それを見た私はすぐに縄を千切る事に取りかかろうとした。

 正直、この程度の縄なら軽く焦がし引きちぎれば簡単に脱することが出来る。

 しかし、彼女達の様子を見るに期待しているのはもっと派手な事だろう。

 ならば、と全身に力を行き渡らせる。どうせなら、派手に燃やし尽くしてやろう。


 次の瞬間、私の体は自ら発した炎に包まれた。


 「おおっ! すげえ!」


 目つきの鋭い女性の興奮した声が聞こえた。優しい目つきの女性も食い入るようにこちらをみている。どうやら掴みは上々のようだ。一気に火の勢いを強める。


 この時点で縄はすでに千切れかかっていたが、最後に私は瞬間的に一気に勢いを強めた。

 炎は大きく燃え上がり、縄はすでに灰となっている。

 私は一歩前へと踏み出した。体に纏った炎は徐々に小さくなっていく。


 「本物だ……!」


 「すごい!」


 彼女達はまるで子供のように目を光らせる。目つきの鋭い女性も、最初の冷酷なイメージからかけ離れた無邪気な表情を浮かべていた。

 そんな彼女たちを見て、私も思わず頬が緩んでいくのを感じた。


 だが、私から炎が完全に消えかかった時、不意に感じた多くの気配に私は思わず身構えた。周囲の茂みや木々の影。至る所に何かが潜んでいる。


 「あ、あのっ!」 


 身構えた私の様子を見てなのか、優しい目つきの女性が私に声を掛けた。私は彼女を制し辺りを警戒する。

 もしかすると、私が火傷を負わせた魔物が仲間を引き連れてやってきたのしれない。


 周囲の茂みが一斉に揺れ出した。


 私は両の手に力を込め、いつでも魔法を使える体勢を取る。

 来る。そう思った瞬間、茂みから何かが突き出た。

 見ると、ひょっこりと茂みから出たそれは、皺くちゃな人間の顔だった。


 「お爺ちゃん!」


 「じいちゃん!」


 私の後ろにいた二人が、その顔を見るなり声をあげた。

 そして、それを皮切りに辺りの茂みから一斉に人間達が姿を現した。


 「みんな!」


 優しい目つきの女性は親しげな声をあげた。

 続々と姿を現した人間達は、最初の一人を除けば他は皆若い男達で、茂みから出ると私たちを囲むように位置立った。その数、ぱっと見た範囲でも30数人はいる。


 その中から、先ほどの皺くちゃな老人が一歩前へ出た。


 「魔法使い様、遠いところご足労様です」


 老人のしゃがれた声。だが、彼の言葉もやはりわからない。


 「つきまして、今晩は村をあげて……」


 「お爺ちゃん! お爺ちゃん!」


 老人の言葉を遮って、優しい目つきの女性が声をあげた。


 「その言葉じゃなくて、ほら、あの」


 「……おおっ! そうじゃった、そうじゃった」


 優しい目つきの女性に何か言われた老人は何かに気付いたかのようにポンと手を打ち、再び私に向き直り口を開いた。


 「魔法使い様」


 思わず私は目を見開く。


 「孫娘の言った通りですな」


 得意げな顔で言葉を発する老人。


 「言葉が……わかるのか?」


 「ええ、魔物の言葉も少しばかり話せます」


 老人が発し、魔物の言葉と言った言語。それは、私やあの人を喰らう魔物が発する言語だった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る