12月1日(土)
特別編-End of Autumn in 2018-
――あっという間に過ぎ去っていったな。
12月になった瞬間、平成最後の秋についてそんなことを思った。
ただ、9月中の厳しい残暑の中の夏休みが遠い昔のように感じる。そう考えると、意外と長かったのかな。
ただ、殊更に強調されていた夏に比べて、秋についてはメディアも『平成最後』とあまり言っていなかった気がする。むしろ、冬に訪れるクリスマスや紅白を含めた年末年始について『平成最後』と付けているような。だからか、平成最後という雰囲気があまりない例年通りの秋だった気がする。
「あぁ、気持ちいい」
「気持ちいいね、栞」
平成最後の冬の始まりの日。僕と栞は温泉目当てで箱根の方に日帰り旅行に来ていた。
数日前、父が知り合いから今週末まで有効の日帰り温泉のペアチケットをもらい、僕と栞で行くのが一番いいだろうとプレゼントしてくれたのだ。高校までとは違い、期末試験が間近というわけではないので、今日、栞と一緒に来たのだ。
「今日晴れて良かった。青い海も綺麗で最高の景色だよ」
「そうだね」
ホームページによると、温泉に入りながら相模湾の景色を楽しむことができるのが売り。ここ何日かはどんよりと曇る日が多かったので、今日は朝から晴れて良かった。そこまで寒くないし、露天風呂に入るのにも最高じゃないだろうか。
「まさか、冬の始まりに、こうして悠介君と一緒に温泉に入ることができるとは思わなかったよ」
「そうだね。チケットを譲ってくれた父さんに感謝だな」
「そうね。お礼にちゃんとお土産を買っていかないとね」
「うん」
温泉に来たんだし、家族には温泉饅頭を買おう。みんな大好きだから。
電車に乗っていると時間が経つのがとても早く感じるのに、こうして温泉に入っていると時間がゆっくりと流れているように思える。景色が動いていないからだろうか。
それにしても、栞……20歳になって一段と艶やかさが増した気がする。出会って付き合い始めた頃の栞と比べて大人っぽくなったな。
「どうしたの、悠介君。私の方をじっと見て」
「……出会った頃と比べて大人な雰囲気になったなって。今の姿だとよりそれを実感できるというか」
「出会った頃と比べると背もちょっと伸びたし、胸も大きくなったかな。ふふっ、悠介君も私の色々なところを見ているんだね」
「……そりゃあ、見ちゃうよ」
むしろ、どんなときでも栞のことを見ていたいほどだ。あと、今の栞の姿を僕しか見ることができないというのが嬉しかったりする。
「そっか。ちょっと恥ずかしいけれど、凄く嬉しいな。私も悠介君の色々なところを見てるよ。だから、付き合い始めた頃と比べると立派な体になったなと思っているし。あの頃は細かったよね」
「そうだね。高校に入学するまで、運動する習慣が全然なかったからね。スイーツは好きだけれど、太りにくい体質だったからなぁ」
「……羨ましい」
いいなぁ、と栞は僕の体をじっと見ている。そういえば、栞はこれまでに何度か甘いものを食べすぎてダイエットをしたことがあったっけ。
「ただ、高校1年の今ぐらいの時期にやった持久走でヘトヘトになったことがあってさ。それで、体力を付けようと思って、ランニングや筋トレとかをするようになったら筋肉がつくようになったんだ」
「そういうことだったんだね。うちも寒い時期になると持久走やったよ。運動がそんなに得意じゃなかったこともあってか、持久走は体育の中で一番辛かったかも」
「体がかなり熱くなるし、息が切れるから僕も高1までは嫌だったな。寒いからまだしも、絶対に夏にやらない方がいいよね」
「そうだね。熱中症になるよね、絶対に」
そう考えると、再来年の東京オリンピックの野外競技は大丈夫なのだろうかと今から心配になってしまう。今年の夏は今までの中で一番だと言えるくらいの暑さだったし。あの暑さが将来的に普通になってしまわないと祈りたい。
「温泉に入りながら持久走の話をしたからか、体がポカポカしてきたよ」
「ははっ、そっか。今はポカポカする方が心地いいよね」
「うん。悠介君と2人きりでこうしていられるから心まで温かいよ」
すると、栞は僕と向かい合うような体勢になり、僕のことをそっと抱きしめてくる。
「温泉よりも悠介君の温もりの方が気持ちいいし、大好きだよ」
「……そう言ってくれて嬉しいよ。栞からも温もりが伝わってきてより気持ちいい」
僕も栞のことを抱きしめて、そっと口づけをする。抱きしめることでも十分に幸せだけれど、唇を重ねると特別な幸せを感じることができると思う。
しばらくの間口づけをして、ゆっくり唇を離すと、目の前にはうっとりとした笑みを浮かべる栞が。
「平成最後の秋はいつも通りで良かったけれど、平成最後の冬も素敵な冬になりそうだよ、悠介君」
「今年は特に忘れられない冬の1つになりそうだ。平成最後だもんね」
「そうだね。忘れないためにもできるだけ悠介君と一緒にいたいな」
「冬ってクリスマス、年末年始、バレンタインとか色々あるからね。もちろん、今日みたいに何でもない日も一緒にいよう」
「うん! 約束だよ」
今度は栞の方から口づけをしてくる。
平成最後の冬はどんな3ヶ月になるだろうか。いつか思い出したときに「この冬は良かったね」と言えるような時間になればいいなと思う。
それからしばらくの間、僕と栞は温泉で2人きりの時間を堪能するのであった。
特別編-End of Autumn in 2018- おわり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます