10月31日(水)-後編-

 ハロウィンパーティーが終わると、僕と栞は私服に着替えて大学を後にする。

 明日の講義は午後しかないので、今夜は栞が僕の家に泊まりに来ることになっている。なので、途中で夕ご飯を食べて、栞と一緒に自宅に帰った。そういえば、去年のハロウィンは栞の家にお泊まりしたんだっけ。

 これまで、数え切れないくらい僕の家に泊まっているけれど、栞が家に泊まり来ると毎回嬉しい気持ちでいっぱいになる。


「お風呂、先にいただきました。寒くなってきたからか、とても気持ち良かったよ」

「それなら良かった。じゃあ、僕も入ろうかな」

「うん、いってらっしゃい」


 栞にそう言ってもらうのも何度目か分からないけれど、心がとても温かくなる。彼女に小さく手を振って僕はお風呂に入りに行く。

 ついさっきまで栞が入っていたと思うとそれだけでドキドキする。さっき、栞から感じた匂いに包まれていると思うと幸せだ。ただ、僕の部屋に栞が待っているから、早くお風呂に入って、栞のところに帰りたい。

 秋が深くなるこの時期、僕の入浴時間は長くなっていくけれど、今日は真夏のときのようにさっさとお風呂から上がり、自分の部屋へと戻る。ただし、冷蔵庫からあるものを取って。

 部屋に戻ると、寝間着姿の栞が楽しそうにスマートフォンを弄っていた。ただ、さっきとは違ってネコ耳カチューシャを付けているけれど。


「栞、ただいま」

「おかえり、悠介君。思ったよりも早かったね」

「今日は特に栞のところに早く戻りたかったからね。そういえば、さっきとは違ってネコの耳が付いているけれど」

「今日はハロウィンだからね、にゃんにゃん。遥香先輩から借りたんだ」

「そっか。可愛いね。あと、20歳になったからか、出会った頃と比べると色気が増したように思えるよ。大学で原田先輩が坂井先輩にそう言っているときに、僕も栞について同じようなことを思ったんだ」

「そうだったんだ、嬉しいな。出会って、付き合い始めてから4年以上経つもんね。高校1年生のときの自分と比べたら、成長しているところはあるよ。もちろん、悠介君もね。ところで、悠介君は何を隠し持っているのかな?」

「何でしょう? ヒントはハロウィン」

「……そういうことね。トリックオアトリート……にゃん」


 猫の手になって、首を傾げながらそう言う栞はとても可愛らしい。

 できれば、どんなスイーツを持っているのかを当ててほしかったけれど、今日はハロウィンだもんな。トリックオアトリートが正解か。


「はい、栞」

「うわあっ、モンブランだ! これ、悠介君が作ったの?」

「うん。今年は栞が家に泊まりに来るからね。昨日作ってみたんだ」

「そうだったんだ。本当に悠介君ってお菓子作りが得意だよね。ありがとう」

「一緒に食べよっか。紅茶を淹れてくるから」

「うん!」


 僕は台所に戻って、2人分の紅茶を淹れる。今年もすっかりと温かい飲み物が美味しい季節になったな。酷暑だった今年の夏が遠い昔のように思える。

 紅茶と自分のモンブランを持って、自分の部屋に戻る。


「はい、温かい紅茶を淹れてきたよ」

「ありがとう。じゃあ、さっそくいただきます!」

「どうぞ召し上がれ。僕もいただきます」


 昨日、ちゃんと味見をしたから大丈夫だとは思うけれど。1日経って味が落ちていることは……うん、ないな。美味しい。


「美味しいよ、悠介君!」

「それは良かった。秋らしいスイーツを作ってみたいと思ってモンブランにしたんだ。栞が気に入ってくれて良かったよ」

「スイーツ全般好きだからね。毎回、悠介君の手作りのスイーツを食べると幸せな気持ちになるよ。本当にありがとう。今年も素敵なハロウィンになったよ」

「そう言ってくれるととても嬉しいよ。作った甲斐があったなぁ」


 来年もハロウィン用に何かスイーツを作りたいな。就活関係やゼミとかで忙しくなるかもしれないけれど。

 僕の作ったモンブランが気に入ったのか、栞は一度も手を止めることなくモンブランを完食した。それは微笑ましい光景であり、作った人間としてとても嬉しいことだった。


「あぁ、美味しかった。ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした。美味しそうに食べてくれて嬉しいよ」

「甘いものは大好きだし、悠介君の作るスイーツはいつも美味しいよ。……そういえば、悠介君からハロウィンらしい言葉を言われていない気がするにゃあ」


 栞はチラチラと僕のことを見てくる。あぁ、そういえば……あの言葉をまだ栞に言っていなかったな。


「トリックオアトリート」


 ハロウィンのお決まりの文句を言うと、栞はお菓子を出すことなく、苦笑いをしながら僕のことを見ていた。


「……ごめん、今はお菓子持っていないんだ。家にあるから明日渡すね。わ、忘れたんじゃないよ。ただ、悠介君にいたずらされたくて……」

「ははっ、そういうことか。じゃあ、お菓子をくれないからネコ栞にいたずらするね」


 栞のご要望通り、いたずらとして僕は両手で栞の頬を軽くつねる。それに栞も嬉しそうだ。まったく、栞は可愛いことを考えるんだから。


「それにしても、栞の頬は柔らかいね。お風呂から出てあまり時間も経っていないからかな。つねり甲斐のある頬だ」

「ほっぺもいいけれど、もっと柔らかいところもあるよ?」


 そう言われると、どうしても栞の胸元を見てしまう。モンブランよりも甘そうな匂いがしそうだなとか考えてしまって。

 気持ちが変な方向に高ぶってしまいそうなので他の場所を探してみると、


「……あった」


 僕は栞に口づけをした。

 思った通り、栞の唇は頬よりも柔らかい。モンブランの甘い匂いと紅茶の香りのおかげで、ドキドキの中に心地よさもあって。気付けば、僕らは抱きしめ合っていた。

 唇と離すと、栞は僕のことを見つめて嬉しそうな笑みを浮かべる。


「……いいね、口づけって。ただ、悠介君は胸を見ていたから、てっきりそっちの方をつねるかと思ったよ」

「ちょっと迷ったけれどね」

「やっぱり迷ったんだ。それでも、口づけの方を選ぶのは悠介君らしいね。それに、何だか安心したな……」

「安心した?」

「うん。悠介君の執事服姿はとてもかっこよかったし、パーティーで1年生の子達が一緒に写真を撮りたがっていたのも分かって。ただ、それにちょっと嫉妬しちゃってさ……」

「そういうことか」


 そういえば、パーティーでは茶道サークルや同じ学科の後輩の女の子と写真を撮ったりしたな。栞の方も、男子学生から写真を取ることに何度か応じていたけれど。


「僕も栞と口づけをするとドキドキするけれど、安心できるんだ。アイドルのコスプレをしているから、パーティーで栞が男子学生からの写真撮影に応じているところを見て僕も嫉妬してた」

「そうだったんだね。嫉妬してくれて嬉しいな。もし、悠介君さえ良ければ……もっと私にいたずらしてくれてもいいんだよ?」


 そう言って、上目遣いで僕のことを見てくる栞は本当に可愛らしい。にゃーん、と甘えた声を上げながら僕の胸に顔をすりすりとしてきて、本物のネコのようだ。

 栞にしたいことはたくさんあるけれど、もういい時間だし、栞も僕もお風呂にも入ったから、


「じゃあ、今夜は栞のことをぎゅっと抱きしめて寝てもいいかな。栞が暑いって言っても離さない」

「……とても長いいたずらだね。じゃあ、悠介君から離れないように、私の方もぎゅっと抱きしめないと」


 栞、とても嬉しそうだな。いたずらをしたいというよりは、栞とくっついて眠りたいというのが本音だ。

 その後、僕らはベッドに入りぎゅっと抱きしめ合った。栞からほどよい温もりと甘い匂いを感じることができて、今夜はよく眠ることができそうだ。明日の講義は午後からだけれど寝坊しないように気を付けないと。


「暑苦しいどころか、気持ち良くてぐっすり眠れそうだね」

「僕も同じことを考えてた。いい夢も見られそうだ」

「そうだね。じゃあ、おやすみ、悠介君」

「うん、おやすみ」


 寝る前の口づけをすると、栞はゆっくりと目を閉じた。それから程なくして可愛らしい寝息が聞こえてくる。笑顔も浮かべているのでさっそくいい夢を見ているのかな。


「おやすみ、栞」


 栞の額にキスをして、僕も眠りにつくのであった。



 平成最後のハロウィンは栞の温もりに包まれながら、静かに終わった。来年のハロウィンもこうして栞と一緒に過ごすことができればいいなと思う。




特別編-Halloween in 2018- おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る