5月2日(金)-④-

「ごめんなさい、日高さん。ひどいことをしてしまって……」

「……こんなことを二度としないって約束してくれるなら、いいよ」


 亜実と協力者の女の子が栞に謝り、無事に解決した。

 亜実はそのまま家に帰ったけど、一緒に帰りたいという栞の希望から、僕は校舎の外にあるベンチで待つことに。

 授業間の休み時間に女子生徒が僕の前を通るけど、決まって僕のことを物珍しげな視線で見ていた。何か騒がれても、来校者の札を首から提げているのできっと大丈夫……だと思いたい。



 午後3時半頃。

 放課後になったのか生徒さんが校舎から続々と出てきた。もうすぐ栞に会えるかな。

 僕の座っているベンチからは広大なグラウンドが見える。陸上トラックも整備されているので、ここでは陸上部の活動が行われるのだと思う。実際に準備運動をしたり、トラックの上で走ったりする生徒さんがいる。

 一際目立っているのは、背の高い金髪の女子生徒。亜実のようにポニーテールにしている。全力でトラックを走っているからかとても速い。僕よりも速いんじゃないか? 走った後に周りの女生徒からキャーキャー騒がれている。王子様的女子という感じ。見た目は亜実にどことなく似ている。


「男の子でも、あやちゃんの走りに釘付けになるんだね」


 気付けば、僕のすぐ側に天羽女子の生徒が立っていた。セミロングの茶髪が印象的で顔もかなり可愛らしい。

 あと、あの金髪の人は絢という名前なのか。


「その制服……八神高校のものだね。君が栞ちゃんの彼氏の新倉悠介君かな」

「はい、そうです」

「やっぱり。あなたの王子様エピソードはもう学校中に知れ渡っているよ。まさか、こういう展開になるとは……」

「ちょっと待ってください。色々と訊きたいことがあるのですが。どうして、あなたは僕のことを知っているんですか? それ以前にあなたは……」

「ごめんごめん。名前を言うのを忘れていたね。私の名前は坂井遥香。この学校に通う2年で、栞ちゃんとは茶道部で一緒に活動してるよ」

「えええっ!」


 驚きのあまりのけぞってしまった。

 こ、この人が栞の話に登場していた坂井先輩だったのか。栞が物凄く尊敬しているし、栞の背中を押した人なのでレジェンドのように思える。


「そんなに驚くってことは、栞ちゃんから私の話をされたんだね」


 坂井先輩は僕の横に座る。


「あと、あなたが見ていた金髪の女の子は私の彼女なの」

「ああ、かっこかわいい彼女さんですよね。栞から聞きました」

「かっこかわいい……あははっ、まさにその通りかな」


 頬をほんのりと赤くして笑う坂井先輩。


「栞ちゃんにたくさん相談されたからね。一度でいいから、あなたに会ってみたいと思ったの。そうしたら、今日、昼休みに八神高校の制服を着た男の子が1年2組にいるって話を聞いたの。もしかしてと思ったんだけど……どうやら、ビンゴだったみたい」


 坂井先輩も僕と同じことを思ってくれていたのか。きっと、栞との繋がりが強い証拠だろう。


「僕が言うのは何ですけど、色々と栞にアドバイスしてくれたみたいで。ありがとうございました」


 栞に喫茶店で坂井先輩からアドバイスを貰ったと話されて以来、一度会ってお礼が言いたかった。だから、この場で言えて良かった。


「お礼を言われるほどのことはしていないよ。私の周りには素直になれなくて恋に悩む人が多いからね。恋愛相談されるのは慣れているの。それもあってか、私も色々なことを経験してきたけれどね」


 何という主人公体質。坂井先輩は快活な笑みを見せているけど。きっと、彼女に相談した人達は、みんないい方向へ進んだんだろうな。

 今回のことも、自分のことを素直に言葉に出せなかったことから起こったことだ。素直になることは簡単なようで、本当はかなり難しいことなのだろう。


「栞ちゃんは普段は大人しくて控え目な子で。でも、あなたの話をするときはとても目を輝かせて、積極的に話してくれるの。あなたのことが本当に好きなんだって分かる」

「そうですか」

「昨日の部活では元気がなさそうだった。最初はあなたが浮気者かもしれないと思ったけれど、栞ちゃんは信じていたみたい。こうなったのには理由があるって」


 その読みは見事に当たっていた。信じてくれていたのが嬉しい。

 しかし、栞は鏡原駅で僕と亜実が一緒にいたところを見て、やはり僕と亜実は付き合っていると思い込んでしまった。今でもちょっと胸が苦しくなる。


「理由はどうであれ、栞に寂しい想いをさせてしまったことに変わりありません。これからは、彼女の側にもっといたいと思います」

「それが一番いいと思うよ。君ならきっと栞ちゃんを幸せにできる。何せ、わざわざ教室まで行って、好きだと言って抱きしめちゃうもんね」

「……僕も栞に会いたかったんですよ。栞の顔を見たら思わず……」

「ヒューヒュー! かっこいいぞー」


 坂井先輩は楽しそうにからかってくる。茶目っ気のある人だな。

 しっかし、こうして自分のしたことを言われると、恥ずかしい気持ちになってくるな。勢いで教室まで会い行ったけれど、僕……大胆なことをしたんだなぁ。何か顔が熱くなってきた。


「でも、栞ちゃんは素敵な人に巡り会えたと思う。安心した」

「坂井先輩にそう思い続けてもらえるように頑張ります」

「頼もしいね」


 この先、今回のようなことが起こらないのが一番だけど、栞を守っていけるように頑張っていこう。


「さてと、私はそろそろ退散しようかな。栞ちゃんも来たみたいだし」

「えっ?」


 僕が気付いたときには、既に栞がこちらに向かって歩いてきていた。坂井先輩がいることにも気付いたようで、驚きの表情を見せる。


「あ、あれ? 悠介君と遥香先輩が一緒にいる」

「たまたま彼を見つけたから、ちょっとお話ししてた。栞ちゃんの話を聞いて、新倉君と一度会ってみたいと思っていたからね」

「そうだったんですか。坂井先輩、ありがとうございました。悠介君が私を迎えに来てくれました」


 幸せに満ちた笑みを浮かべ、栞はそう言う。

 迎えに来た、か。まあ、そういう風に考えることもできるか。


「栞ちゃんは今日一番、いや今年一番のヒロインかもね」

「いえいえ、そんな……」


 照れているからか頬だけだった赤みが、栞の顔全体に広がっていく。


「でも、あの後……色々と訊かれたでしょ? 新倉君のこととか、新倉君のこととか、新倉君のこととか!」

「ええ、まあ。それでちょっと来るのが遅くなっちゃった。ごめんね、悠介君」

「気にしないで。それにさっきから、相当なことをしたんだなと思っていたところだし」


 鏡原駅でも会えなかったから、もう学校に行って直接会うしかないと思って。きっと、今日のように早く学校が終わらなければ、こういうことはしなかったと思う。おそらく、校門の前で栞を待つぐらいだろう。


「あぁ、2人を見ていると暑い暑い。でも、私も去年は絢ちゃんとこんな感じだったんだろうなぁ」


 何かを思い返すように坂井先輩は呟く。


「悠介君、そろそろ帰ろうか」

「そうだね。坂井先輩、失礼します」

「うん。私は絢ちゃんの練習の様子を見ていようかな。栞ちゃん、せっかく新倉君がお迎えに来てくれたんだから、明日からの連休は2人でたっぷりと楽しみなさい」

「はい、遥香先輩」

「じゃあ、今度会うのは来週の木曜の部活かな」

「そうですね。では、失礼します」

「うん、じゃあね」


 坂井先輩は笑顔で僕達に手を振る。

 僕と栞は手を繋いで天羽女子を後にするのであった。もう離れないと互いの手をいつもより強く握りながら。

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