5月2日(金)-③-
午後12時半。
栞に今から会いに行くとメッセージを送り、僕は亜実と一緒に電車に乗って鏡原駅に向かう。僕だけでも良かったかもしれないけど、亜実に謝らせるべきだと思い、天羽女子へ一緒に行くことにした。
「天羽女子の昼休みは1時半までだって」
「そうか。じゃあ、間に合うな」
天羽女子にいる協力者に、昼休みの時間を訊くよう亜実に頼んでおいた。授業中に行ったらますいから。
教室いるときと比べ、亜実の顔はちょっとスッキリしているように見えた。少しずつ心の整理がついていきたのかな。
「ねえ、悠介」
「どうした?」
「あたし、こんなにひどいことしちゃったけどさ。悠介はその……これからもあたしと友達でいてくれる? あたしが言える立場じゃないのは分かっているけれど」
元気なく亜実はそう言う。きっと、けじめをつけたいんだろう。
「亜実がしたことをひどいと思う人はいるだろう。だからといって、僕は亜実を突き放すつもりはないよ。これまでと変わらず、友人としてよろしく」
「……うん」
ようやく、亜実も心が晴れ始めたようで、ちょっと嬉しそうに笑った。亜実が最も恐れていたのは、僕と恋人になれないことではなく、僕と離れてしまうことだったのかもしれない。
「栞にしっかりと謝るんだぞ。亜実に協力した子にも、栞に謝るように言っておけよ。分かったな?」
「……分かった」
何か、子供を叱るお父さんになった気分だなぁ。叱る相手がある程度素直だからいいけれど。
栞からの返事は……ないな。放課後ではないから、会いに行くというメッセージを見てもきっと信じられないのだろう。
『まもなく、鏡原、鏡原』
もう鏡原駅か。時刻は12時45分。ホームページによると、鏡原駅から天羽女子までは徒歩で10分とのこと。昼休みが終わるまでには十分に間に合う。
鏡原駅で電車を降り、改札を出る。
周りを見ると、八神高校の制服を着た生徒がちらほらいる。健康診断も終わり、明日から4連休なので遊びに来ているのかな。駅周辺にはボーリング場やカラオケ店があるし。
「さてと、ここから天羽女子だけど……」
「あたしは学校説明会とかで行ったことあるから、行き方分かるよ」
「じゃあ、頼むよ」
「まあ、あの高い建物が天羽女子の校舎なんだけどね」
「えっ?」
亜実の指さしたところは確かに高い建物……か。天羽女子高校ってそんなに凄いところなのかな。あの建物の屋上から見る景色はかなり良さそうだ。一度行ってみたいけれど、女子校なのでそれは叶わなそうだ。
「栞って凄いところに通っているんだな……」
随分と目立つ男子禁制の高校だ。よく考えたら、亜実と一緒に行くのは正解だったな。家族じゃない限り、男1人で行ったら校門で追い返されるだけだろうから。
「よし、行くか」
僕は亜実の案内で天羽女子高校に向かう。
まだお昼だし、初めての道を制服姿の亜実と一緒に歩いているから、ちょっとした遠足気分になる。栞と一緒だったら、きっと楽しかったんだろうな。
7、8分歩いて天羽女子に到着する。こうして目の前で見ると随分と立派な高校だなぁ。ここなら女子は入学しようか一度は考えるのも納得。
「いやぁ、凄いところだ」
「凄いよね。あたしの同級生も何人かここに進学してる」
「僕の知り合いの女子も何人かここに通ってるよ」
昼休みなのもあり、校舎から出ている女子生徒もちらほら確認できる。他校の生徒が珍しいのか、僕達のことを見ている生徒も。
看守のおじさんに目的を聞かれたので、友人に届けたいものがあると言うと、あっさりと通してもらえた。すんなりと通れたのは亜実がいたからかもしれない。おじさんから受け取った入校許可証を首から提げる。
「……しまった。栞のクラスが何組か分からない」
ここまで来たのに、肝心なことを忘れていた。
「ちょっと訊いてみるね」
この口ぶりだと、亜実の協力者は栞のクラスメイトなのかな。校舎も結構大きいし、下手したら栞を見つけられず昼休みが終わってしまう恐れも。
「1年2組だって」
「ありがとう」
制服姿の男子が珍しいからか、天羽女子の生徒から注目が集まる。
時折、黄色い声も聞こえるけれど、「男がいるなんて信じられない!」って感じなのだろうか。ただ、驚く子もいるけれど、嫌そうな表情を見せる子がいないだけマシか。何にせよ、亜実がいなければ寂しすぎて心が折れそうだ。
ようやく1年2組の教室の前まで辿り着く。扉の前に亜実を見て手を振る黒髪の女の子がいる。彼女が亜実の協力者かな。
「せっかくここまで来たんだ。栞のことを驚かせてやろう。栞は教室にいる?」
「は、はい。栞ちゃんは一番前の席です」
中を覗くと、協力者の女の子が指さす先に栞が座っていた。1人でお弁当を食べている。
「じゃあ、行ってくるよ」
僕が教室に入り、栞のことを指さした後に「しーっ」とサインを送ると、空気を読んでくれたのか、それまでの騒ぎが収まっていく。さすがは天羽女子の生徒さん達。
栞に気付かれないように栞のすぐ後ろまで行き、僕は後ろから目隠しをする。
「だーれだ」
「えっ?」
驚いた栞は持っていた箸を机に落とす。
「その声は……悠介君?」
「正解」
僕が手を離すと、栞はすぐにこちらに振り向く。そんな彼女の表情は今にも泣き出してしまいそうな悲しげな表情だった。目尻が赤くなっている。相当泣いたのかな。
「どうして、ここに来たの? 後ろにキスした女の子がいるのに」
やっぱり、栞の心の中に見せられた写真が刻み込まれているのか。
「栞に会いたいからここに来たんだ。それに、亜実とはキスなんてしてない。あれは亜実の眼に入ったゴミを取ったときに撮られた写真なんだ」
「……ほんと?」
「本当だよ。栞のことが好きな気持ちは変わってない。だから、僕はずっと栞に会いたいってメッセージを送ったし、昨日も鏡原駅で6時くらいまで待っていたんだ」
「そうだったんだ……」
そう言うと、栞の目から涙が溢れ出す。その涙はきっと、今まで流した涙とは全然違うものだろう。
「昨日、鏡原駅で悠介君を見つけたけど、あの子がいたから諦めたの。でも、悠介君に会いたい気持ちはなくならなくて。好きな気持ちが消えることもなくて……」
栞はゆっくりと立ち上がって、僕にぎゅっと抱きついてきた。
「寂しかったよ……」
そう言って、声に出して泣く栞を僕は優しく抱きしめた。
「僕も寂しかったよ。不安にさせてごめんね。でも、もう大丈夫だ」
栞の抱いた寂しさは相当なものだったと思う。それを消すために必要なのは僕から感じられる温もり。だから、精一杯抱きしめる。
僕も寂しかった。
もう会えないと栞からメッセージをもらったときはどうしようかと思った。
だからこそ、僕はまた栞に会うことができて、一緒にいられるようになって嬉しい。これまでと変わることなく栞のことが愛おしい。
「栞、好きだ」
「……私も。悠介君のことが好き」
僕らのことを周りの生徒がどう思っているのかは分からない。でも、僕と栞が恋人同士であることは確かな事実なのであった。
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