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「……これで、いいでしょっ」

 布団をかけてやりながら、シェリーナは投げ遣りに言った。大きなため息をつく。

 背丈は彼女とあまり変わらず、ひょろひょろしている彼だが、熱を持った体は思った以上にぐったりと重かった。

 その上、隣の部屋は鍵が掛かっていたのだ。彼を担いで探し回り、どうにか見つけた空き部屋だが、病人を寝かせるのに適しているとは思えなかった。

 他の部屋同様、寒々しい。置いてあった布団が干されたのは、何年前だろうか。何しろ、日の光など射さない地下なのだ。

「こんな部屋で病人を寝かせるとか……」

 シェリーナは、彼の額に改めて手をやりながらぼやいた。金茶の髪をかきあげてやる。思った以上に、ふわふわと心地いい。

 いつもは蒼白い顔に、熱のせいかうっすらと赤みが差し、幼い子供のようだ。気弱そうな薄い眉に、髪と同じ色の長い睫毛。すっと伸びた形のいい鼻に、苦しげに息を吐く半開きの唇――。

 心の奥がくすぐったい。まるで――、

「どきっ! せんぱいけんきゅういんとの、いけないこい」

「しかし、ふたりは、ひきさかれるうんめいなのです!」

「はけんきかんが、さんかげつだからな」

 ぐふふ、と変な声で笑われて、彼女はうっかり浮かんだおかしな妄想を懸命に消した。その後頭部へ、何かがぶつかる。

「けっきょく、めんどうみちゃうしぇりーなが、すきだー!」

「でも、さかなはたべない、ぐふふ」

 そうだ、と彼女はがっくり項垂れた。放り出した魚のことが今さら気になる。ぐう、とお腹が鳴って、シェリーナは立ち上がった。

「あんたたち、暇なら、しばらく看ててあげて。今、水汲んでくるから、濡らした布で、おでこを冷やしてあげんの。できるよね?」

「えー」「えー」「なんでー」

 ファルの頭の周りを跳ね回っていた光の玉は、もぞもぞと彼女の肩に戻り始める。彼女は、さっと身を引いて、彼らを睨みつけた。

「嫌ならいいのよ。石にでも封じて遠くに放り投げちゃうから」

「……できないくせに」

「魔術師なめんなよ!」

 びしっと指を突きつけて叫ぶと、ファルが驚いたように身じろぎした。うなされて、何事かつぶやく。

「しー!」「しー!」

「しー……ぇりーなー!」

「うるさい! とにかく、頼んだからね」

 いいわね、とシェリーナは声を低めた。

「しぇりーなは、なにすんのさ?」

「魚を食べるに決まってんでしょ! いいもんね。私が両方食べちゃうから」

「ふとるぞ」

「せんぱいけんきゅういんに、あいそをつかされるぅ」

「調子に乗るなっ!」

 怒鳴り飛ばした彼女は、とりあえず水を汲みに行くために部屋を出た。

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君と魔術と星空と @fw_no104

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