第2話 後編

 コデマリは生きていた。

その身柄は、地の下へとあった。

コデマリはその身を消してから三日、地下蔵に幽閉されていた。


 おとうさあん、おかあさん、みんなあ、どこう。おなかがすいたよう。くらいよう、こわいよう。

 そんな意味の言葉を、コデマリはどれほど吐いたろう。それで語れぬ恐怖を、コデマリはどれほど抱いたろう。

しかし、か弱いコデマリの泣き声は、地上へとは届かなかった。


 コデマリが、暗闇やひとりの恐怖におびえ、それが衰弱から感じられなくなったころ、ひたひたと、その地下蔵に歩いてくる足音が聞こえた。

 だれ、だれなの、たすけにきてくれたの。おねがい、ここからだしてえ。おうちにかえりたいよう。

 コデマリは、弱った小さな体から、ようやくその声を出した。

暗い地下蔵に行灯を持って現れた男。それは果たして宇多次であった。

 うたじにいちゃあん、たすけにきてくれたんだね。こわいよう。おなかすいたよう。ねえ、だして。コデマリをここからだしてえ。

 残った力を振り絞り、コデマリは姿を現した宇多次に言った。

 ああ、怖かったねえ、コデマリちゃん。でも大丈夫。もう怖くないよ。これからはずっと、宇多次にいちゃんがコデマリちゃんといてあげるからねえ。

 えっ、なんで、どういうことなの。

 にたにたと笑う宇多次の顔を見て、真意をつかめぬ幼きコデマリは愕然とした。

 おにいちゃんはねえ、ずっと、コデマリちゃんのことが好きだったんだ。今より小さい頃から、ずうっと、ずうっとね。だからおにいちゃんは、辛抱たまらなくなったんだ。だから、コデマリちゃんをさらってしまったのさ。

 それを聞いたコデマリは、さあっと全身から血の気が引き、泣きわめいた。

 いや。いやだあ。かえしてえ。おうちにかえしてえ。おねがいだからあ。コデマリをおうちにかえしてえ。

 どこにそんな力が残っていたのか、それははたまた狂騒ゆえか、わあわあと泣き叫ぶコデマリに宇多次は言った。

 コデマリちゃん。きみはもうおうちに帰れないんだ。ここでずっと、おにいちゃんと一緒に暮らすんだよ。さあ、新しいおべべ・・・を着せてあげよう。大丈夫、寸法はぴったしさ。ずっとコデマリちゃんを見てきたんだからねえ。身の丈はちゃあんと測ってあったんだよ。旦那がこさえるような上等な生地は手に入らなかったけれど、これならきっとコデマリちゃんも喜んでくれるだろう、さあ……

 宇多次は地下蔵の鍵を開け、中に入った。

 さあコデマリちゃん。おにいちゃんと遊ぼう、さあ。

 いや、いや。こないで。こわいよう。

 怯えるコデマリを気にもとめず、宇多次はコデマリをつかみ、その服を乱暴に剥ぎ取った。

 ああ、きれいだねえ。白くてすべすべの肌だ。本当にきれいだねえ。

 泣き喚き、手足をばたつかせたコデマリの脚が、宇多次の股間に当たった。

男の急所である。宇多次はくぐもった声をあげ、股間を押さえた。

その隙にコデマリは開いたままの扉に駆け出した。しかし、その脚を宇多次の手が掴んだ。コデマリの短い悲鳴。宇多次の手は、コデマリの足を万力のようにぎゅう・・・、と締め付けた。

 うう、ああ、いけない子だね、コデマリちゃん。逃げられてはいけない。悪い脚だねえ。そうだ、そんな悪い脚は、切り落としてしまおう。

 そこにもはや、正気は無かった、宇多次はそのままコデマリを引きずり倒し、外へと出、施錠した後にすぐさま戻ってきた。

その手には、縄と鉈が握られていた。

 ごめんよ、コデマリちゃん。きみのきれいな脚を切ってしまうのは本当にかわいそうだ。でもごめんよ、コデマリちゃんには、ずうっとここにいてもらわなくちゃあいけないんだ。ごめんよ、ごめんよ。

 言いながら宇多次は、コデマリの脚を、付け根からきつく縛った。

 いたい、いたいよう。

 ぎゅうぎゅうに締められたコデマリの脚は、すぐさま鬱血し、紫色に変色した。

 ごめんよう、でも、いけない脚だ。さあ、そんな悪い脚は。

 無慈悲に、鉈は振り下ろされた。

地下蔵に、絶叫が響き渡った。


 数日が経った。

 さあコデマリちゃん。すっかり脚の痛みは引いたかな。うん、良かった。もう大丈夫そうだねえ。たくさん血が出た時はびっくりしたけれど、かまどの火があってよかったよ。あれで傷口を焼かなけあ、ふさがらずに死んでしまっていたろうねえ。

 無論、大丈夫なわけはない。痛みや何や以上に、脚を失ったことがコデマリの心をさらに大きく傷つけていた。

 なに、どうせここにいいるからには、歩く必要なんてないんだ。おにいちゃんが面倒を見てあげるからねえ。だからコデマリちゃんは、安心して寝ていればいいんだよ。さあ、おにいちゃんと遊ぼう。

 そう言って宇多次は、目をらんらんと輝かせながらコデマリににじり寄った。

宇多次の手がコデマリの肩をつかみ、寄った顔から出る荒い息遣いがコデマリの顔にかかった。

 反射だったのだろう。嫌がったのか突き出したコデマリの手が、宇多次の顔を引っ掻いた。

 ああ、コデマリちゃん。痛いなあ。そんなひどいことをするだなんて。悪い手だ。ごめんよう、そんな悪い手だったら、これも切り落とさなけれあならない。きれいな手だねえ。白くて、小さくて。でも、悪さをするからいけないねえ。これも腕ごと切り落とさなけあねえ。

 蒼白になったコデマリは、必死に泣き叫び、許しを乞うた。

しかし、背を向けて出て行った宇多次が戻った時、そこにはやはり、縄と鉈、そして火があった。

絶叫が、再び地下蔵に響き渡った。


 コデマリには、もう朝も夜も、手足も無い。

 コデマリちゃん、小さくなったねえ。もともと小さかったけれど、本当に小さくなった。こけしのようだねえ。最初はおにいちゃんも不憫に思ったけれど、これはこれでかわいいよ。うんうん、とってもかわいい。ああそうだ、コデマリちゃんの腕だけどねえ、捨てたり焼いたりするのは忍びないしかわいそうだから、食べてあげたよ。

 宇多次はにっかり・・・・と笑いながら、ひとりごちるよう言った。しかしそれは、コデマリの心には届いていなかった。

 うんうん、とても柔くってねえ、おいしかったよう。鶏や雀なんかはもう食べられないねえ。こんなことだったら、脚のほうも食べておけばよかったよ。さあコデマリちゃん。やっと遊べるねえ。大丈夫。やさしくしてあげるから。もう抵抗できないだろう。だからやさしくできるから、安心していいんだよ。

 宇多次は小さくなったコデマリを抱き上げ、その服を脱がせた。

コデマリはもう、抵抗しなかった。すればこれ以上何をされるかわからぬ以前に、する気力も、その手足の如く失せていた。

 やあ、かわいいねえ。お毛々も無くって、割れ目が見えるよ。大丈夫。おにいちゃんも初めてだけれど、やさしくしてあげるからねえ。

 コデマリはまだおさなである。男女の営みなど知らない。しかし、宇多次の欲望がおぞましいものであることは直感できた。幼いながらも、女としての本能か。コデマリは狂ったように首を振り、罵倒し、泣き叫んだ。

 ああ、いけないよコデマリちゃん。そんな汚いことを言っちゃあ。ほうら、すべすべのお肌だ。本当に可憐な花のようだ。本当に小手毬のお花のようだねえ。

 宇多次の舌が、指先が、コデマリをなぞった。そのおぞましさにコデマリは、ひゃっく、ひゃっくと泣き声とも引きつけともつかぬ声をあげた。

 ううん、濡れないなあ。女の子は感じたら濡れると聞いたんだけれども、おにいちゃんも初めてだからねえ。ごめんよう。でも、おにいちゃんも辛抱たまらないんだよ。この時を待っていたんだよ。コデマリちゃんが焦らすから、もうたまらないんだよ。さあ、いくよ。

 宇多次は自分の着物の裾をたくし上げ、屹立した自身をまろび出した。

それを見たコデマリは息をのんだ。風呂で祖父や父親のそれを見たことはあるが、それは欲望の権化のようなそれではなかった。天を向いて怒張したそれは、まさしく醜悪なあらわれであった。

枯れ果てたと思われた涙が溢れ出した。絶叫がコデマリの口から出た。

 されど無慈悲に、それはコデマリに進入してきた。

コデマリは、その幼き身体に合わぬ肉棒の進入と、早すぎる破瓜の傷みとで、気を失った。薄れ行く意識の中で、遠く宇多次の恍惚の声が聞こえていた。


 かくしてコデマリは、宇多次の歪んだおぞましい欲望を果たす肉穴となった。

 

 宇多次が犯人であることが発覚したのは、ほんのささいな気の緩みからであった。

ある夏の日、宇多次が暑さしのぎに開けていた戸から、一人の男が女の子が着るような丈の着物が中に干されているのを見つけた。

 はてな、宇多次は独り身だ。どうして女の子の着物などあるのか知らん――

この男が、ただそう思っていただけならば、それはそこで終わっていた。しかし、男が他の者と話した際に、そのことを口にした。途端に、別の者が言った。

 おいお前、それはひょっとして、旦那のところの消えた嬢ちゃん――コデマリ――の着物じゃあないのかい。

 いやまさか、あの子は神隠しに遭ったはずだ。どうして宇多次の家に。

 そのまさかだ。宇多次がお嬢ちゃんをさらったんじゃあないのか。


 話は冬の火事のごとく広まった。

早速に隣町の巡査がふたり呼ばれ、宇多次の家に押し入った。

 この家に誘拐されたお嬢さんがいると聞く。いるか。いるならば言え。

 怒鳴る巡査に、宇多次は目を白黒させるも後の祭りである。巡査は部屋の片隅にあった女児用の着物を見つけた。

 うむ、これは怪しい。これはどういうことだ。言え、さあ言え。

 宇多次を締め上げ引っ叩き、観念したのか宇多次は、驚くほどあっさりと白状した。それを知り、宇多次を引きずりながら地下蔵に降りた巡査は、そこに広がる光景を見るや、たまらず嘔吐した。

そこにはまず座敷牢のような木枠があり、その奥には粗末だが、種類だけはある小さな着物、子供が遊ぶようなおもちゃ、そして文字通り、こけしのように・・・・・・・変わり果てた・・・・・・コデマリの姿があった。

 巡査はひとしきり嘔吐した後、宇多次から牢の鍵を取り上げてこじ開け、小さなコデマリを布で包み、胸にひしと抱きしめた。保護こそしたものの、ただの誘拐ではない、尋常でない事件である。いかにすればいいか決めかねた巡査は、共に来た方に宇多次の身柄を預けて人払いをさせ、兎にも角にもコデマリの屋敷に運んだ。

 このとき、コデマリがさらわれてから三年の月日が経っていた。


 巡査よりも先に飛んで行った者からコデマリ発見の報を聞いていた父親は、不安と希望、様々なものがないまぜになった表情を浮かべ、巡査を迎えた。

 巡査さん、コデマリは無事ですか、無事ですか。怪我はありませんか。おお、コデマリはどこですか。

 鼻息荒く言う父親に、巡査はうつむきながら言った。

 見せていいものかわかりませんが……

 巡査は、抱いた小さな布を、そっと差し出した。

生気の無いコデマリの顔をあらためず、興奮した父親はひったくるようにコデマリを抱き、瞬間、その異様な軽さ、そして抱いた違和感に気が遠のいた。そして、コデマリを包んでいた布をまさぐりながら目をひん剥き、息を詰まらせた。巡査はただ、うつむき黙っていた。

 布の隙間からコデマリの身体を見た父親は、予想だにしなかった愛娘の惨状を見、くずおれて天に慟哭した。

コデマリは、うつろな目をし、どこを見るともなく、そこにあった・・・


 なにぶん昔の、狭い集落のことである。お嬢さんが誘拐されただけならばともかく、それが誰に、どうされたかは即座に知れ渡った。それを誰も、哀れんでか表立って言わなかっただけである。

 しかし集落の者に何より恐怖を与えたのは、宇多次があのような凶行に至りながらも、捜索の陣頭指揮を執り、自身への疑いを向けさせなかった狡猾さ。そして逮捕のその日まで、平然と今までと・・・・・・・なんら変わりないふう・・・・・・・・・・で暮らしていたことの二点であった。

平々凡々とした、真面目で大人しい化けの皮を被った鬼畜と、これまで変わりなく暮らしていた。そんな事実を改めて思い知らされた者らは、胃の腑が出てきそうな恐怖に怯えた。


 当の宇多次は、逮捕され、連行される際も不気味なほどに平静であった。

警察署にて取調べを受ける段になると、貝のように押し黙り、業を煮やした巡査の怒声や鉄拳が飛ぼうと、断固として口を開かなかった。

そして宇多次は、逮捕から二日の後、深夜に牢の中で自らの喉笛を潰し、自害した。

鬼畜の自害により、動機をはじめ、どのような惨劇が三年間続いたのか。真相は人の知らざるところへと消えた。


 一方コデマリの家族はと言うと、父親はじめ、家族も、戻ってきたコデマリをどう扱えばよいのかわからなかった。

コデマリは四肢が永遠の不具となり、三年の地獄の中、言葉も失っていた。

うつろな抜け殻のようになったコデマリには、自分が家に帰れたこともわからぬのか、家族の問いかけにも何の反応も示さなかった。

これに家の者たちは、これではもはや、嫁にもやれぬ婿ももらえぬ。むしろ家の恥と、悔しみや絶望を露にし、心通わぬコデマリへの情愛は、やにわに消えていった。

 家族は泣く泣くも無く、ただ放心して屋敷の離れに座敷牢をつくらせ、そこにコデマリを入れた。

かくしてコデマリは、救出され家に帰るも、そこでまたしても押し込められた。

自分が動くも、生きる世界も、コデマリは自由のきかぬ孤独な中のままだった。

 芋虫のようになったコデマリを、家族はおらぬものとした。近隣の者もそのことには触れず、ただ小間使いが義務的に、時間が来れば食事を届け、匙でコデマリの口に運んだ。

 いつしかコデマリは、食事も摂らなくなった。小間使いは食事を運びこそすれど、一向に関心を向けぬコデマリに、最初は同情こそすれ、こちらもじきに心も離れていった。餓えれば這って犬食いでもするかもしらんと思ってはいたが、朝、昼、夕と食事を替えに来ても、それはまったくの手つかずのままであった。家の者は誰も、小間使いを責めはしなかった。


 その秋に、コデマリは座敷牢の中で寂しく死んだ。

それは奇しくも、コデマリがさらわれたのと同じ日であった。


 それを見つけた小間使いは主人にそれを伝えたが、主人は身じろぎひとつせず、庭の小手毬の下に埋めろと言った。

小間使いは厭と言えるはずもなく、その夜遅く、傍らにコデマリの亡骸を置き、お嬢さん、後生です、化けて出てこんでください。旦那もつらいはずなんです、と自分に言い聞かせるように一心不乱に穴を掘り、そこにコデマリの亡骸を置き、土をかぶせ、手を合わせて拝み続けた。


 翌年の春、毎年豊かに美しい花を咲かせていた小手毬は、花を咲かせることなく、枯れて終わった。

跡継ぎのいなくなったその家は、みな狂死したとも言われ、今では花一輪とて、その痕跡をのこさないという。

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少女コデマリの惨劇 三月兎@明神みつき @Akitsumikami_Mitsuki

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