第5話

 大輔は冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出すと、座り慣れたいつものソファーに腰を下ろした。首には出勤時とは違って大分緩んではいるが、ネクタイが締められている。それを左手で外すと右手に持っていた物を口に近づけた。冷たくて苦い液体が大輔の胃の中へ満ちていく。


 大輔は重さの無くなった缶ビールをテーブルの上に置くと、体全体をソファーに預けた。ようやく一息つけた気がした。


 しばらくその体勢を続けていた大輔は、何かを思い出したかのように身に着けていた服を脱ぎだすと、風呂場へと向かった。


 適温より少し熱いお湯が気持ち良かった。全身を湯船に浸かり目を瞑る。自然と一昨日見た光景がよみがえってくる。



「こんにちは」可愛らしい女性の姿をしたアンドロイドが話しかけてきた。

 さっきの映像と一緒だ。一回目は驚いて目を開けてしまったが、今回は身構えてた分、何とか対応できそうだった。


 そこは神秘的な場所だった。光の線が何重にも行き交い、暗い世界に彩を与えている。まるで自分が人工的に作られた宇宙空間の中に放り込まれたかのような、不思議な感覚だった。これが仮想空間というものなのかな。


 その世界で唯一の生命を持った女性型アンドロイドは、大輔に気を遣う事もなく、決められた仕事をこなすかのように一方的に話しを進めている。


「赤いボタンと青いボタンがあります」どうやら大輔がつけている器械の説明をしているようだ。


「この赤いボタンを押すとあなたが寝ている最中にお店で購入した『夢』の映像を観る事が出来ます。但し、同じ映像は三回までしか観る事が出来ません」


「次に、この青いボタンを押すとあなたが見た『夢』の映像を保存する事が出来ます。これをお店に持っていくと『夢』の内容に応じていくらかの値段で買い取ってくれます。ですので、どんどん売りに来てね。ちなみに『夢』の内容はご自身では把握出来ませんので、お売りの際はご注意を」


「――以上が器械の説明でした。興味を持たれたなら是非ご購入を。これから素敵な『夢』ライフを満喫しましょう」


 女性型アンドロイドはそう締めくくると、満面の笑みを見せ、両方の手のひらをこちらに向けて振りだした。どうやらこれで説明は終わりらしい。


 大輔は目を開く。何もない部屋の光景が目に飛び込んでくる。仮想世界から現実の世界へと戻っていた。時間にすると短かったが、映画館で映画を観終えた後のような、どこか満足げな気分だった。


 そうか。この『夢屋』という店は文字通り人が見た『夢』を扱っていたのか。これで全て繋がった。あの看板の文句も、あの商品名も、商品にパッケージがついて無いのも。


 大輔は別室から出ると、早速あの店員に器械を購入する意志を伝えていた。



 大輔は二本目の缶ビールを開け、先程のようにソファーに座った。ようやくこれを試せる。まだ乾きかけの髪をタオルで拭きながら例の器械を手に取った。


 しかし、本当に他人の『夢』なんて観れるのか? そんな事聞いた事も無いが。もしかしたら騙されたかもしれない。あの店の雰囲気に乗せられたのかも。でも、あの脳に直接入ってきた映像を思いだすとやっぱり嘘だとは思えないし。まあ、今日ではっきりするだろう。明日は休みだし、ゆっくり検証しよう。


 大輔はそんな事を思いながらビールを一口飲むと、三つの特殊なチップを並べた。


 その特殊なチップは小指の爪ぐらいの大きさで、それぞれ小さな透明の箱に入れられていた。


 これが商品だった。これを例の器械にセットすると、寝ている間にそれぞれの『夢』の映像を観る事が出来るという。


 大輔は『サーフィン』というタイトルがつけられた商品を手に取ると、早速器械にセットして電源を入れた。器械はかすかな起動音を立て、赤いボタンを点滅させた。どうやら正常に起動したようだ。ちなみにこの器械の動力は特殊なチップが電池がわりにもなるらしい。


 大輔は器械を耳につけると、睡眠をとる体勢になり赤いボタンを押して目を瞑った。疲れている身体にアルコールを入れたせいもあってかすぐに眠りにつける気がした。


 まどろみの中、音が消えていく。意識も徐々に妄想なのか夢なのかパレットの上の絵具のように混濁して交じりあう。全ての色が混ざり合ったような黒色の世界に大輔は堕ちて行った。


 急に暗闇だった世界が切り開かれた。上も下も周りは全て青い世界だった。そこに光が差し込む。その光の先を目指すように進んで行く。ゴォォーという音を背中で感じ、水でできたトンネルの外へと出た。


 そこは一面透き通るようなきれいな海が広がっていた。


 


 


 


 

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夢屋 ジャック孟玩 @jack1223

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