第4話

 中は外が暗かったせいもあってか多少は明るく感じられた。まあ、他の夜間営業しているような店と比べると大分暗いだろうが。


 入口に立つ大輔は、ぼんやりと光る照明を頼りに、恐る恐るまだ得体の知れない店の店内を見回した。どういった店なのか? なにか分かりやすいものはないのか? 大輔はこの店の事を少しでも把握しようとしていた。しかし、この位置からでは何も見つけられず、何も分からなかった。大輔は仕方なく奥の方へと進んでいった。


 店内は人気もなく静まり返っている。どうやら客は自分だけらしい。店の中ほどまで来た大輔は、ようやく店の全容が少しだけつかめていた。中は幾つかの棚で隔てられていて、そこになにか商品のようなものが並べられている。その作りから小さな古本屋みたいだなと大輔は思った。


 大輔は試しに近くにある商品を一つ手に取ってみた。商品はCDケースのような大きさで透明だった。それに、その中には、おそらく手書きで書いたであろう四ケタの番号と、タイトルと思われる文字が書かれた紙が入っていた。


 隣の商品も見てみると、やはり同じような紙が入っていた。ちなみに大輔の手に持っている商品には『#1116 海岸線をドライブ』と書かれている。


 なるほど。店内の様子から察するに個人経営のビデオ屋か、なにかそれに近いものだろう。大輔は周りの商品を次々に見比べてそう思っていた。


 しかし、普通のビデオ屋ならパッケージでどんな作品か分かるようになっているはずだが、この店の商品にはそんなものはついていなかった。


 盗撮ものだろうか? それも非合法の。大輔は何度かそういう猥褻なビデオを売っている店に入った事があった。


 しかしなあ……大輔は腑に落ちないと言った様子で商品を見つめる。


 パッケージを見ずに選ぶなんてなあ、それにタイトルも変だ。『海水浴』『温泉』『電車』などのタイトルはなんとなく想像もつくが、さっき見た『ドライブ』や『登山』『盆栽の手入れ』といったタイトルは、全く性的な事は浮かばない。


 やっぱりそういう店じゃないのかな。大輔はビデオ屋と思っていたが、だんだんとその自信はなくなっていた。


 まあ、自分が知らない隠語のようなものかもしれないし、詳しいことは店の人間に聞いてみるか。大輔はそう考えると、さらに奥へと足を踏み入れていった。


 カウンターとおぼしき場所に初老の男が読書をしながら座っている。白髪の髪と髭が印象的だった。大輔はそこに近づき声をかけた。「あのう、すみません」


 大輔の投げかけた言葉が消えてから少し経ったが、男は変わらず読書を続けている。


 読書に集中していて聞こえなかったのか、それとも聴力が弱いのだろうか? 大輔は普通に聞き取れるであろう声で話しかけたつもりだったが、初老の男は大輔の声に全く反応しなかった。


 仕方ない、もう一回声をかけるか。大輔が再び「あのう……」と言いかけたところで、初老の男の眼はジロリと大輔に向けられた。その眼は大輔がいかなる人物かを観察するように動いていた。そして観察し終えたのか、すぐに男の眼は本の世界へと戻っていった。


 何か嫌な感じだな。というかさっきのやっぱり聞こえてたんじゃないか? 


 大輔は初めて訪れた見知らぬ店の洗礼に最初戸惑ったが、負けじと再び声をかけた。今度は前よりも大きい声で。「あのう、すみません」男の眼が大輔を睨む。そんな事はお構いなしに大輔は続けた。


「この店初めて来たんですけど、何を扱っているんですか?」しばらくの間沈黙が流れた後、男の眼はカウンターの横に向けられた。その視線を追っていくと、そこに冊子が置いてあった。大輔はそれを手に取った。


 冊子の表紙には『夢屋を初めてご利用される方へ』と書いてあった。どうやらこれを読めということらしい。早速冊子を開いてみる。そこには変な器械の図と『詳しいことは別室で』という説明が書いてあった。


 これだけ見せられてもさっぱりだった。大輔はとりあえず別室のことを聞いてみることにした。


「あのう、ここに別室ってあるんですけど、どちらにあるんですか?」


 大輔がその言葉を言い終える前に、読書の片手間というように男の顔は本を向いたまま、男の指はある場所を指していた。


 大輔は男が指した方向に進んでいった。そこには暗くて分かりにくいが確かに扉があった。ここが別室につながる扉か? 大輔はその扉を開けた。


 別室は明るかった。しかし、部屋は狭く、机と椅子が置いてあるだけで他には何もなかった。別室に来たはいいものの、ここで一体何をするのか? 説明を全く受けてない大輔は何をすればいいのか分からず、とりあえず置いてある椅子に座ることにした。


「あっ」椅子に腰かけようとしたところで、大輔は机の上に置いてあるものに気づいた。それは先程冊子で見た器械だった。大輔は冊子の図と手元の器械を見比べてみた。間違いなかった。


 しかし、これをどうしろと。大輔は補聴器をかなり大きくしたような器械を手に取り色々と調べてみた。


 調べてみると色々な事が分かった。これは補聴器のように耳に取り付けるらしい。でも、耳の穴にはめるタイプじゃなく、耳にかけるタイプのようだ。これを片耳に装着し、電源のスイッチを入れ、目を瞑る。冊子の図を見て分かったのはこれぐらいだった。


 何だこれは? これをつけてどんな効果があるのか? 聴力でもあがるのか、それとも何か聞こえてくるのか? 分からん。とりあえずつけてみるか。大輔は冊子の図の通りに器械を右耳に装着した。


 じゃあ、電源を入れるか。電源が入ると起動音と振動が大輔の右耳を刺激したが、すぐに治まり静かになった。


 大輔は器械に右手をあててしばらく様子をみたが、何も変化は感じられなかった。うーん。じゃあ、目を瞑るか。大輔はゆっくりと目を瞑った。


「うわっ」大輔は驚いて目を開けた。何だ今のは? 大輔は初めての感覚に思わず声を上げた。何だったんだ今のは? 大輔はまだ興奮冷めやらぬ頭で今起こった出来事を思い返していた。


 目を瞑って、三十秒……いや一分ぐらいだろうか、それぐらい経ってから急に映像が見えて、それに声も聞こえた。いや、見えたというよりも現れたというべきか。違う、おそらく脳に直接映像と声が流れ込んできた感じか。


 大輔は何とか自分の頭で今の出来事を理解しようとしていた。


 多分そうだろう。全く自信はないが。大輔は興奮と不安が交じりあった不思議な感覚に襲われていた。今のを見続けて体に悪い影響はないのか? しかし、変な感覚だった。映画とかでよくあるテレパシーみたいな感じか? まさか自分が体験するとは。


 大輔はしばらくそんな考えを続けていたが、再び先程の体験をすることにした。


 よし、もう一回試してみよう。やばいと思ったら途中で目を開けて、さっきみたいにやめればいい。大輔は再び目を瞑った。今回は前回よりも少し身構えるように。











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