第7話 選ばれなかった少女

 ◆ 7 ◆


 佐々木の軽すぎるほど軽く細い身体を受け止めた俺は、混乱していた。


 なんだって? 佐々木は今なんていった? 俺の事を必要としている? 俺の事を愛している? こいつが? そしてそれは……ハルヒが望んだことだっていうのか?


「ふふっ……どうにもいけないねキョン。僕は一応服を着てはいるが、精神的には全裸をさらけ出したも同じ気分だよ。キミに知られたくない僕の苦痛を独白し、破壊衝動を厭というほど見せつけ、他人を卑下する攻撃性までつまびらかにした挙げ句が、恋愛感情の吐露だなんてね。これ以上見せるものがあるとしたら、或いはこのままキミを押し倒すしかないのかもしれないな」


 そう言うと、俺の胸の中でくつくつと喉を鳴らす。


 俺はとりあえず佐々木の両肩を掴むようにしてコイツを受け止めたが、頭の方はまるで今の事態を受け止められていなかった。


「佐々……」


 木、そう言って話の続きを促そうと身を離しかけたが、それより早く佐々木は俺の身体から離れると。見た事のないような笑顔をみせた。その頬には、また涙の跡が幾筋も流れている。


「ああ、本当にいけないね。これだから恋愛感情などというものは精神病だというんだよ。自分に歯止めというものがかからなくなるからね。まぁこれぐらいの役得は先んじても構わないだろうが、相互理解の方を先に進めなければ。キミの困惑顔は僕の好むところの一つでもあるのだが、そのままの表情では愛を語るのも難しいだろうからね」


 相変わらずの口調に、相変わらずの言葉遣いだが、何を恥ずかしい事を言ってやがる。だが、一点だけは大いに共感するぞ。まだまだ俺には理解できていないんだ。説明をしてくれ。


「やれやれ、キミの口癖を借用し続けるのは許諾さえあれば構わないんだが、それ以外に表現しようがないのは僕の語彙不足なのだろうね。では疑問に応えるとしようか、何が聞きたいんだい?」


 お前の説、つまりハルヒがお前という……その、なんだライバルを存在を望んだから、というのは百歩譲って納得したとしよう。だが、橘や九曜や藤原がお前の周りに集まってきたのもそういうことなのか?


「そうだね。勿論、彼女らなり彼なりに理由はあるのだろうけれども、おそらくは涼宮さんの力が作用していることは疑いようがないだろう。宇宙人、未来人、超能力者。僕が望んだわけでもないし、涼宮さんのように積極的にアプローチをしたわけでもないのに、キミのSOS団と対になる陣容が揃うなんていうのは、さすがにタイプライターの上に鼠を載せてシェイクスピアの詩を打たせるに等しい確率なんじゃないかな」


 確かにそれはそうかもしれん……。じゃあ、今のこの状況ってのはどういうことなんだ? お前が力を欲してそうなったっていうのは。そんな簡単にホイホイ渡せるものじゃないだろう。だから橘がゴタゴタしていたわけだろうし。


「ああ、それはね……うん、僕もよく理解はしていないんだがね。キョン、今の世界はいくつかに枝分かれした平行世界の一つなんだそうだよ」


……なんだって?


「枝分かれした平行世界さ。SFの素養はそれなりにあるだろう? 同じ時間軸上に分岐したあらゆる可能性の枝葉。その一つだということだよ」


 一体なんでそんなことに……。俺はリアリストである佐々木が、いつだかの公園で朝比奈さんが語ったような、また初めて上がった長門の家で、あいつが語ったようなSF的台詞をひょいひょいと話す事に驚きながら聞いた。


「もっとも分岐したのはつい最近だと思うがね。これも恐らくは涼宮さんの精神と力の賜物だよ。彼女はね、キョン。僕のような存在が表れる事を望んだものの、ちょうど条件を満たす存在である僕が登場し、自らの意思をもって積極的にキミに、そしてキミ達にアプローチをかけてきた事に対して、不安を覚えたのさ。そして自分の気持ちに対しても、どう対処していいのかわからなくなったんだ。まぁこれは僕の方の未来人……藤原氏の見解だがね」


 相変わらず理解できん。いいとこ4割程度だ。


「全く。キミにデリカシーを求めるのは間違いだという事はわかっているが、それでも嘆息せざるを得ないよ。キミに愛を告げた女に対して、キミに思慕を寄せている女性の気持ちを語らせるなんてね。キミの朴念仁さ加減は僕にとって酷く残酷なのだよ? わかっているのかい? キョン」


 そ、そんなこと言われてもだな……俺は頭を掻くしかなかったが、それでも続きを促した。


「ふん……これは重大な貸しだからね。よく憶えておくんだよ? さて、涼宮さんの心情についてだったね。重ねて言うが、これは僕たちの憶測に過ぎないけど、彼女は潜在的に考えていたこととはいえ、僕が実際に登場したことによって、キミに対する好意を再認識したんだ。思わぬライバルの登場による嫉妬と焦りが、そうさせたのかもしれないね。だが、それを認めたくない、現状のままでいいという意地っぱりな意識と、自分の好意を認めた上で、さて僕を、そしてキミをどうしたものかという意識が対立しあったんだろう。そしてその結果、彼女は分裂したんだ。なにしろ我が儘な神様だからね」

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