第6話 独白から続く、告白

 ◆ 6 ◆


「ふぅ。キミの得意の台詞だが借用させてもらうよ。『やれやれ』だ。全くもって長い上に情けない独白劇だったね。キミは素晴らしい聴衆でいてくれたが、実のところ退屈したろう? 謝罪させていただくよ。すまなかったね、キョン」


 頭を下げる佐々木に、俺は慌てたように言葉を返そうとして、結局何も気の利いた事も言えず、ただ「いや……」とだけ無意味な音を口から漏らした。


「さて、僕の独白は終わったが、キミの中の疑問に応えなければならないだろうね。この閉鎖空間、そしてあの<神人>。これらは全てキミ達の言葉だがね、共通認識を促進させる為にも、借用させていただくよ」


 そうだ。俺は佐々木の独り語りにまかせて、自分の中の最大の疑問をぶつけそこなっていた。


 何故、お前がこの空間にいるのか。ハルヒは自分の閉鎖空間に意図的に入る事はできなかったはずだ。そして、学校を破壊して……一体これからどうするつもりなのか。


「ああ、簡単な事さ。僕は世界を変えたかった、いや変えたくなったのさ。だから『力』を手に入れた。簡単な話だろう? そして『力』を行使して学校を破壊した。くくっ。新しく創造する為には、古きを破壊せねばならないからね。それだけの理由だよ」


 そんな簡単に言うが、一体どういうことなのか俺にはさっぱりわからん。橘はお前に片鱗と可能性はあるといったが、本来の力はハルヒのところにあるんじゃないのか? 第一お前は……その力を欲してはいなかったじゃないか。


「キョン。人間は心変わりする生き物なんだよ。キミと再会した後の、あの喫茶店でははああ言ったがね、くくっ。すまないね、キョン。僕は最初からそのつもりだったんだよ。騙すような形になった事については謝罪しよう。だが、これは……涼宮さんが望んだことでもあるのさ」


……ハルヒが? 俺は愕然とした。いつの間に佐々木とハルヒは話をしたんだ? ということはあいつは自分の力を認識しているのか? 一体どういうことだ?


「落ち着きたまえ。一つ一つ話していこうじゃないか。といっても僕も全てを理解しているわけでも認識しているわけでもないんだがね。最初の疑問だが、涼宮さんと僕が個人的に会話をしたわけじゃない。あくまでもこれは、彼女の潜在的な願望が生み出した結果、というだけの話さ」


 お前の学校を、お前の<神人>が滅茶苦茶にすることをか?


「急いては事をし損じるよ、キョン。そんな事を彼女が望むわけがないだろう? 彼女は僕に興味は持っていてくれても、そこまでパーソナルな事に心を傾けているわけではないからね。くっくっ」


 じゃあ、一体なんだってんだ? ハルヒが一体何を望んだっていうんだ。


「キミは涼宮さんの話になると、若干目の色を変えてしまうのだね。僕は穏やかに話したいんだ。するべき事の半分も済んだわけだし、時間はたっぷりとあるのだからね。喫茶店でキミが僕の空間に入ったときに、それは証明されただろう? あの時キミは10分以上僕の精神世界にいたと言ったね。だが、実際には十数秒といったところだった。つまり、この空間内での時間は、実際のそれとは違う流れ方をしている。仮定だが、そう結論づけても構わないはずだからね。さて、涼宮さんが何を望んだか――だったね。これは僕や橘さん、そして九曜さんの見解なのだが……」


 佐々木は言葉を切ると、一歩二歩と俺との距離を縮め、表現不能な表情のまま俺の顔を見上げる。そして、


「彼女が望んだのは、この僕自身の存在だよ」


――そう言うと、佐々木は泣いているような笑顔を浮かべた。


 わからん。ハルヒが佐々木を望んだ? まるでわからん。


「ふむ。僕の言語的表現としてはこれ以上なく直接的にしたつもりなのだが、もう少し表現を違えてみようか。涼宮さんが望んだのは、僕自身であり、僕のような存在だったのさ。改めて僕のプロフィールを紹介しようか?」


 お前のプロフィールなら今更聞くまでもないだろう。俺の中学の同級生で、三年の時と予備校で同じクラスだった。国木田がハルヒに語った事じゃないが、チャリの荷台に乗せて塾通いをした時期もあったし、お前のおかげで俺の学力はそこそこ持ち直したなんてこともある。そしてお前は県外の進学校に進み、先日約一年ぶりに再会した。


 それから……お前の言葉を借りるならば、俺の親友だ。


「くっくっ。論述形式ならば百点満点中51点だね。赤点にはならないが、キミはいくつも大事なことを見落としているよ。意図的にそうしているのではないのだろうから、それを責めたりはしないがね。だが、その不足部分を僕の口から語るのは、かなり赤裸々な気分にも、悲観的な気分にもなるのだが……まぁ一年前には個人授業をしていたよしみだ。正解に足るだけの補足をしてあげなければいけないね」


 俺から出せるのはこんなもんだぞ。他に何があるっていうんだ。


「キョン。涼宮さんが望んだのは、僕のパーソナルな部分や、僕らのささやかなエピソードではないんだよ。彼女が望んだのは、彼女にとってライバルたりえる存在なのさ。しかも拮抗を意味するライバルという存在でありつつも、絶対的に自分が有利になりうるという、極めて都合のいい、ね」


……意味がわからん。ハルヒが望もうが望むまいが、お前は十六年前に生まれているし、別に俺たちが中学三年の時期を一緒に過ごしたのは、ハルヒが望んだからでもなんでもないだろう。


 そもそも、その時期に俺はハルヒに会っていない。お前もな。四年前の七夕のことはあるが、あいつは俺がジョン・スミスだということを知らない。だからそれも関係ないだろう。


「確かにその通りだね。僕は十六年間の記憶を持っているし、キミとの日々も忘れずにいる。この記憶までが彼女の造りたもうたものだというのなら、お手上げもいいところだが、話はそんなに複雑じゃないんだよ」


 なら、どういうことなんだ?


「くくくっ。涼宮さんはね、一年前に『キョン』としてのキミに出会い、キミの言葉からSOS団を作り……それから様々な事件を巻き起こしてきた。キミを独占し続けててね。そうする間に彼女の中でキミに対する、なんらかの感情が芽生えても不思議はあるまい?」


 古泉や谷口みたいなことを言い出すつもりなのかしらんが、あいつは俺を雑用係としてしか見ていないぞ。


「やれやれ、朴念仁の肖像画を立体造形にして魂を吹き込んだようなキミに、これ以上その話をしても無駄だろうな。説得して理解させるのも癪であることだし、ではこれは僕の勝手な想像からの推測として聞いてくれたまえ」


 大袈裟に溜め息を吐いてみせると、佐々木は続けた。


「涼宮さんは、この一年間キミを独占し続けていた。彼女を観測している存在は知っているね? キミのところの古泉氏や、長門さん、そして僕の方では九曜さんや橘さんもそうだ。彼らの見解は一致している。即ち、涼宮ハルヒの『力』は、その精神の安定とともに、次第に落ち着いている……とね」


 確かにそんな事を言っていた。そんな時期に俺はお前と再会し、橘やら九曜やら藤原やらとまで出会う羽目になったんだ。


「そう。でもね、キョン。彼女は落ち着きつつあった精神のどこかで、また退屈さを感じはじめていたんだよ。キミを独占して、楽しい事や不思議な事を探したりしながらもね。そう、どこかで『キミを取り合いになるようなライバルがいないものか』……ってね」


 俺は思いきり眉を顰めさせた。なんだってハルヒがそんな事を考えるんだ? 俺なんかを取り合ったって仕方ないじゃないか。


「だが実際そうなっている。キミはSOS団と僕らの間に挟まれて奔走しているじゃないか。そして双方の中心にいるのは、僕であり涼宮さんだ。つまりキョン、僕はそれだけの為に選ばれたんだよ。涼宮さんのライバルとしてね。彼女の知らない一年間をキミと過ごし、彼女の一年間以上、もしくは同等程度にキミと密接な関係にあって、そして……キミを必要としていて、キミを憎からず思っている――いや、この期に及んで韜晦は止そう」


 そう言うと、俺の顔を見上げていた視線を伏せた佐々木は、そのまま歩を進めると、俺の身体に体重を預け――抱きついてきた。そして言葉を繋げる。


「キミのことを愛している女としてね」

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