第4話 続く独白

 ◆ 4 ◆


 破壊の轟音。砕け散り、舞い落ちる窓ガラスと瓦礫。スローモーションのような、その光景を見上げながら、佐々木は言葉を続けた。


「キョン。キミも知っての通り、僕は奇矯な人間だ。意図的にそうした仮面をつけているからね。いつだったかキミと話した事があったね。だが僕は自ら望んでそうしていたんだ。煩わしい雑事、それは人間関係という事象が大半を占めることだが、それらから自分を隔離する為の手段なんだ。僕の言う仮面とは役割なんだ、心理学用語でいうところのペルソナといってもいいだろう。僕はその仮面を場面によって着けかえることで、その場での自分の役割を自分で決めていた。そうすることで雑事に巻き込まれることなく、自分のすべきことに没頭できるからね。結果として僕は孤立した。でもそれは仕方のないことさ、上辺の社交性は勿論持ち合わせていたし、数多くの『友人』達もいた。これは主に女子生徒達のことだよ? 男性で友人と呼べる、いや親友と呼べるのはキミだけだからね、キョン」


 友人は平坦に発音し、親友には強いアクセントをつけて、佐々木は独白した。


「その孤立は僕にとっては当然のものだった。だから感じやすい年頃とされる年齢にあっても、僕は寂しさなんてものを感じなかったのさ。孤立は孤独ではない、僕は孤高であるべきだったし、そうしていたんだ。だが、中学三年のあの日、キミに出会ってから、どうにも僕は少しずつ変容していってしまったようだね」


 くっくっくっという、いつもの笑い声を立てる。その視線の先では<神人>が幾度となく佐々木の教室だった場所に両の拳を突き立てていた。


「いけないね。キミに関わる部分になると、どうにも独り語りが長くなってしまう。もっともこれはキミがそれだけ僕の中で大きな存在であるという証左になるのかもしれないな。まぁその考察は後回しにしよう。とにかく僕は孤高であることを意識していたんだ。それはキミと進路を別にして、ここに来てからも変わらなかった。勉強するための勉強を強制され、競うための勉強を強制され、その結果である数字だけが自分の存在理由になるような、この場所でもね」


<神人>の破壊行為は止まらなかった。既に佐々木の教室は跡形もなくなり、上下の階が崩れ落ちて、その一角だけが解剖済みの剥製のように内臓をさらけ出していた。だが、その臓腑にも<神人>は容赦なく拳を叩き込む。


「だがね、キョン。中学とは比較にならない競争社会にあっては、孤高という僕の様式は、なおのこと彼らの競争意識とそれに付随する対抗意識を煽ることになったんだ。くくっ、ようは彼らの言葉を借りれば、僕は『お高くとまっている』様に見えたってわけだね。いや、事実そうだろう。競争する為だけに僕はここに入った。そしてそれ以外にやる事がなかったんだ。入試の点数も決して悪くなかったんだろう。新入生代表の挨拶なんてことをやらされたしね。そして入学から最初の学力テストでも僕の成績は悪くなかった……謙遜というフィルターを外せば、僕はトップだったんだ。くくっ我ながら呆れるね」


 校舎が崩れ始めた。佐々木の教室であった区域を中心にグズグズと崩れ落ちる。赤黒く発光する巨人は、その瓦礫を蹴り上げ、他の区域に破壊の手を伸ばすべき獲物を探すかのように、緩慢な動きで周囲を睥睨しているように見えた。


「だってね、キョン。僕には他にすることがなかったんだ。親や母校の教師の期待に応えて入った学校、そこにキミはいないのだからね。おっと……これはまだ言うべきことではなかったね。忘れてくれたまえ。何事も順序が肝要だ。ああ、校舎が崩れはじめたね。いい傾向だ。全て残さず一度に灰燼としてくれればいいのだが、それではカタルシスがない。せいぜい僕の病んだ精神を慰めてくれなければね。くだらない作業だが、全てを壊させてもらうとしようか。なに、更地になる頃には僕の独白劇も終わるさ。ところでキョン、キミは孤高と孤独の違いを、どう定義する?」


 突然の質問に俺は咄嗟の応えを出せなかった。孤高と孤独……イメージはなんとなくわかるが、その歴然とした差を表現することは難しい。


 俺は校舎の瓦解する破壊音にかき消される程度の声で「わからない」と応えた。


「ふむ。さしものキミもこのような状況下では、いつもの思考レベルを保てないということかな。まぁ致し方ないさ。孤高と孤独の違いだったね。僕は前者と後者の違いを、孤なるものの意識の持ちように求める。孤高は超然としていなくてはいけないのさ。だからそうしていたんだ。どんな立場になろうともね。そう、最初は僕にアプローチをかけてくるものもいたさ。クラスメイトであり先輩であり、そんなところかな。だが、最初の学力テスト、二度目、最初の全国模試……このあたりかな、段々とその数が減っていくのがあからさまになったのは。でも僕は変わらず超然としていた、別にどうでもいいことだったしね。そしてその頃には、僕の机や下足箱が、ああした状況におかれるであろうことも予測できたんだ。くだらない連中が考える事はくだらない事だからね。予想の範疇を越える事などありはしないんだ」


 だからといって……予想できて、わかってたからって耐えられるわけじゃないだろう。


「そうだね。その通りなんだよキョン。だから嘲笑うべきなんだ。彼らをじゃない、この僕をね。超然としている僕は、くだらない連中のくだらない行為を見下していた。こんな方法でしか僕に矛先を向けられないのだとね。なんて下等な生き物なのだろうとさえ思っていた。だが彼らの気持ちもわからんでもないさ。妬みや嫉みという感情は人間の一番醜い部分をさらけ出させるものだということは、古今と洋の東西、そして虚と実の世界を問わず物語られる、数少ない真実の一つだからね。くっくっ。だから僕は変わらず超然としていたんだ、そのつもりだった……だけど、だけどね、キョン」


 そこで言葉を切ると、それまで校舎を見上げていた顔を俯かせて、佐々木は独白を続けた。


「……僕は傷ついていたのさ。自分でも気づかない内にね。自分の立場を孤独とせず、さも超然として孤高を気取っていたはずが、僕は深く傷ついていたんだ。おかしいだろう? 下等な連中のくだらない行為によって、僕の肉体と精神は疲労し、摩耗し、ボロボロにされてしまったんだよ。これは嘲笑うべきことさ。なにが孤高だ、なにが超然だ、とね」


 再び道化の笑い声が響いた。俯いた顔を背中ごと丸めながら佐々木は嗤い続ける。廃墟が瓦礫になる破壊の音にのったそれは、俺の心と身体に大蛇のようにまとわりつき、締め付けた。


「あはははは――ああ、可笑しい。可笑しいよキョン。孤高の徒を気取っていた僕が、いじめなんかに傷ついていたんだよ? あっはっは! あんな下らない塵以下の俗物達の行為に! でもね、キョン。僕は普通の人間なんだよ。あははっ! こんな空間を作ってキミを巻き込み、破壊行為をしておいてそれはないか――でも、この話は僕がこの『力』に気づく前のことだからね。しかし、だ。傷ついていたからといって、逃げ出すのは性に合わない。というよりかはだね、キョン。状況を修復するのも煩わしかったんだ。どうでもよかったんだよ。傷ついている自分も、下らない連中も、下らない環境もね。追い求めるのは結果としての数字だけでいいのだから……でもね、ある時」


――キミを見てしまったんだ。楽しそうに街を歩く、キミと涼宮さんをね。


 そう言って振り返った佐々木は、口元と眉を歪ませ、はっきりとわかるくらいに……泣いていた。

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