第14話 同級生の家庭教師

 ヨージの受験勉強はまったく捗らない。二浪していることを彼はどう思っているのだろうか。まったく緊張感がないのだ。


 中学の頃、クラスメイトのヨージはギターがとても巧かった。僕がようやくCとかAmとかのコードの押さえかたをマスターして幼稚な弾き語りを始めたころ、ヨージはレコードで聞くのと変わらないくらいの演奏ができた。きれいなアルペジオ、軽快なスリーフィンガー、力強いストロークなど思いのままだった。彼はあまり歌は歌わなかったので、伴奏に合わせて僕が歌った。そういえば卒業前のクラスコンサートでは彼の伴奏で当時はやっていた歌を歌って、それなりに脚光を浴びた気がする。高校は違ったので自然と付き合いはなくなり、同じ町内に住んでいるのに顔を合わせることもなかった。


 その彼に1か月程前、ばったりとコンビニで出くわした。中学のときに比べて少し太っていたが紛れもなくヨージだった。そして彼がまだ受験生であることを知り、勉強を教えてほしいことなどを頼まれた。僕はバイトを止めたばかりだし、彼女にもふられてとにかく暇をもてあましていたので引き受けることにした。バイト代として夕食をおごってもらうことを条件にして。


 それから毎週水曜日の夜7時にヨージの家に行き、同級生の家庭教師を引き受けることになった。といっても彼が予備校で使っているというテキストの問題を一緒に解くというものだったが。ヨージの使っているテキストはそれほど難しいものではなかった。むしろやさしいものだった。いわゆる受験テクニックで解決できるようなものばかりで悩まずに解答できた。ヨージは僕が簡単に答えるのを見て、さすが一流大学の大学生は違うと、からかうように言った。でも彼から問題を解こうとする意欲はほとんど感じることができなかった。


 彼に問題の解説をしようとすると、そうかそうか、とうなずいてギターを抱え、中学生の頃にはやった曲を弾き始める。中学生の頃聞いた彼の演奏にさらに磨きが掛かっていて、お世辞抜きでプロ級の演奏を始めるのだった。


 僕はそれでも勉強をしなくてもいいのか、と一度は言ってみた。ヨージはそれならお前がやっといてくれよ、といって演奏を止めることがなかった。彼のギターには説得力があった。演奏をしながら、彼は中学時代の思い出を語り始めた。その中にはクラス一番の人気の女子のこと、彼女とヨージは付き合って、そして別れたこと、3年の時の担任がその後、別の学校に移ったのは不倫が発覚したのが原因らしいことなどを次々に語るのだった。彼の語りはその演奏をBGMとして聞くとより意味をもつように感じた。


 ヨージは結局、大学には進まなかった。就職したと聞いたがはたして音楽を続けているのかは分からない。僕が知っていることはヨージが行く先を告げずに引っ越したことだけである。だからもう2年も彼に会っていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

掌の劇場 斉藤小門 @site3216

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ