第13話 秘密の薬

 小学6年はソフトボール地区対抗戦のレギュラーになる学年だった。僕が住んでいた米田3丁目はそのなかでもこの大会への情熱が高く、2チームが参加していた。それぞれに別のユニホームがあった。その年のチームは能力の高いAチームとそうではないBチームとに分かれていた。僕はBチームに振り分けられた。Aチームのメンバーより遠くにボールを投げることができたし、キャッチボールやフィールディングも負けていなかったから周囲の仲間は僕がBチームに入ったことをおかしいという声が多数あった。BチームのコーチがAの監督に談判しているのを目撃したこともあるので、僕の実力はそう低くもなかったのだろうと自己満足している。


 Bチームの中にはキャッチボールもままならない選手もいた。そういう選手は外野に回されていた。例えばライトの島崎君は5回に1回くらいしかフライが取れなかった。レフトの山田君はボールのキャッチはまあまあだが、捕ったボールを投げるときに難があった。コントロールがまるでダメで、サードに投げるつもりで二塁にボールが転がるといったことはごく普通にあった。


 そんなわけで僕はセンターに回された。外野にボールが飛ぶと僕は右にも左にも走り回った。おかげでチームメイトからファインプレーをする巧い選手と思われたが、本来レフトやライトが捕れば普通のフライを捕っていたに過ぎない。


 それでも僕は島崎君も山田君も好きだった。彼らは試合では問題はあっても、友だちとしては最高だった。面白い話をたくさん知っていて、いろいろな漫画を貸してくれた。実力は別として彼らは野球が好きだったし、プロ野球選手のカードもサインのコレクションも素晴らしいものがあった。


 ある日、島崎君は秘密の薬というのを持ってきた。彼によるととっても高価な薬でこれを飲むと集中力があがり、体力増強もできるというのだ。いろいろな動物の内臓でできているらしい。これを試合の前に飲もうということになった。島崎君の得意げな顔、山田君の驚きの顔が印象的だった。もちろん僕もおそらく山田君とおなじ表情をしていたはずだ。


 試合の日、島崎君と山田君と僕はひそかに例の薬を飲んだ。まったく味がしなかった。山田君は上気した顔で、力がわいてきたといった。島崎君も大声で叫んだ。僕は実はまったく何も感じなかったが、二人の態度を見ているうちになにかきっと効き目があるのだろ思うようになっていた。


 試合の中で早速効き目があった。大きなライトフライを島崎君がなんとランニングキャッチしたのだ。グローブからこぼれそうになるのを必死に耐えたという感じの危ない捕り方だったが、島崎君にとっては快挙だった。山田君は2回に2塁打を放った。彼にしては初めて事だったのではないだろうか。僕はさっぱりだった。センターに飛んできたフライを落球して味方をピンチにしたし、三振を繰り返してチームに迷惑をかけた。最後の打席で2塁打が打てたことが唯一の救いだった。チームは接戦の末敗れてしまった。


 僕らは薬が効いたのかどうか分からないが、とにかく一緒に試合ができたことに満足していた。


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