第四章(2)

 僕達は中島さんの家に辿り着いた。僕と高瀬さんは後ろにいるようにと、津島さんは言い、そしてチャイムを鳴らした。するとすぐに中島さんが出てきた。最初に目に入ったのが津島さんだったからだろう、中島さんは一度息を呑んだが、ゆっくりと前に出て門を開けた。その瞬間、津島さんが頭を下げた。彼女の身体は綺麗な直角を描いている。

「今までのことはごめんなさい。私、やっと分かったの。あなたは悪くないって。それなのにあなたのこと最低だなんて言って、ごめんなさい」

 真摯に謝る津島さんに対して、中島さんは少し戸惑っていたが、すぐに津島さんに近寄り彼女に声を掛けた。

「もういいよ。怒ってないから。顔を上げて」

 そして津島さんと中島さんがしっかりと向き合う。中島さんは笑って津島さんを迎えていた。

「私も、いきなりあんなこと言って驚かせたのが悪かったですし……。津島さんは友達を大切に思う人で、だから真美ちゃんを傷つけた私が許せなかったのは分かっていますから……」

 中島さんは割とあっさり津島さんを許した。僕が見た限りでも、津島さんに結構きつく当たられていたので、中島さんは少しくらい怒るものだと思っていた。どうやら自分が悪かったのだと本気で思っていたようだ。

「ありがとう。それと、お願いがあるんだけどいい?」

 中島さんが首肯したので、津島さんは続けた。

「また以前みたいに、なっちゃんって呼んでいいかしら?」

 その願いを、中島さんは満面の笑顔で受け入れた。

「はい。私も祥ちゃんって呼んでいいですか?」

「もちろん」

 これで津島さんと中島さんは仲直りできたようだ。津島さんが振り返って、僕と高瀬さんを見回す。しばらく頬を緩めていたが、すぐに真剣な面持ちへと変えた。

「高瀬さん、お願い」

「うん。分かったよ」

 浮かれてばかりいられない。本番はこれからなのだ。僕達は真実を解明しに来たのだ。そしてその真実は、津島さんや中島さんにとって辛いものになるかもしれない。中島さんも引き締まった表情で僕達を家に引き入れた。

 ラップ音が発生した中島奈津子さんの自室は二階にあった。超常現象について調べることを趣味としていると聞いていたので、てっきり奇妙な置物でもあるのかと思っていたが、見た目は普通だった。装飾の色は青が中心で、落ち着いた感じの部屋である。とはいえ、本棚には心霊現象や宇宙人等といった超常現象関連の本が並べられているのは、女の子らしい趣味とは言えないだろう。

 僕達は部屋の中央にあるテーブルの四辺にそれぞれ腰を下ろした。僕の右に高瀬さん、向い側に中島さん、左に津島さんが座る。そして高瀬さんが鞄からウィジャボードを取り出して、それをテーブルに置いた。広げられたウィジャボードには、いつかの体育館の壇上のように、【YES】と【NO】、そしてアルファベットと数字、さらに【GOOD BYE】が描かれている。その中には手の平くらいの大きさの板がある。ハート型で、尖った先端の近くが丸くくり抜かれている。

「中島さん。電気を消して」

 高瀬さんの指示通り、中島さんがリモコンを使って消灯した。高瀬さんは明るいところでも霊能力が発揮できるとはいえ、暗い方がやりやすいのだろう。

「それでは交霊会を始めます。よろしくお願いします」

 そう言って、高瀬さんはお辞儀をした。僕達だけではなく、協力している高級霊にも挨拶しているのだろう。

「じゃあみんな注目。軽く説明するね」

 高瀬さんはハート型の板を僕達に見えるように掲げてみせた。

「これが指示器だよ。この穴から見える文字が霊の示した文字になるから。【YES】とかの場合はその単語の真ん中あたりに穴が置かれるから。会話は、あたしは日本語で話すけど、向こうは全部英語だよ」

 相手の幽霊は日本人であるがウィジャボードによる交霊の場合は英語を使うことなら、僕と津島さんは以前に教えてもらった。中島さんもそのことを知っていたようで、質問を挟まずにただ高瀬さんの説明を聞いていた。

「通訳は私がするけど、多分そんなに難しい会話にはならないと思うよ。けど、君達も一応文字は目で追っていて。あの子にちゃんと向き合ってほしいから」

 あの子というのは幽霊の子のことだろう。僕も津島さんも中島さんもそのことに何の疑問も呈さず、首を縦に振った。高瀬さんは指示器をウィジャボードの上に置き、その穴が隠れないように手を添えた。そして津島さんと中島さんの間にある空間を見る。高瀬さんは口元を綻ばせて、優しくそこに話しかける。

「さあ、準備ができたから、お話しましょ」

 そこには人は見えない。しかし高瀬さんは見えているようだ。三月にこの部屋でラップ音を鳴らし続けた幽霊がそこにいるのだろう。

「そう。怖がらないで。あたしの手を貸してあげるから」

 そう言った直後、高瀬さんが僕達三人に目配せをした。その時だけとても鋭い目つきをした。

「この子があたしの手に憑依したよ。今から始めるね」

 場に緊張が奔る。交霊が始まったのだ。高瀬さんがいるので心配はないと思うが、それでも今僕達は超常現象と直面している。非日常の世界にいるのだ。僕も少し経験があるからといって気を緩めてはいけないだろう。

「この前会ったけどもう一度自己紹介するね。私の名前は高瀬涼。あたしの右にいる人から順に、中島奈津子さん、津島祥さん、堤一思君だよ。よろしくね」

 ここにいる全員の紹介を終え、高瀬さんが穏やかに尋ねる。

「君の名前は?」

 すると高瀬さんの手が動きだした。今更動いたことには驚かないが、その速さは異常だった。指示器は文字を示すのに一秒も止まらなかった。文字を確認しようとした次の瞬間には別の場所へ移動していた。もっとゆっくりだと思っていただけに、不意を突かれてしまった。その所為で、高瀬さんが、もとい幽霊が綴った文章を読みとることはできなかった。津島さんと中島さんも同じだったようで、目を見張って高瀬さんを見つめていた。

 そして高瀬さんが呟いた。

「わからない……か……」

「どうしてあなたも分からないのよ。しっかりしてよ」

 叫んだのは津島さんだった。彼女の気持ちは分かる。津島さんが言わなければ僕が言っていただろう。高瀬さんまで幽霊の言ったことが分からなければ意味がないではないか。しかし高瀬さんは焦った様子を見せながらも、しっかりと首を横に振った。

「違うよ。この子が、自分の名前は分からないと答えたんだよ」

 どうやら誤解があったようだ。とはいえ疑問が残る。それついては僕が訊いた。

「自分の名前が分からないってどういうこと?」

「この子くらいの低級霊になると、生前の名前を覚えていないことがよくあるんだよ。まあ、そうだからといって生前の出来事を全然覚えていないってわけじゃないから心配しないで」

 高瀬さんがそう言うのだから、そうだと納得するしかない。津島さんも中島さんも特に意見がないようなので、交霊会は再開された。

「じゃあ、君の年齢はいくつ?」

 今度は数字を二つ示しただけなので、僕でも分かった。

「十歳なんだね」

 高瀬さんが見た印象通りの年齢だったようだ。

「じゃあ、君は何年生まれ?」

 それを訊くと言うことは、幽霊の女の子の死んだ時期を特定するためだろう。死亡時の年を訊かなかったのは、単に幽霊の女の子を気遣っただけではなく、その子に死んだ自覚がないかそれが薄いと思われるからだろう。

 すぐに四つの数字が示された。

「二十年前だね」

 つまり、幽霊の女の子は今から十年前に死亡したそうだ。中島さんがこの家に引っ越して来るよりも昔の話だ。

「じゃあ……やっぱりあの……」

「駄目だよ。中島さん」

 高瀬さんが妨げたが、中島さんが何を言おうとしたのかは想像がついた。女の子の幽霊の死因のことだ。高瀬さんから事前に説明を受けている。小学生が虐待死した事件があったことを中島さんから聞き、それから女の子の幽霊を観察したところ、顔に殴打された痕があるらしい。その子が件の被害者かもしれないということだ。

 中島さんが驚愕したということは、女の子の幽霊の死亡と虐待事件の時期が一致しているのだろう。高瀬さんの予想が当たっていたらしい。

 そして高瀬さんの面持ちがさらに穏やかになっていくように見えた。子供に優しくしようとしているだけではなく、深い慈悲を感じるようになった。

「ねえ。ずっとそこにいて、寂しくない?」

 ウィジャボードで伝えられたことが本当ならば、この女の子は十年間ずっと自縛霊としてこの家に残っていることになる。幽霊の時間感覚や孤独に対する思いがどんなものかは分からないが、少なくとも楽しいものではないだろう。

 高瀬さんの手が動いた。今度は文章が綴られたが、どのアルファベットが示されたのかが分かるようになってきた。英文もかなり簡単なものであった。

「友達がほしい。そうだよね」

 高瀬さんが哀しそうに呟く。こういう幽霊を相手にしたことが何回かあるのだろうか。女の子の方はどうだったのだろう。友達がほしい、ということは生前に友達がいなかったのだろうか。親がろくでもなかった所為で、友達を作ることができなかったのかもしれない。

「友達がほしかったから、音を鳴らしていたんだよね」

 指示器が【YES】の位置に移動した。

「遊んでほしかったんだよね」

 指示器が少しだけ前後に揺れて、【YES】の位置に戻った。それから新たな文章を綴られる。高瀬さんがそれを告げた。

「驚かせてごめんなさい」

 当時は驚くどころの騒ぎではなかっただろうが、津島さんも中島さんも憤ることはなかった。むしろ津島さんは微笑みつつ、口を開いた。

「高瀬さん。その子に伝えて」

「そんなことしなくても、そのまま言えば伝わるよ」

 そして津島さんは一拍置いてから言った。

「あの時は驚いたし、あの後も大変なことになったけど、もう恨んでないわよ」

 津島さんからしてみれば、女の子の幽霊が遊びたいと思っただけで、大きな混乱が生じて、友人関係が一度破綻したのだ。自分の環境を派手に荒らしたその幽霊を憎く思っても仕方ないと思う。しかし津島さんは許した。

「なっちゃんだってそうでしょ」

 津島さんに言われて、中島さんは首を縦に振る。

「私も恨んでなんかいませんから。気にしないでください」

「あの時、もう一人女の子がいたでしょ。その子だって恨んでいないと思うわ」

 津島さんは八坂さんのことを言っているようだ。確かに、八坂さんが幽霊の存在を信じながらも、幽霊に文句を垂れていたことは少なくとも僕の前では一度もなかった。

「だからもう私達に謝る必要はないわよ」

 津島さんの言葉に対して、指示器の文章が続いた。

「ありがとう、だって」

 さらに指示器は動く。その文章を見てから、高瀬さんの表情が曇った。

「友達になってくれる……?」

 今でも津島さん達に友達になってほしいということだ。折角こうして和解ができたのだから、そう願うのは当然のことだろう。それが生きた人間同士ならばの話だが。

 この問いには高瀬さんが答えた。

「ごめんね。あたし達じゃ友達になれないよ。住む世界が違うから」

 僕達は生きていて、幽霊の女の子は死んでいるのだ。僕達がいくら心霊科学に詳しくなって、幽霊に対する偏見を捨てたとしても、その事実は変わらない。

「君はもう霊界にいくべきだから」

 幽霊の女の子に自分が幽霊だと気付かせる。そうすることで幽霊を行くべき所に導く。今回の交霊会の目的である。指示器が新しい文章を作る。

「友達ができないなんて、そんなことはないよ」

 高瀬さんが後ろを見る。そこには誰もいないが、そこに何人もいるかのように、高瀬さんは辺りを見回した。そしてテーブルに視線を戻す。

「霊界に行けば友達はたくさんできるよ。あたしの後ろにいる人達が連れて行ってくれるから、君は何も心配しないで。楽しい生活がそこでは待ってるから」

 それから手を動かす高瀬さんが、楽しそうに笑みを零すようになった。おそらく上手くいっているのだろう。

「遊べるかって? うん、遊べるよ。けどその内仕事も覚えないといけなくなるらしいよ。でもその仕事もきっと楽しいから心配しないで」

 さらに高瀬さんと女の子の会話は続く。

「おいしいものは食べられるかって? まあ、この世界で生きていた時とはちょっと事情が違うみたいだけど、おいしいものは食べられるよ」

 この調子ならば、招霊は今回で済みそうだ。女の子の幽霊にとってもその方がいいだろう。こんな辛い記憶しかない世界からはすぐに立ち去りたいと思うはずである。

 そこで、高瀬さんが突然指示器から手を離して、腕を上げた。彼女の人差し指の先には津島さんがいる。当然、津島さんが不愉快そうな表情を浮かべた。

「いきなり何よ。イギリスでは人のことを指差すの」

「イギリスでは、魔法をかける行為だとされていますよ」

 中島さんが場違いな指摘をすると、高瀬さんは一言だけ告げた。

「虫」

「えっ?」津島さんが慌てて自分の顔を触る。高瀬さんが指していたところなので、まずそこを疑うだろう。しかし高瀬さんは告げる。

「違うよ。津島さんの後ろ」

 そこにみんなの注目が集まるが、虫は発見されなかった。みんながテーブルの方に向き直る。それから高瀬さんが頭を掻きながら笑った。

「あはは。ごめん見間違いだった」

「あなたねぇ……」

 津島さんは眉間に皺を寄せていたが、やがて力を抜いて溜息をついた。

「まあいいわ。続けなさいよ」

 高瀬さんが手を指示器に戻して、交霊会を再開させた。

「どう? 霊界に行きたくなった?」

 指示器が【YES】の位置に止まる。すると高瀬さんは頬を緩めつつ告げた。

「じゃあ、お別れだね」

 女の子の幽霊が霊界に行くことを決めた。これで高瀬さんの役目は終わりだろう。無事に女の子の幽霊を救うことができた。

「みんなも挨拶してあげて」

 高瀬さんがそう言うと、津島さんがいの一番に口を開いた。

「さようなら。向こうでは幸せに過ごしなさい」

 そして中島さんが続く。

「あの……ご冥福をお祈りします。さようなら」

 挨拶は済んだようだ。と思いきや、三人の注目が僕に向いた。特に高瀬さんと津島さんが、無関係を装うなとでも言いたげな視線を送ってくる。僕は生前のその女の子に会ったことがなければ、三月の事件の当事者でもない。とはいえ交霊会に参加している以上、知らない振りをするわけにもいかないようだ。

「こういうことを言うのが適切かどうかは分からないけど、お元気で」

 そこで高瀬さんが締め括った。

「じゃあ、よい旅を」

 指示器が【GOOD BYE】を示した。交霊会が終わったようだ。つまり女の子の幽霊はもうここにはいないということだ。

「交霊会は終わりだよ。中島さん、電気つけて」

 中島さんは点灯すると、すぐに高瀬さんに向かってお辞儀をした。

「今日はありがとうございます。あの子のことを厄介者みたいに言うとつもりはありませんが、あの子にとっても、この家にとってもこれで良かったと思います」

 これで心霊現象が起きる危険がなくなったことには変わりない。僕が同じ立場ならば、清々したとしか思わないだろう。幽霊の女の子にはとても辛い過去があったようだが、所詮は赤の他人なのだ。ニュースで報道された死者に対するのと同じ印象しか持てない。

 しかし他の三人にとってはそうでないようだ。話をしたことで情が湧いてしまったのだろう。大きな問題が一つ解決したというのに、喜ぶ様子が全く見られない。心から別れを惜しんでいるようだ。というか高瀬さんは涙を流していた。

「こんなのってあんまりだよね……。生きてる時は全然いいことなくて……亡くなってからも何年も縛られ続けて……あんなに良い子が一体何をしたって言うんだよ……」

 津島さんがテーブルを回って高瀬さんに近寄り、彼女の肩にそっと手を置いた。

「でもあなたはできる限りのこと……いえ、みんなにはできないことであの子を助けたじゃない。それだけでもあの子はきっと幸せよ」

「そうだね……でも……」

 高瀬さんは腕で目を擦りながら言った。

「でも、あの子のように物質世界に縛られ続けている霊ってもっとたくさんいると思うの。その霊のほとんどは救われていないはず。そう思うと……そう思うと何だかとても悲しいの」

 高瀬さんにとっては、生きている人間が苦しんでいるのも、死んだ後の幽霊が苦しんでいるのも、たいして変わらないのだろう。しかし人間を救える人間はたくさんいても、幽霊を救える人間はそうはいない。地縛霊のような存在がどれだけいるかは分からないが、数えられるほど少ないわけではないだろう。人間でさえ救われない者がたくさんいるのだ。幽霊もそれは同じのようだ。高瀬さんはそれを嘆いているようだ。

 とにかく今は高瀬さんが泣いている。悲しんでいる。何か声を掛けて、彼女を元気づけてあげたい。しかし何を言えばいいのだろう。幽霊の女の子に無関心だった僕が、そのことで高瀬さんを慰めることなんてできはしないのではないか。所詮、僕は高瀬さんに好かれたいという下心だけで行動しようとしているのにすぎないのだから。おそらく高瀬さんにそのことを見破られるだろう。下手をすると高瀬さんを怒らせるかもしれない。というか、こんなことを考えている時点で、僕は駄目なのではないだろうか。

 そんなことを考えている間に、高瀬さんは泣き止んでいた。

「ごめんね。こういうの久しぶりだったから、つい感傷的になっちゃって。中島さん。洗面台使かわせてもらっていい?」

「はい。案内します」

 こうして高瀬さんと中島さんが部屋から出た。津島さんが元の位置に戻る。さて、何か話すべきなのか。とはいえ何を言えばいいのかが分からず、津島さんも話しかけてこないので、気まずい沈黙が続いた。

「堤君」津島さんがその沈黙を破った。

「高瀬さんに何も言えなかったようだけど、もしかして気にしているの?」

 お察しの通りだ。しかしそれだけではない。

「そうだね。けど、日頃からちゃんと君達と向き合うことが大事って、もう王子様になりたいだけの自分じゃ駄目だって分かっているから」

 僕がそう言うと、津島さんはくすりと笑った。

「そう。なら私から言うことはないわ」

 高瀬さんと津島さんとの日常を大切にしていけば、きっと二人を助けられるようになるはずだ。二人が大喧嘩した後は曲がりなりにもそれができたはずだ。今できないでいるのは、会長の指摘通り、二人を助けようとするあまり気持ちが空回りしている所為だろう。日頃から二人のことをよく見て、二人に関係することもよく考えられるようになれば、上手くいくはずだ。

 そこで高瀬さんと中島さんが戻ってきた。二人は元の位置に座る。

「お待たせ。もう大丈夫だから」

 高瀬さんは目を赤くさせているものの、朗らかに笑ってみせた。それも束の間、真剣な眼差しで津島さんを見つめる。

「それで津島さん。交霊会は終わったけど、これから八坂さんとはどう向き合うの?」

 津島さんにはその問題が残っている。この交霊会を通じて、八坂さんが霊能者であることを信じるかどうかを決めなければならない。

 対する津島さんは呆れたように笑いながら答えた。

「あなたにしては曖昧なことをしたんじゃないかしら。真美ちゃんのことは全然聞かなかったし。真美ちゃんが霊能者だと信じさせるのならもっとやり方があったでしょうに」

 確かに津島さんの言う通りだ。高瀬さんは今回の交霊会で女の子の幽霊を霊界に送ることだけを考えていたようで、八坂さんのことは一度も口に出さなかった。

「別に、あたしとしては、八坂さんが霊能者であることを津島さんに信じさせようとする理由はないよ。それは津島さん達の問題で、あたしが余計な世話を焼くことではないし」

「それもそうね」

 津島さんが納得したところで、高瀬さんがさらに付け加える。

「それと、あたしは今回の交霊会の主催者であり、この中で唯一のちゃんとした霊能者だから、なんとでもごまかすことができたよ。例えば、事前にあの子に八坂さんの力を借りたって文章打たせることだって簡単にできたし」

「そうですね。交霊会の最中に思念をあの子に届けることも高瀬さんならできたでしょうし」

 意外な中島さんの加勢に、高瀬さんは戸惑ったようだ。

「よく知ってるね」

「あの……ごめんなさい。つい調子に乗りました」

「別にいいよ」

 高瀬さんはわざとらしく一度咳をしてから語る。

「とにかく、あたしはやりたい放題だったわけ。そんな状況なのに、ただ心霊現象が存在することだけならともかく、そんな細かいことを、誰もが文句を言わずに信じるような証明をするのは無理だってこと」

「訂正するわ。あなたらしいわね」

 絶対的な根拠を提供することができず、詐欺を疑われる余地を残してしまう。だから初めから証明を諦めた。確かに高瀬さんらしい判断だ。

「それでも、あれじゃ心霊現象があったことすら疑わしいけど」

 傍目から見たら、高瀬さんが何かを話して手を動かしていただけだ。それでは心霊現象が起こったと言っても、多くの人には信じてもらえないだろう。

「だって仕方ないじゃん。あたし物理霊媒じゃないんだもん」

「まあいいわ」

 そこで津島さんの顔から笑みが消えた。

「ねえ高瀬さん。私はできる限りのことはしたと思うの。真美ちゃんが言うことに対して、私なりに向き合ってみたわ。その結果で言う。真美ちゃんは霊能者だって信じることにする。これは逃げたことになるかしら?」

 高瀬さんは微笑みながら首を横に振った。

「そんなことないよ。確かに根拠が足りないと思うけど、でも津島さんが真剣に悩んで、それでどうしたらいいかって頑張って考えた結果なら、それは逃げじゃないよ」

「そう言われたら、少し気が楽になったわ。ありがとう」

 それから津島さんは僕の方を向いた。

「堤君。私は結局、どうして真美ちゃんがあんな嘘をついたのか、真美ちゃんがどんな現実を作りたいのかまでは分からなかったわ。だからこそ真美ちゃんとしっかり話し合ってみる。もしかしたらあの子から話してくれるようになるかもしれないわ」

 自力で真実を導くことができなかった以上、そうするしかない。真摯に接したら、八坂さんもきっと正直に話してくれるだろう。

「それでいいと思う。僕も応援するから」

「ありがとう。頑張ってみるわね」

 そして津島さんの視線は中島さんへと移った。

「なっちゃん。明日、真美ちゃんと話しましょう。それで全部終わらせましょう」

「はい。そうですね、祥ちゃん」

 残るは八坂さんだ。今まで散々手こずった相手だが、津島さんと中島さんの晴やかな表情を見ていると、何も心配はなくなった。

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