第2話 みんなで学校に行こう
「あら、おはよう。どうしたの?こんなに朝早く。」
朝、真斗の母親がお弁当の用意をしているとパジャマ姿のリリアスが台所に入ってくる。
「おはようございます。私も地上の料理ってのをやってみようと思いまして。」
「それは関心ね。あなたの分まで含めると今日からお弁当三つ作らないといけないから手伝って貰ったら助かるわ。」
「良かった。」
にこりと微笑んで、リリアスがテーブルの前までやって来る。
「一つだけ小さいんですね。」
お弁当箱におかずを詰めているとリリアスが不思議そうに尋ねてくる。
「ああ、この小さいのが真斗のお弁当箱よ。残り二つがあなたたちね。」
「へ~、ダーリンって小食なんですね。」
「あなたたちが多いのよ。まあ、わからなくはないけど。」
そう言って笑う。
「では、まず何をお手伝いしましょう?」
「パジャマが汚れちゃうといけないからエプロン付けて。」
洗いたてのエプロンを出してリリアスに着せる。娘が増えたみたいでなんだか嬉しい。
「じゃあ、たまご焼き作ってみて貰おうかしら。」
「たまご焼き?」
「ええ、そうよ。卵は私が割ってあげる。」
冷蔵庫から卵を5個取り出してボールの中に割り入れる。そして、そこにお塩を小さじ1杯加える。
「じゃあ、それをお箸でかき混ぜて。」
「はい。」
リリアスが慣れない手つきでボールに入った卵をかき混ぜる。
「これでいいですか?」
「混ざった?じゃあ、それを少しずつフライパンの上に広げて、表面が固まる前に巻いていくの。最初は難しいからお手本見せてあげるわね。」
フライパンの上にたまごを薄く広げて巻いていく。
「へ~上手ですね。」
リリアスが関心しながら見ている。
「もう、何回やったかわからないくらいだからね。じゃあ、続きやってみて。」
「はい。」
リリアスがフライパンにたまごを広げて、たまご焼きを重ねていく。
「あ~、じょうずじょうず。センスあるわね。」
「手先は器用な方なんですよ。」
「じゃあ、その調子で全部巻いちゃて。」
「はい。」
リリアスが続けてたまご焼きを焼いていく。本当に初めてとは思えないくらい上手だ。
「全部終わりましたよ。」
別の作業をしているとリリアスが声をかけて来たのでフライパンの中を覗く。
「へ~、ほんとにうまく巻けてるわね。じゃあ、最後にもう少し火にかけて軽く表面を焼いたら終わりよ。」
リリアスがフライパンを持って加減を見ている
「出来ました。」
「あ~、いい感じね。じゃあ、今度は朝食のお味噌汁に味付けして貰おうかな。あ、お味噌はこれね。」
冷蔵庫からお味噌を取り出す。
「そのお味噌をこのお玉に少し取ってそのお鍋の中で溶かしながら味を見て?」
「このくらいですか?」
「とりあえずそんなもんかな。」
リリアスがお玉の中のお味噌を鍋の中に溶かしていくのを横目で見ながら、切ったたまご焼きをお弁当箱に詰めていく。
「こんなものでしょうか?」
リリアスが味噌汁を小皿に装って差し出す。
「どれ?あ~、いいんじゃない?」
味見をして、そう答えるとリリアスがホッとした表情を見せる。
ふと台所の時計を見るともうすぐ朝食の時間だ。
「もうすぐ朝食の時間だから制服に着替えてらっしゃい。」
「はい。」
リリアスが二階に上がって行く。
「これはラフィちゃん、強力なライバル出現ね。おっと、それより早く朝食の準備しなきゃ。」
***
「う~ん、これでいいのなぁ?」
リリアスが鏡を眺めながら着替えをしている。
「地上の服って着るものが多くて面倒よね。このブラってのも窮屈だし。」
背中を鏡の方に向けて背中に手を回す。
「あ、あれ?何なのよ、これぇ。以外に難しいじゃないのよ。それにだいたいこの鏡が小さすぎるのよ。」
タンスの上に置いてある小さい鏡を覗き込みながら背中のホックを留めようとするが、どうしても上手くいかない。
「仕方ない。ダーリンに留めて貰いましょう。」
上半身裸のまま真斗の部屋に向かう。
***
「おい、ラフィ、いい加減で起きろよ。」
「もうちょっと寝かせてください。」
「ラフィが起きてくれないと僕も着替えできないだろ。」
「ここで布団かぶってますから勝手に着替えてください。」
「まったく。。。。」
このままだといつになっても着替えが出来そうにないので諦めてパジャマの上を脱ぐ。
バン!!
その時勢いよくドアが開いてリリアスが飛び込んで来る。
「ダーリン、後ろ留めて下さい。」
「お、お前、そんな格好で。。。。それにノックくらいしろよ。」
突然現れた上半身裸の美少女にどきりとする。ブラを胸に当てて手で押さえているので素っ裸というわけではないが、青春真っ盛りの真斗には強烈な刺激だ。
「およ、今結構ビビッっと来たわよ。」
リリアスが自分のラピスを覗き込んでいる。
「リリィ!!」
「ちょ、ちょ、ちょっと何よ、ラフィ。」
ラフィエスがベッドから飛び降りたと思うとリリアスを廊下まで追い出す。
「何よじゃありません、なんですか!そのはしたない格好は。」
「何ってダーリンにホックを留めて貰おうと思っただけじゃないのよ。」
「そんなの私が留めてあげます。ほら、むこう向いて下さい。」
ラフィエスがリリアスのブラのヒモを引っ張る。
「あいたっ!今、背中引っ掻いたわよ。もうちょっと優しくしなさいよ。」
「うるさいです。」
・・・・・・・・・
「ほら、出来ましたよ。」
「わかったわよ。」
ドアの向こうから二人の声が聞こえてくる。
「はぁ~。」
思わずため息が出てくる。
リリアスが積極的にアプローチして来るのはいいが、おかげでラフィエスがヒステリー気味だ。
自分がはっきり断ればいいのかも知れないが、リリアスのラピスにエネルギーが貯まらない限りは彼女も帰れない。帰れないって事はいつまでもここに居るって事になる。
これはこれでややこしい。
とにかく学校に行かなければならない事には変わりないので制服に着替える。
今日からはリリアスが一緒になので更にややこしい事になると思われる。
「早くご飯食べないと遅れるわよ~。」
母親が呼ぶ声が聞こえてくる。
すると奥の部屋からドタバタと二人が一階に下りて行く音が聞こえて来たので自分も一階に降りていく。
***
「はい、ラフィちゃん。ご飯どうぞ。」
「ありがとうございます。」
「はい、リリィちゃんもどうぞ。」
「あ、どうもです。」
母親が二人に山盛りのご飯を装って渡す。
「真斗もね。」
「うん。」
目の前に制服姿のリリアスが座っている。今はもう冬服だ。
改めて制服を着た彼女を眺める。ラフィエスとはタイプが違うがやはり彼女も可愛い。ふと目が合うと彼女がにこりと笑う。
「真斗さん。何やってるんですか!」
「いや、悪い。」
リリアスの方をじっと見ているとラフィエスに怒られる。
「リリィ、席替わって下さい。」
「何よ、面倒くさい。」
今度はラフィエスが前に座る。もちろん彼女も変わらず可愛い。
「はい、ダーリン。あ~ん。」
今度はリリアスが横からたまご焼きを口元まで持って来る。
「こら、リリィ、何やってるんですか!」
「何って、ダーリンにあ~んしてるだけよ。」
「あ~んは禁止です。」
「私が初めて作ったたまご焼きをダーリンに食べて貰うののどこが悪いのよ。」
「え?このたまご焼きリリィが作ったのか?」
「はい、私の初めてですよ。」
リリアスが満面の笑みを浮かべてこちらを見る。
「リリィ、いつの間に抜けがけを。。。。」
「ラフィが遅くまで寝てるからでしょ。ダーリン、このお味噌汁も私が味付けしたんですよ。早く飲んでみて下さい。」
「あ、ああ。」
とりあえず先に味噌汁をすすってみる。ラフィエスもムッとした顔をしながらお椀に口を浸けている。
「どうですか?」
リリアスが尋ねてくる。
「ああ、美味しいと思うけど。」
「確かに美味しいですけど、お味噌汁の味付けなんかお味噌入れるだけです。」
「じゃあ、次はこのたまご焼きを食べてみてご覧なさいよ。」
「わかったです。」
ラフィエスがぶすっとした顔でたまご焼きに箸を伸ばしているので自分もたまご焼きを取る。
断面を見てみると、とても初めて作ったとは思えないくらい綺麗に層を成している。
歯で噛んでみると、焼き過ぎて固くもなってもおらず、かと言って中がドロッとしているわけでもなく、火の通り具合も完璧だ。
「これ、ほんとに初めて作ったのか?」
「ええ、そうよ。」
「ほんとに上手に焼けてるでしょ。母さんもびっくりしたのよ。」
母親が褒めている様に非の打ち所がない。
「これで料理もラフィに負けてないわよ。」
「ぐぬぬぬ。」
ラフィエスも言い返す術がなく、歯ぎしりしている。
「ほらほら、自慢もいいけど早く食べないと学校遅れるわよ。リリィちゃん、今日は早めに行かないとダメなんでしょ。」
「そうよ。ラフィなんかに構ってる時間なかったのよ。ダーリン、学校まで案内して下さいね。」
「あ、ああ。」
「なんかってどういう意味ですか!」
「なんかってのはなんかよ。早く食べないと時間なくなるわよ。」
そう言われたラフィエスが黙って口にご飯を放り込んでいく。
***
「ラフィ、ぐずぐずしてたら置いてくわよ。」
「あ、リリィ、待ちなさいよ。」
二人が先に玄関を飛び出して行く。
「まったく。。。。」
「真斗、ちょっといい?」
玄関で靴を履いて玄関のドアを開けようとすると母親に呼び止められる。
「なに?母さん。」
「何って、真斗はどうするつもりなの?」
「何が?」
「もう、リリアスちゃんの事よ。今のままじゃラフィエスちゃんがかわいそうでしょ。」
「わかってるけど、リリアスが。。。」
「真斗が態度をちゃんとしないからでしょ。」
「それはそうだけど。」
そう、自分もラフィエスには悪いと思っている。しかし、これが男の性と言うのだろうか。甘えられるとどうしてもその瞬間ブレてしまう。相手が美少女なのだからなおさらだ。
「とにかく行ってくるよ。」
「行ってらっしゃい。」
玄関を出ると外で二人が待っていた。
「ダーリン、何をしてたのよ?」
リリアスが尋ねてくる。
「あ、いや、別に。。。。それより、そのダーリンって呼ぶの学校では絶対に止めてくれよな。」
「どうしてよ。」
「いや、だって二人の関係を誤解されるだろ。」
「私は別に構わないわよ。」
「いや、僕が困るんだよ。」
「私だって困ります。」
「ダーリンが困る必要ないでしょ?」
「だって、学校では僕とラフィが恋人同士だって事になってるのに、いきなりお前が僕の事をダーリンなんて呼んだら僕の立場がなくなるだろ。」
「じゃあ、実は私が許嫁でしたって事にしちゃえばいいのよ。」
「勘弁してくれ。それに僕はラフィの事が好きなんだからな。」
このままあやふやにしておくのはさすがにマズいと思うので、はっきり言っておく。
「真斗さん。」
ラフィエスが少し嬉しそうな表情でこちらを見る。
「じゃあ、私は帰れなくていいのね。ダーリンが一生私の面倒を見てくれるのよね。」
「いや、そういう訳じゃ。。。。」
「そうよ、私はこの地上で誰にも助けて貰えず、寂しく一人で暮らしていくのよ。」
「おい、こらちょっと待て。」
「何よ、ダーリンは私の事嫌いなんでしょ!」
「誰もそんな事言ってないだろ。学校でダーリンって呼ぶのは止めてくれって言ってるだけだろ!」
「とにかく、学校では真斗さんって呼べばいいんですよね。」
「ああ、頼んだぞ。」
そんなやり取りをしている間に学校に着く。
「へ~、ここがラフィが通ってる学校なんだ。」
校舎を見上げながらリリアスがつぶやく。
「ええ、そうです。」
「そう言えばリリィはどこのクラスなんだ?」
「もちろんダーリンと一緒に決まってますよ。」
「それもやっぱりエージェントとやらの仕業なのか?」
「そうよ。」
「あ、そう。」
やはりこうなる様に仕組まれているのだ。
廊下を歩いていくとすれ違う生徒みんなが振り返っていく。リリアスも興味深そうに辺りを見回している。
一方のラフィエスは周りに目もくれずに歩いている。そして、階段の前まで来るとこちらを向く。
「真斗さんは先に教室に行ってて下さい。リリィは私が職員室に案内します。」
真斗のクラスは二階だが職員室は一階にある。
「ああ、わかった。」
断われそうな雰囲気ではないので、そう返事をする。
「こっちです、リリィ。」
ラフィエスがリリアスの腕を引っ張って職員室に向かって歩き始める。
「もう、何よラフィ。」
「早く来て下さい。私が案内します。」
「わかったわよ。」
リリアスが仕方なさそうにラフィエスに付いていく。
***
「はぁ~。」
自分の席に座って思わずため息をつく。この状況は非常に疲れる。
しばらくしてラフィエスが教室に入って来た。
「リリアスは?」
「先生に預けて来ましたよ。リリアスにはキツく言っておきましたから真斗さんもお願いしますね。」
「わかってるよ。」
「おい、真斗。さっき一緒にいた赤い髪の女の子は誰だよ。」
さっそく、幼なじみの橘啓太がやってくる。
「ああ、ラフィの従姉のリリアスだよ。」
「あ、ああ、そうです。」
突然従姉って事にされたのでラフィエスが少し戸惑いながら返事をする。
「ラフィエスちゃんの従姉って事はやっぱりお前の親戚って事だよな?」
「まあ、必然的にそういう事になるな。」
「最近になって急に外国の親戚が増えて来たな。」
「ああ、そうだな。」
何か突っ込んで来られないか心配だったが、チャイムがなったので啓太が急いで自分の席に戻る。
担任の先生が教室に入ってくる。
「あー、今日はみんなに新しいお友達を紹介する。ほら、入って来なさい。」
先生に呼ばれたリリアスががさっそうと教室に入って来る。そして、彼女が教壇に上がって先生の横に立つ。
再び現れた外国人風の美少女に教室の中がざわめく。
「こら、みんな静かにしろ。名前は加神リリアスさんだ。名前の通り彼女も加神の外国の親戚らしいから、みんな親切にしてやってくれ。じゃあ、簡単に自己紹介して貰えるかな。」
「はいっ!」
みんなの視線が彼女に集中する。
「初めまして、加神リリアスです。真斗さんの許嫁ですのでよろしくお願いします。」
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?」
「はぁあああああああああああああああああああああああ?」
思わずラフィエスと一緒にハモってしまう。
教室の中が大きくどよめくと同時に全員の視線がこちらに集中する。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、あいつの戯言だから。」
「こら、リリィ!何を勝手な事言ってるんですか!」
「だって真斗さんには私の初めてを差し上げましたよ。」
「な、それを言うなら私だって差し上げました。」
「お、おい、ちょっと待て。。。」
二人が料理の事を言っているのは間違いないのだが、間違いなく周りは勘違いしているのだろう。教室の中がさらに騒然としている。自分を見るクラスメートの目が氷の様に冷たい。
「こら、みんな静かにしろ。」
先生がそう言っても、騒ぎは一向に収まらない。
パンパン
先生が手を叩くとようやく静かになる。
「とにかくリリアスさんの席はラフィエスさんの隣でいいかな?」
「先生、私は真斗さんの隣がいいです。」
「そ、そうか?じゃあ、ラフィエスさんの反対側にしようか。」
「はい。」
結局、リリアスが真斗の左側の席になる。そして右側がラフィエスだ。両手に花と言えばそうなのだが、花と花の間に火花が飛んでいて下手をすると火傷しそうで怖い。
「加神、後でちょっと職員室に来い!」
そう言って先生が教室から出ていく。
「はぁ~」
思わずため息が出る。
「ちょっと真斗!どういう事か説明してくれる?」
早速、恐い顔をした桜井美樹を含めた女子に囲まれる。
「だから、こいつの戯言だって言ってるだろ。」
「ダーリン、こいつだなんてよそよそしい呼び方じゃなくてリリィって呼んで下さいよ。」
「あ~もう、ややこしくなるからお前はしゃべるなよ。それに、ダーリンって呼ぶなって言っただろ。」
「ふーん、でもずいぶん仲が良さそうじゃない。」
桜井が蔑む様な目でこちらを見る。
「そこのあんた。ダーリンをいじめたら許さないわよ。」
「それより、あんたほんとにこいつの許嫁なの?」
「そうよ、私がそう決めたもの」
「はぁ?あんたが決めたんなら許嫁じゃないでしょ。そもそも許嫁ってのは親が決めた場合を言うんだから。」
「そんなのどうだっていいじゃないのよ。」
「そうはいかないわよ。」
「なんであんたがそんな事にこだわる必要があるのよ。あんたには関係ないでしょ?」
「だって私と真斗は幼なじみだから。。。。」
「それで?」
「それで?って、それにラフィちゃんがかわいそうだから。。。」
珍しく桜井の歯切れが悪い。
「あ、もしかして。。。。。」
リリアスが何かに気付いた様な口ぶりで桜井の顔を見てニヤリとする。
「な、なによ。とにかく私は認めないからね。」
それだけ言って桜井が向こうに行ってしまう。
「ははぁ~ん。」
リリアスが何かわかったという様な顔でうなずく。
「どうしたんだ?」
「何でもないわよ。」
リリアスがニヤニヤしながらこちらを見る。
授業が始まってみると勉強面でもリリアスは優秀だった。後で聞いてみると、小さい頃から家庭教師が付いて地上の事も習っていたらしい。
しかし、休み時間毎にこちらに絡んで来てはラフィエスと揉めていた。そしてそれを見ながら男子連中が自分に冷たい視線を投げかけてくる。
そしてお昼休みがやってくる。
「ダーリン、一緒にお弁当食べましょうよ。」
リリアスが机を隣にくっつけて来る。
「あ、リリィ、卑怯です。」
ラフィエスが椅子を前に持って来て座る。
再び周りの他の男子から冷たい目で見られる。
さすがにこれでは落ち着いて食べらないのでお弁当箱を持って席を立つ。
「真斗さん、どこ行かれるんですか?」
「ダーリン、どこ行くのよ。」
「さぁな。」
二人もお弁当箱を持って追いかけてくる。
さて、立ち上がったのはいいが行く場所がない。どこに行っても二人が付いて来るに決まっているし、どこに行っても誰かに見られる。
屋上という手があるが、普段は屋上に上がるのを禁止されているので、屋上のドアは鍵が掛かっているのを知っている。
「おい、ラフィ、どっか三人だけになれる場所知らないか?」
「ダーリン、三人だけなんか言わずに二人だけでもいいですよ。」
「リリィには聞いてないだろ。」
「屋上なんかどうですか?」
ラフィエスが答える。
「あそこのドアは普段は鍵掛かってるだろ?」
「魔法使えば大丈夫ですよ。」
「ああ。」
そう言えば二人とも普通の女子ではなかった。
屋上に続く階段を誰かに見られない様に注意しながらこっそり上がりドアの前まで来る。
「これからどうするんだ?」
「私の雷魔法で鍵を破壊します。ドカーンって。」
「そんな事したら先生が飛んでくるだろ。」
「私が鍵を開けてあげるわよ。」
リリアスが前に割り込んでくる。
「魔法で開けるのか?」
「違うわよ。」
そう言ってリリアスがどこからか針金を取り出す。
「う~ん、この辺かなぁ。」
リリアスが針金を鍵穴に挿し込んで何やらゴソゴソやっている。
ガチャ
鍵が開く音がする。
「どこでそんな事覚えたんだよ。」
「お屋敷から抜け出すのによくやったのよ。その度に鍵を交換されてたから今なら大概の鍵を開けられるわよ。」
「それでいつも針金を持ち歩いてるのか?」
「そうよ。」
てっきり魔法を使うのかと思っていたが違った。とにかくドアを開けて屋上に出る。
屋上は誰もいないし、開放感があって気持ちいい。このまま放課後までここにいたい気分だ。
「あ~、気持ちいいな。」
「お腹空きましたから早く食べましょう。」
屋上の空気を満喫しているとラフィエスに急かされる。
「そうだな、だいぶん時間も食っちゃったしな。」
母親が作ってくれたお弁当箱をみんなで広げる。
「ダーリン、あ~ん。」
いきなり横からリリアスがあ~んをしてくる。
「リリィ、いらないんなら私が食べてあげます。」
「誰がラフィにあげるって言ったのよ。」
「僕はいいから自分で食べろよ。」
全然落ち着いて食べられない。それでも昼休みの残り時間がかなり短くなっているので急いで食べなければならない。
「あ、ダーリン、ほっぺにご飯粒が付いてますよぉ。」
突然、リリアスが真斗の顔を覗き込みながら甘えた声を出す。
「え?どこだ?」
「ここですよ、ここ。動かないで下さいよ。」
リリアスが手を真斗の頬に持ってくる。そして、ご飯粒をつまんで自分の口に放り込む。
「あ~、もう。いい加減にしてください。」
それを見ていたラフィエスが切れ気味に怒る。
「わかったわよ。そんなに怒らなくてもいいじゃないのよ。」
こんなやり取りが午後も続く。
***
「はあ~。」
学校から帰って制服のままリビングのソファーにもたれかかる。二人は部屋に着替えに上がった様だ。
「今日はえらくお疲れみたいね。」
リビングで洗濯物をたたんでいた母親が声をかけてくる。
「まぁね。」
「聞かなくてもだいたい想像は出来るけどね。」
そう言いながら母親が笑っている。
「ねえ、母さん。」
「なに?」
「いや、洗濯とか魔法でやっちゃった方が楽なんじゃないのかと思って。」
「それはまぁそうだけど、手間をかけるってのも悪くないのよ。こうやって一つ一つ洗濯物をたたみながら真斗も大きくなったなあ?なんて考えたりしてね。」
「そうなんだ。」
「まあ、こっそり魔法使ってる時もあるんだけどね。あ、これは父さんには内緒ね。」
そう言って母親が笑う。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴る。
「あら、誰か来たみたい。真斗出てくれる?」
「あ、うん。」
まさか桜井じゃないだろうなと思いながら恐る恐る玄関のドアを開ける。すると作業着を着た男が立っていた。
「えっと、何か。。。。」
「こちら加神さんのお宅ですよね。」
「ええ、そうですけど。」
「リリアスさんもこちらでよろしいですか?」
「え?まぁ。。。それが何か。」
突然リリアスの名前が出てきて驚く。
「リリアスさんにお荷物をお届けに参ったんですが。。。。」
「荷物?」
「はい。」
そう言って男が後ろのトラックを指差す。
大きなトラックの荷台にはいろいろな家具が積まれている様だ。
「あ~、やっと来たのね。」
リリアスが二階から降りてくる。
「おい、これはいったい何だよ。。。」
「これからしばらくここで生活するのに必要な物よ。」
「こんなに?」
「ええ、そうよ。あ、さっさと運び込んでくれる?二階なのよ。」
「はい、わかりました。」
男が車の中にいた別の男と一緒に荷物を降ろし始める。
「おい、あれだけの荷物をどこに運び込むつもりだよ。」
「もちろん、ラフィの部屋に決まってるでしょ。あの部屋何もないでしょ。」
「それはそうだけど。」
「どうしたの?」
「どうしたんですか?」
ただならぬ物音に母親とラフィエスが玄関まで出てくる。
「それが母さん、あれリリアスの荷物だって。」
「あらあら、あんなに入るかしら。」
「そんな呑気な。」
「別にラフィちゃんがいいんなら問題ないんじゃない?」
「ラフィはどうなんだ?」
「あんなに入れたら私の部屋が狭くなっちゃうから困ります。」
ラフィエスが渋い顔をしながら男たちの作業を見ている。
しかし、男がマットレスを出してくるのを見てラフィエスの顔色が変わる。
「リ、リリィ。も、も、もしかして、あ、あ、あれって、ベ、ベ、ベッドですか?」
ラフィエスの声が上ずっている。
「ええ、そうよ。地上で最高級のやつよ。寝てみたかったら寝てみてもいいわよ。」
「私は全然問題ありません。」
鼻息の荒い彼女が快く承諾する。
「じゃあ、そう言う事で決まりね。さあ、早く全部運び込んでね。」
「はい。」
男たちがトラックに積んでいた荷物を手際よく部屋に運び込んでいく。
***
「しかし、急に豪華な部屋になったな。」
荷物が運び込まれたラフィエスの部屋を見てつぶやく。
先ほど見たベッドの他に、鏡台やタンス、机などがところ狭しと並んでいる。
なんだか物置き部屋だった時より窮屈になった気がする。
「最高級品ばかりよ。」
「お金はどうなるんだ?まさか後からウチに請求が来るって事ないだろうな。」
「大丈夫よ。私の家から業者に天界の銀行を通じて振り込んで貰うはずだからね。」
「天界にも銀行ってあるのか?」
「ええ、とにかくお金の心配はいらないわよ。」
「そ、そうか。。。」
ラフィエスが言うようにリリアスの家はかなりのお金持ちの様だ。
「ねえ、リリィ、ベッドに寝ていい?」
「いいわよ。」
リリアスの返事を聞くか聞かないかのタイミングでラフィエスがベッドに寝転がる。
「あ~やっぱり最高級ベッドは寝心地が違います。」
「そんなに違うのか?」
「ええ、今日から私はこのベッドで寝ますね。」
「ちょっと待ちなさいよ。なんでラフィがこのベッドで寝ることになってるのよ。これは私用のベッドに決まってるでしょ。」
慌ててリリアスがラフィエスの発言を否定する。
「え~。だって、ここは私の部屋ですよ。リリィが私の為に用意してくれたんじゃないんですか?」
「何で私がわざわざあんたの為にベッドを用意してあげなきゃいけないのよ。あ、でも、私が真斗さんと一緒に寝てもいいって言うのならいいわよ。」
「うう、それはダメです。」
「じゃあ、今日一日だけ貸してあげるわよ。その代わり今日私はダーリンのベッドで寝かして貰うけどね。」
「う。。。。。。」
ラフィエスがベッドと自分の顔を見較べながら考えている。どちらが得か天秤にかけている様だ。
「真斗さんに手を出さないって約束出来ますか?」
「そりゃあもちろん約束するわよ。」
「じゃあ、今日は私がここで寝ます。」
どうも彼女にとっては自分よりベッドの方が重要の様だ。
「じゃあ、それで決まりね。」
とにかくそう言う話で決まった様だ。
***
コンコン
夜寝る時間になると誰かがドアをノックする。
ドアを開けてみるとパジャマ姿のリリアスが立っていた。
しかし、その後ろにラフィエスの姿もある。
「ダーリン、今日は私がお邪魔しますね。」
「あ、ああ。」
リリアスに続いてラフィエスも部屋に入ってくる。
「何よラフィ、うっとうしい。もういいでしょ。」
「いえ、ちゃんと二人が別々の布団に入るのを確認させて貰います。」
「もう、疑い深いのよね。」
「じゃあ、リリィ、ベッドに寝てください。」
「はいはい。」
リリアスがベッドの上で横になる。
「では、結界をかけさせて貰います。」
「お好きにどうぞ。」
リリアスは諦め顔だ。
ラフィエスが何か呪文を唱える。
「これで良しと。では、次、真斗さんも布団に入って下さい。」
「ああ、わかったよ。」
自分も布団に入る。なんだか母親に寝るように言われている子供の様な気分だ。
「電気消しますよ。」
「ああ。」
「じゃあ、おやすみなさい。」
電気を消してラフィエスが真斗の部屋から出ていく。
バタン
奥の部屋のドアが閉まる音が聞こえてしばらくするとリリアスが体を起こす。
「ラフィったら、疑い深いのよね。でも、こんな結界すぐ解けるのよ。」
リリアスが何かを唱えると『パシン』という小さい音が聞こえてくる。
「まったく。。。人が掛けた結界の中なんかで窮屈で寝られるわけないでしょ。」
そう言うリリアスの声が聞こえてくる。
「ダーリン、起きてますか?」
「あ?ああ。」
「こっちで一緒に寝ませんか?」
「は?いや、それは。。。。。」
「ラフィはネンネだからつまらないでしょ?」
「いや、別に。。。。」
「じゃあ、私がそっち行きますよ。」
彼女がベッドから降りて近寄ってくる。
そして掛け布団の裾を持ち上げる。
「お、おい。」
バタン!
ダダダダダダダダダダダダダダ
奥の部屋のドアが開いてラフィエスが走ってくる音が聞こえてくる。
バン!!
部屋のドアが勢いよく開く。
その時、既にリリアスはベッドの上に戻っている。
「リリィ、結界外しましたね。」
「寝るのに邪魔だから外しただけよ。そもそも結界の中なんかで寝られるわけないでしょ。それより監視してるなんて卑怯じゃないのよ?」
「リリィが真斗さんに手を出すかも知れないからです。」
「そんな事するわけないでしょ。」
「とりあえず、今度は真斗さんの周りに結界を掛けておきます。真斗さん、これは強力なやつですから気をつけて下さいね。」
「お、おい。」
ラフィエスが何か呪文を唱えて部屋から出ていく。
自分の布団の周りにうっすらと電気のカーテンの様な物が見える。
「ふぅ。まったく、ラフィったら疑り深いんだから。」
リリアスがさっきしようとしていた事を棚に上げながら安堵の声をあげる。
「それよりダーリン、それに触れたら危ないわよ。」
「はぁ~。これは解除出来ないのか?」
リリアスに尋ねる。
「出来なくはないけど、解除したらまたラフィが飛んで来るわよ。」
「わかった、気をつけるよ。じゃあ、おやすみ。」
「おやすみ、ダーリン。」
「ああ。」
しばらくするとリリアスの寝息が聞こえてくる。彼女の表情からは伺えなかったが、慣れない地上できっと疲れているのだろう。
そんな事を考えているうちに真斗も眠りにつく。
***
ピピピピピッ、ピピピピピッ、ピピピピピッ
目覚まし時計の音で目を覚ます。
結局、結界が気になってまともに眠れなかった。
しかし、起きようとして大きな問題に気づく。結界があるので、布団の上から動けないのだ。ラフィエスが起きて来るのを期待するのは時間の無駄だろう。携帯があれば母親に電話する事も出来るのだが、残念ながら携帯電話は机の上だ。
ベッドの方を見るとパジャマ姿のリリアスが見える。ここで頼りになるのは彼女しかいない。
「おい、起きろ、リリィ。」
彼女に声を掛けてみるが起きる気配がない。
「おい!!リリィ!!」
もう一度大きな声で呼んでみるが結果は同じだ。こうなったら別の方法を考えるしかない。
おそるおそる結界に手を近付けてみる。
バチィ!
「うわっ!」
指の先に電流が流れた様な感触に思わず手を引っ込める。
「まったく。。。。僕を殺す気かよ。」
しかし、さっき結構大きな声をあげたのにリリアスが起きる気配はない。
その時、枕元に目覚まし時計があるのに気づく。
結界も頭より上くらいの所からは開いている様なので、その上から投げるのはなんとか可能だ。
目覚まし時計を持ってリリアスに狙いをつける。
「えいっ。」
目覚まし時計がリリアスをめがけて飛んで行く。我ながら抜群のコントロールだと関心する。
ガン
リリアスの額を直撃する。
「いったーい!もう、なによ。」
リリアスが目を覚ました様だ。
「おい、リリィ。」
もう一度声をかける。
「ダーリンひどいですよ。朝からいきなりDVですか?」
「いや、ちょっとこの結界を何とかしてくれ。」
「ああ、それね。」
目をこすりながらリリアスが何かを唱える。すると目の前にあった光のカーテンの様な物が消える。
「ふう、サンキュー。」
安心して布団の上から出る。
リリアスが結界を解除したものの、ラフィエスが起きてくる気配は全くない。
「じゃあ、リリィ。今度はラフィ起こして来てくれ。」
「それより私の顔に傷を付けておいて謝りも無しですか?」
リリアスが額を押さえながらこちらを向く。見ると彼女の額が少し赤くなっている。
「ゴメン。いくら呼んでも起きないから仕方なく。」
「じゃあ、お詫びにここにキスして下さいよ。」
「キスぅ?」
「このまま私の顔に傷でも残ったら責任取って貰うわよ。」
「わかったよ。」
そう言うとリリアスが目を閉じる。
パジャマ姿の彼女を目の前にして心臓の鼓動が早くなっていく。
「じゃあ、行くぞ。」
彼女の額の赤くなっている場所に軽くキスをする。
「ほら、これでいいか?」
「オーケーよ。おかげでラピスにエネルギーも貰えたから、これで帳消しね。」
そう言ってリリアスが指輪を見せる。
***
「リリィ、おでこ赤くなってるけど、壁にでもぶつけたの?」
ラフィエスが朝ご飯を食べながらリリアスに尋ねたのでドキリとする。
「え?ダーリンのキスマーク残っちゃてる?」
リリアスがサラリととんでもない事をのたまう。
「真斗さん!どういう事ですか?説明してください。」
「いや、ちょっと落ち着けラフィ。」
「これでどうやって落ち着いたらいいんですか。」
「とにかく、ちゃんと説明するから聞けよ。」
「ええ、きっちり説明いただけるのなら待ってもいいです。」
ラフィエスが恐い顔をしてこちらを見る。
「いいか?昨日の夜、ラフィが僕の布団の周りに結界を掛けただろ。」
「はい、確かに。」
「だから朝起きて結界から出るにはリリアスを起こすしかなかったんだよ。だけど、呼んでもリリィは起きないし、ラフィも起きて来ないから仕方なくリリィに目覚まし時計を投げたんだよ。それがリリィのおでこに当たったから赤くなってるだけだよ。」
「じゃあ、キスマークってのは?」
「嘘だよ。」
「リリィ、本当ですか?」
「本当よ。でも、ダーリンがここにキスしてくださったのも事実よ。」
リリアスが自分の額を指差す。
「それはリリィが脅迫したからだろ!」
「じゃあ、キスしたってのは本当なんですね。」
「ああ、まぁ。。。。仕方なく。。。。」
「ほらほら、話は後にして、早く食べ無いと学校遅れるわよ。」
母親が救いの手を差し伸べてくれる。
ラフィエスは納得いかない顔をしてたが、とにかく食べる方に戻ってくれた様だ。
***
「リリアスさん、どうしたんですか?そのおでこ。」
クラスメートの女子がリリアスの顔を見て尋ねる。
「それが真斗さんのDVが酷くて困っているんですよ。今朝なんか目覚まし時計をぶつけられてこの有様です。」
「おい、こら!誰がDVだよ。目覚ましぶつけたのは事実だけど、それは仕方なくだろ。」
「どんな理由があっても女の子の顔に物をぶつけるなんて最低!」
周りにいる女子からクレームが上がる。
だんだん学校の中での自分の立ち位置が危なくなっていく。
残念ながらこの件に関してはラフィエスも助けてくれそうもなく知らんぷりをしている。
「おい、真斗。」
幼なじみの橘啓太がやってくる。
「なんだよ。」
「ちょっといいか?。」
「ああ。」
啓太が親指を廊下の方に向けたので席を立つ。
「真斗さん、どこに行かれるんですか?」
リリアスに声を掛けられる。ラフィエスは相変わらず向こうを向いたままだ。
「トイレだよ、トイレ。」
リリアスにそう答えて啓太と一緒に廊下に出る。
「なんだよ、いったい。」
廊下を歩きながら啓太に尋ねる。
「なんだよってお前こそなんなんだよ。」
「なにが。」
「なにがって、ラフィエスちゃんとリリアスちゃんの事に決まってるだろ。」
それを言われると返す言葉がない。
「言っとくけどあれはリリアスが勝手に言ってるだけだからな。」
「そうだよな、お前にそんな甲斐性があるわけないもんな。」
「失礼だな。まあ、いいけど。」
「でも、お前はいいよなぁ?、あんな美少女二人と一緒に暮らせるなんて。」
「これはこれで大変なんだけど。」
「それは贅沢な悩みってやつだろ。」
確かにその通りかも知れない。棚からぼた餅ならぬ空から天使ってやつだ。
「で、そこで相談なんだけど。」
「相談?」
「ああ、実は妹に彼女がいるって言っちゃっててさ、会わせろってうるさいんだよ。」
「実は嘘でしたって言えばいいだろ。」
「兄としてそんな恥ずかしい真似出来るかよ。」
「そんなもんなのか?」
「ああ。」
妹のいない真斗には理解出来ない。
「じゃあ、桜井に頼んでみたら?」
「『バーカ』って一蹴されたよ。だから今週の日曜日、一緒にダブルデートして欲しいんだよ。」
「そんなの僕だけで決められるわけないだろ。」
「そんなのわかってるよ。別に形だけでいいし、お金も僕が持つからさ。」
「妹さんを騙すのって悪くないか?」
「騙すんじゃなくて安心させるだけだよ。」
「とりあえず教室に戻ったら二人に聞いてみるよ。」
「サンキュー、恩にきるよ。」
教室に入ると啓太は自分の席に戻る。そこで、自分も席に戻って二人に声をかける。
「なんですか?真斗さん。」
「どうしたのよ、ダーリン。」
「いや、実は橘が映画のチケット持ってるらしくってさ、今週の日曜日に4人で見に行かないかって誘ってくれてるんだけど。」
「映画ですか?」
「ああ。」
「私は地上の映画ってのも見てみたいからいいわよ。」
「じゃあ、私も行きます。」
リリアスが行くのならとラフィエスも同意する。
「でも、ひとつだけ条件があるんだけど。」
「条件ですか?」
二人が顔を見合わせる。
「ああ、男二人に女二人だから、その日だけはどちらかが橘の彼女の真似をして欲しいんだよ。」
「私は嫌です。」
「真似をするだけなら私はいいわよ。そういうのは得意だからね。」
ラフィエスはNOだが、リリアスがOKしてくれた。
「じゃあ、決まりだな。」
啓太が心配そうな表情でこちらを見ていたので、指でOKをしてやるとホッとした表情を見せる。
***
一日の授業もなんとか終わり学校からの帰路につく。
「ふう、学校ってのも結構疲れるわね。」
「リリィのおかげで僕も疲れたよ。」
「私もリリィのおかげで疲れました。」
「なんか全部私が悪いみたいじゃないのよ。」
「事実なんだから仕方ないだろ。」
「じゃあ、昨日届いたこのカードでお詫びに何か買ってあげるわよ。ラフィのたこ焼きのお返しもしなくちゃいけないもんね。」
そう言ってリリアスが見たこともないカードを見せる。
「本当ですか?」
ラフィエスの表情が変わる。
「ええ、何でもいいわよ。」
「じゃあ、駅前に美味しいクレープのお店が出来たそうですから、そこに行きましょう。」
「良くそんな事知ってるな。」
「桜井さんが教えて下さったんです。」
「桜井ってあいつね。ラフィと仲がいいんだ。」
「ええ、何でも親切に教えて下さいますよ。」
「ふーん、ライバルなのにねぇ。」
「ライバルって何のライバルなんですか?勉強だって、運動だって私なんか全然敵いませんし。。。。」
「ラフィが勝てるのは食べる量くらいだよな。」
「事実ですけど失礼です。」
ラフィエスがむっとした表情を見せる。
「あんたらが気付いてないんならそれでいいけどね。」
「なんですか?その意味深な言い方は?」
「なんでもないわよ。とにかく、そのクレープのお店に行きましょう。」
***
「へ~、いろんなのがありますね。全部食べてみたいです。」
店頭に並んだサンプルを見ながらラフィエスが迷っている。
「食べたいんなら別に全部でもいいわよ。」
「本当ですか?」
「待てラフィ、もうすぐ夕食なんだから一つだけにしろよ。」
「え~、そんなの迷ってしまいます。」
本当に全部注文しそうな勢いので釘を刺しておく。
「ダーリンはどれにする?」
「僕はアイスコーヒーだけでいいよ。」
「私はこのジャンボ生クリームバナナチョコレートクレープにします。」
ラフィエスが一番大きなクレープを選ぶ。通常の二倍サイズらしい。
「この時間にそんなの食べて大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、これくらい。」
「じゃあ、私も同じなのを。」
「リリィもかよ。」
相変わらずウチの天使は大食らいだ。
店員からクレープとアイスコーヒーを受け取り、店の前のベンチに座る。
「うん、美味しいです。」
ラフィエスが満足そうな顔でクレープを頬張る。
「確かに美味しいわね。」
リリアスもうなずきながら頬張っている。
「ところでリリィ、日曜の話、本当にいいのか?」
「そりゃもちろんダーリンの方がいいけど、ダーリンの頼みだからね。」
「あくまで真似だけだからな。橘の事を好きになるなよ。」
「嫉妬してくれるのね。」
「いや、リリィの為に言ってるんだよ。」
「相変わらず優しいんですね。」
「まはとはん!」
クレープで口をいっぱいにしたラフィエスが不機嫌な顔をしている。
「わかったから食べてから喋れよ。」
そう言うとラフィエスがコクリとうなずく。
ごくん
ラフィエスが口の中の物を飲み込んで、こっちを見る。
「真斗さん、ほんとにいいんですか?」
「仕方ないだろ。友人の頼みなんだし。」
「でも、橘さんがリリィの事を好きになったりしたらどうするんですか?」
「そりゃ面倒な事になるな。」
「へ~、ラフィ、あんたも心配してくれるのね。でも、私はダーリンひとすじだから心配要らないわよ。」
本気で言ってるのかどうかわからないリリアスの言葉にドキリとする。
「そっちの心配じゃないです。」
「とにかく、もう約束しちゃってるしな。」
「いいじゃないのよ。四人で一日楽しくやりましょうよ。」
「助かるよ。さあ、そろそろ帰るぞ。」
クレープ屋を後にして家に帰る。
***
「ただいま~。」
「お帰りなさい。今日はちょっと遅かったわね。」
エプロンを着けた母親が台所から出てくる。
「うん、ちょっと寄り道してたからね。」
「もうすぐご飯だから着替えたらすぐ下りてらっしゃい。」
「はい、お腹空きました。」
「私もです。」
二人の相変わらずの食欲に感心する。
「真斗は?」
「うん、空いてるよ。」
「じゃあ、早く着替えてらっしゃい。」
二階に上がって私服に着替える。二人も急いで部屋に入って行った。
着替えを済ませて部屋を出ようとしたところで携帯電話が鳴る。
日曜日、本当にOKかどうかの啓太からの確認の電話だった。そこで、OKだが、あくまで真似だって事で念を押しておいた。
電話を終えて台所に行くと既に三人が椅子に座って待っている。
「遅かったわね。」
「真斗さん、早く座って下さい。」
「ダーリン、遅いわよ。」
「ああ、悪い悪い。」
「じゃあ、いただきま~す。」
みんなで夕食を始める。さっきあれだけ食べていたのに、二人とも普通に夕食を平らげてしまった。
***
コンコン
寝る時間になると誰かが部屋のドアをノックする。
この控え目なノックはラフィエスに違いない。
「どうぞ。」
返事をすると予想通り彼女が部屋に入ってくる。
「やっぱりリリィのベッドの方がいいです。」
さっそくベッドに寝転んだラフィエスが笑顔を見せる。
「ラフィがいいんなら別に僕はリリィと一緒でもいいぞ。結界さえなかったらだけどな。」
「ダメです。真斗さんは信用出来ませんから。」
「一度だってラフィに手を出した事ないだろ?」
「それはわかってます。でも、リリィから誘って来たら断われますか?」
「いや、それは。。。。。。」
申し訳ないが、強引に誘われたら断る自信がない。
「そもそも真斗さんがりりィに優しすぎるから彼女がつけあがるんです。」
「でもな、ラフィ。リリアスを天界に帰してあげないといけないのも事実だろ?」
「それはわかってます。」
「じゃあ、仕方ないじゃないか。」
「確かに仕方ないですが。。。。」
ラフィエスがうつむいて小さな声で答える。
「だろ?」
「でも、だからといって。。。。。」
顔を上げたラフィエスの目に涙が溢れている。
「ラフィ。。。。。」
「真斗さんは私の事を好きだと言って下さいました。なのにリリィが来てからの真斗さんといったら。。。。。。」
彼女の目から大粒の涙が流れ落ち始める。
リリアスの件は彼女にかなりの負担をかけていたようだ。
「ラフィ、ごめん。」
そっとラフィエスを抱きしめる。
「真斗さん。。。。。。」
彼女もそれに応えてくれる。
***
「はぁ~、やっぱラフィには悪いよね。」
真斗の部屋のドアの外でリリアスがため息をつく。
「邪魔者はさっさと退散って事よね。。。。その為にはさっさとラピスにエネルギーを貯めるしかないんだけど、神様ったらなんでこんなに面倒なシステムを作っちゃったのよ。。。。」
リリアスが自分のラピスを眺めながらつぶやく。
「はぁー、まだまだだもんね。」
カチャ
うつむいたまま一番奥の部屋のドアを開けて中に入る。しかし、リリアスの目の前に広がるのはいつもの部屋ではなく歪んだ空間だ。
「え????」
その時、誰かに後ろから布で口を押さえられる。
布には何か薬剤が染み込ませてあるらしく、身体の力が抜けて意識が急激に遠のいていく。
「だ、誰よ、あんた。。。。。」
そこまで言ったところでリリアスが意識を失う。
「何者!」
母親が異常に気付いて階段を駆け上がってくる。
急いで何者かがリリアスの身体を抱えて歪んだ空間に飛び込む。すると空間の歪みが消えてゆく。
ただ事でない物音に真斗とラフィエスも部屋から廊下に飛び出す。
「母さん!」
「大変よ真斗!リリィちゃんが誘拐されたみたい。」
「誘拐って、マルスを狙ってる連中なの?」
「いえ、彼女がマルスを持ってない事はわかってるはずだから、あいつらじゃないと思うわよ。」
「じゃあ、誰がいったい何のために。。。。」
「彼女はお金持ちのお嬢様なんでしょ。私もうっかりしてたわ、身代金目当てで彼女を狙う連中が地上に降りて来ててもおかしくないもの。」
「だったら、早くリリィを助けに行かないと。」
「そうね。でも、その前に手掛かりを見つけないとね。この部屋からどこかに転送ホールがつながっていたみたいだからその跡を追えれば良いんけど。。。。」
「私の姉さんならわかると思います。」
ラフィエスが大きな声で叫ぶ。
「姉さんってこないだ来たあの姉さんか?」
「いえ、もう一人のソフィエス姉さんです。ソフィ姉さんならきっと。。。」
そう言ってラフィエスが携帯電話を取り出す。
「いいのか?ラフィ。」
「仕方ありません。緊急事態ですから。」
ラフィエスがしっかりうなずいて電話をかける。
プルルル、プルルル、プルルル、プルルル
数回の呼び出し音の後、相手が電話に出る。
「もしもし、姉さん?私です、ラフィです。え?。。。。。ええ、わかってますけど緊急事態なんです。。。。。。それが、私のクラスメートのリリアスが何者かに誘拐されたんです。私がいるこの場所からどこかに転送ホールが作られた形跡があるはずだから急いで調べて欲しいんです。え?????でも、それじゃ。。。。。うん。。。。。。。。はい、わかりました。。。。。」
ラフィエスが少し沈んだ表情で電話を切る。
「姉さん、なんだって?」
「それが正確なルートを特定するには明日の朝までかかるらしいんです。特定出来たら姉さんが来るって。。。。でも、明日の朝までにリリィに何かあったら。。。。」
「大丈夫よラフィちゃん。身代金目的だったらそうすぐに何かする事はないだろうし、まだ相手からの要求も無いんだし、とにかくお姉さんを待ちましょ。」
「はい。。。。」
ラフィエスがうなずく。
「さあ、明日はきっと大変な一日になるから、二人とも早く寝なさい。」
母親がラフィエスにやさしく声をかける。
「うん。」
落ち込んだ表情のラフィエスを連れて部屋に戻る。
「リリィに何かあったら私どうしたらいいか。。。」
ベッドに座ったラフィエスがつぶやく。
「母さんが言う様にリリアスなら大丈夫だよ。」
「うん。。。。。」
そう慰めると彼女が小さくうなずく。
「明日はきっと早く起きないといけないから、もう電気消すぞ。」
「はい。。。。。」
今度はラフィエスがしっかりうなずく。そして彼女がベッドに横になったので部屋の電気を消す。そして自分も布団に横になる。
電気が消えてしばらくはラフィエスも起きていた様だが、10分もすると彼女の寝息が聞こえて来る。
リリアスを誘拐した相手が誰なのか、また彼女を拐った本当の目的もわからない。
どんな困難が待ち受けているかもわからないが、自分も一緒に彼女を助けに行こう。
そう心に誓って自分も眠りにつく。
空から落ちて来た天使にベッドを取られました。2 京乃KIO @kio_kyouno
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