空から落ちて来た天使にベッドを取られました。2

京乃KIO

第1話 レッド・センセーション

「ラフィが先に落ちたって聞いてるんだけど、いったいどこにいるのよ。」

長く黒いコートを羽織った一人の少女が頭からフードをかぶったまま昼下がりの道を歩いている。

体調がすぐれないのか、少し足元がふらついている。

「偶然このコートを見つけたから良かったけど、これがなきゃ道も歩けなかったわよ。」

少女が歩くたびにコートの下からカチャカチャと何かが擦れ合うが聞こえてくる。

日中もかなり涼しくはなって来たが、コートを着るにはまだ少し早いので、通りすがりの人が怪訝な表情で振り返っていく。

「あ~、お腹空いたなぁ。」

その時、どこからか風に乗って何とも言えない良い匂いが漂ってきた。

「なんだろう、なんか向こうからいい匂いがして来るよ。」


少女がふらふらと匂いのする方に歩いて行く。


***


「真斗さん、最近運動公園てとこに美味しいたこ焼き屋さんが来てるそうなので寄って帰りませんか?」

学校の門を出たところでラフィエスが寄り道の提案をしてくる。最近、彼女は学校帰りの買い食いにハマっている。

「いくら僕でもそんなに小遣いが続くわけないだろ。」

「でも、桜井さんのおすすめなんですよ。」

「僕の話聞いてなかったのかよ。月末だからもう小遣いピンチなんだよ。」

そう、真斗の今月の小遣いはほとんど彼女の胃袋に納まってしまった。

「じゃあ、今日は私がおごって差し上げます。ですから行きましょうよ。」

おごってくれるとは言っても元は同じ原資だ。

「だけど運動公園って言ったら帰る方向と反対だぞ。」

「遠いんですか?」

「まあ、そんなに遠いわけじゃないけど。」

「じゃあ、いいじゃないですか。」

確かに、彼女にあ~んとかして貰いながら仲良くたこ焼きを食べるのも悪くない。

「わかったよ。」

「やった。だから真斗さん大好きです。」

彼女が満面の笑みを返してくれる。

素直に好きと言ってくれるのはありがたいが、なんだかありがたみが無くなってしまった気がする。


彼女と一緒に運動公園に向かって歩いていく。距離として2~3キロくらいだろうか、決して遠いわけではないが反対向きに歩いて行くというのは精神的にはよろしくない。彼女と一緒というのがせめてもの救いだ。

「真斗さん。私、たこ焼きって食べた事ないんですけど、どんな物ですか?」

「どんな物か知らないのに行こうって言ってたのか?」

「はい。」

あまりに素直に『はい』と言われると何も言えない。

「そうだな。小麦粉をダシ汁で溶いて丸く焼いた物で中に小さく切ったキャベツとか揚げ玉とかタコが入っているって感じかな。」

「聞いただけだと不思議な食べ物ですね。」

「そうだな。でも、外がパリッとしてるのに中がふわっとしてて、真ん中に入っているタコを食べた時の食感と味がすごくマッチしてて、それにあの独特のソースが何とも言えないんだよな。」

「そんなの聞いたらますます食べたくなって来ました。」

彼女がよだれを拭う。

「しかし、桜井のお勧めって事はよっぽど旨いんだろうな。あいつは両親が関西出身だからたこ焼きに関してはかなりうるさいからな。」

「これは期待大ですね。でも、人気がありすぎて結構早くに売り切れちゃうらしいです。」

「じゃあ、早く行かないといけないな。」

「はい。」

そんな話をしながら30分ほど歩いて行くと目的の運動公園の入り口が見えて来る。この公園は周辺にいろんな競技場とかが併設されているので結構大きい。

小さな子供のにぎやかな声が公園から聞こえてくる。


「あ、きっとあれですよ。」

公園の入口を入るとすぐに彼女が指差す。

入口からすぐの所にある噴水の前に移動式の屋台があり、そこで眼鏡を掛けた若い女性がタコ焼きを焼いているのが見える。ただ、たこ焼き屋をしているよりスーツとか来ている方が似合いそうな雰囲気の女性だ。

しかし、よほど人気があるのか結構遠くの高校の制服を来た生徒も来ている。

「結構人気あるんだな。」

「桜井さんの言われるとおりですね。売り切れないうちに、早く並びましょう。」

「ああ。」

二人でたこ焼き屋の列に並ぶ。

「はぁ~、1パック8個入りで300円ですか、真斗さんはいくら持ってますか?」

「僕のお小遣いはもう150円しか残ってないぞ。」

「私は350円しかありませんから、合わせても2パック買うのは無理ですね。」

ラフィエスが自分の財布を覗き込みながらため息をついている。

「すぐ夕食なんだから1パックあればいいだろ。僕はほとんど食べないし。それに、たこ焼きの値段としては良心的な方じゃないのか?高い所だと1パック500円とかするからな。」

「じゃあ、1パックを二人で分けましょう。」

「ああ。」

自分たちの後は誰もいないので、少しずつ列が短くなっていく。

「喉渇いたな。ラフィは水筒のお茶残ってるか?」

「いえ、もう空です。」

「僕のも空だから、僕はペットボトルのお茶を買うよ。まあ、僕もそれが精一杯なんだけどな。」

「私にも飲ませて下さいね。」

「そりゃ、もちろんいいけど。」

さて、次は自分たちの注文の順番だ。

「いらっしゃいませ。ご注文は何パックですか?」

お店の女性が笑顔で注文を取る。

「たこ焼き1パックとお茶1本下さい。」

「よかった、もう材料が少なかったから2パックは無理だったのよ。」

お店の女性がホッとした表情を見せる。

「私達の前で無くならなくて良かったです。」

「そうだな。」

ラフィエスもホッとした表情を見せる。

「じゃあ、ちょうど無くなっちゃったから、今から焼くからちょっと待っててね。あ、お茶は先に渡しておくわね。」

お金を払って店員からペットボトルのお茶を先に受け取る。

自動販売機で買うのと同じ値段なのでこちらも良心的だ。

ただし、これで真斗の今月の小遣いはゼロになった。

ちなみにここは普段でも注文を受けてから焼き始めるというこだわりのスタイルらしい。

真斗は公園のベンチに座って彼女が戻って来るのを待つことにする。


「ふう。」

ペットボトルのお茶を一口飲んで喉の乾きを癒やす。二人で分けないといけないので、多くは飲めない。

お店の女性が手際よくたこ焼きを焼き上げていくのをラフィエスがじっと眺めている。

「まるで魔法みたいです。」

「そりゃ、ちょっと大げさかな。」

女性が少し照れた様な表情を見せる。

「はい、お待たせ。材料がこれで終わりだからおまけしといてあげるわね。」

「ありがとうございます。」

ラフィエスが大きな声でお礼を言いながらたこ焼きを受け取っている。

「あなたがお客さんだからお礼を言うのは私の方よ。また買いに来てね。」

そう言いながら店の女性が笑っている。

「真斗さん、買って来ましたよ。ほら4個もおまけしてくれたんです。」

ラフィエスが嬉しそうに走って来る。

見ると発泡スチロールのトレイに8個並んだたこ焼きの上に更に4つ余分に載っている。

屋台の片付けを始めた女性に軽く頭を下げると、向こうの女性がニコリと笑う。

「ほら、ちゃんと座って食べるぞ。」

「はい。」

ラフィエスが隣に座る。

「う~ん、いい匂いです。」

彼女が鼻を近づけて匂いを嗅いでいる。ソースの香りが真斗のところにも漂ってくる。夕食前のお腹にはかなり刺激的だ。

タコ焼きの上に載っているかつお節がまるで生き物の様に踊っている。

「熱いから気をつけろよ。」

「うん。」


ふぅー、ふぅー。


ラフィエスがつまようじに刺したタコ焼きを冷ます。

「落とすなよ。」

「そんな勿体無い事しないです。では、いただきます。」

彼女がたこ焼きを口元に持っていこうとした時、フード付のコートを頭からかぶった怪しい人物がこちらに近づいてくる。


「ラフィ!やっと見つけた!」

その人物がいきなり叫ぶ。声からすると少女の様だ。

「あっ!」

ラフィエスがビクッとした拍子につまようじで刺していたタコ焼きが地面を転がる。

「ああああああああああああああああああああああ~。」

それを視線で追いかけながら彼女がこの世の終わりの様な顔をしている。

「おいラフィ、あんなのの知り合いか?」

「うう、私は知らないです。」

彼女の目に涙が浮かんでいる。

「ラフィ、私よ。リリアスよ。」

深くかぶったフードをめくるとその下から赤い瞳、赤いショートの髪をした少女が顔を出す。

「え?ホントにリリィですか?」

ラフィエスが驚いた表情でその少女を見つめている。

「お前の知り合いって事は彼女も天使なのか?」

「ええ、スコラで一緒に勉強していたクラスメートのリリアスです。」

「そうなんだ。」

「ラフィ、それよりいいもの持ってるじゃないのよ。」

「え?いいものって?」

リリアスと名乗る少女がラフィエスが膝の上に置いていたタコ焼きのトレイを持ち上げる。

「え?ちょ、ちょっとリリィ?」

「いただきます。」

そして彼女が一気にタコ焼きを口の中に押し込む。

「ああああああああああああああああああああああ~」

ラフィエスが信じられない物を見る様な顔でそれを見ている。

「あひひひひひひひ、そのおひゃひょうだい。」

今度は真斗が持っていたペットボトルを取って飲み干す。

さっき少し飲んだので間接キスになる。

「ごくん」

彼女がたこ焼きを飲み込む音が聞こえる。

「ふう、やっとちょっとお腹が落ち着いたわよ。」

「ふう、じゃないです!せっかく食べるの楽しみにしてたのに。。。。もう今月のお小遣い残ってないんですよ。」

ラフィエスの肩が震えている。

「一昨日から何も食べてなかったんだから許してよ。後でちゃんとお金は返すわよ。」

「私は今ここで食べたかったんです!」

「ラフィ、一昨日って言えば。。。。あの光の日。。。。」

真斗がそう言うとラフィエスも気づいた様だ。

「リリィ、もしかして一昨日落ちて来たのってあなたなの?」

「そうよ、あいつから石を奪い返したまでは良かったのに、その後何故か飛べなくなっちゃったのよ。」

「なあ、それってマルスって石の事か?」

「ラフィ、ところでこいつ誰よ。」

リリアスと呼ばれる少女が自分の方を指差す。ようやく自分の存在に気付いてくれた様だ。

「えっと、紹介します。私がこの世界で居候させて貰っている加神という家に住んでる真斗さんです。」

「ふーん、じゃあ、人間の男って事よね。」

「まぁね。」

実は自分が天使と人間のハーフだって事は誰にも言わないよう母親から強く言われている。もちろん母親が”もと”天使ということもだ。

「人間にあの石の事話したの?」

「うん、まあ、いろいろあって。。。。でも、真斗さんは大丈夫です。絶対に他の人間に話したりなんかしませんから。」

「ほんとにぃ?」

彼女が疑いの目をこちらに向けてくる。

「ほんとだよ。話したって変人扱いされるだけだからな。それよりマルスって何個もあるのか?」

「ええ、マルスは一つだけじゃないわよ。でも、全部でいくつあるのかは私も知らないのよ。」

「そうなんだ。」

「しかし、マルスの事を知ってるって事はラピスの事も知ってるって事よね。」

「まぁね。」

「じゃあ、私たちが天界に帰る為にはラピスにエネルギーが必要って事も?」

「ああ。」

「ラピスのエネルギーが何かってのは?」

「知ってるよ、愛だろ。」

「ラフィ、ちょっと話し過ぎじゃないの?帰ったら怒られるわよ。」

「それが、またいろいろあって。。。。」

「まあ、いいけど。その方が話が早いからね。」

「ところで君も天使って事は何かの属性を持ってるんだよな。」

「ええ、そうよ。何かわかる?」

燃える様な赤い髪をしているので一目瞭然だ。でも、簡単に答えたのでは面白くないので、わざと間違えて反応を見てみる。

「そうだな、赤い髪という事は君の属性は。。。。。。。消防車か?」

「そんなわけのわからない属性があるわけないでしょ!」

リリアスが赤い顔をして怒る。

「違うのか?」

「当たり前でしょ。でも、まあ、近いのは近いわよ。」

「近いのか?じゃあ、ポスト。」

「余計離れちゃたじゃないのよ。」

「赤い物って他に何があるってんだよ。」

「火に決まってるでしょ!」

「ああ、そうか。」

そう言いながら握った右手で左手の手の平を打つ。

「ねえ、ラフィこいつ頭大丈夫なの?」

「たぶん。。。。。」

ラフィエスが冷たい目でこちらを見てくる。

しかし、そんな馬鹿なやり取りをしていると日が暮れかかって来た。

「ラフィ、そろそろ帰らないと夕飯に間に合わなくなるぞ。」

「そうですね。リリィのおかげでせっかくのタコ焼きを食べ損ねたのでお腹空きました。早く帰りましょう。」

「え?ご飯食べさせて貰えるの?」

リリアスが横から割り込んでくる。

「いや、別に君を夕飯に誘ったわけじゃないんだけど。」

「まぁまぁ、ここで会ったのも何かの縁じゃないのよ。だからご飯くらい食べさせてよ。」

「どうしましょうか?真斗さん。」

「まあ、ここでのたれ死にされても困るからな。とりあえず帰って母さんに相談してみよう。」

三人で家に向かって歩き始める。

一ヶ月ぶりに会った二人は家に着くまでずっと話に花を咲かせていた。ラフィエスが落ちてから天界でもいろいろあったようだ。


***


「と、言うわけなんだけど、どうしよう母さん。」

「はぁ~、どうしようって言っても他に行くとこないんじゃ追い返すわけにもいかないでしょ。」

母親が諦め顔で答える。

「だってよ。」

「良かった。ついでに先にお風呂戴いてもいいですか?」

「確かにその風貌じゃね。」

母親が彼女の姿を見ながらうなずいている。

彼女は一昨日から着の身着のままだったのだろう、顔も髪の毛も薄汚れている。

今はコートを脱いでいるのでラフィエスが身に着けていたのと同じ様なデザインの甲冑姿だ。ただ彼女の甲冑の方が豪華に見える。それと胸も彼女の方が大きい。

しかし、天使ってのは何でみんなこんなに図々しいのだろうか?

「じゃあ、ラフィちゃん、彼女にお風呂の場所と使い方教えてあげてくれる?もうお湯は貯まっているからね。えっと、服はラフィちゃんのを貸してあげて。私は夕飯の準備の続きして来るわね。」

「わかりました。こっちです、リリィ。」

ラフィエスとリリアスが一緒にお風呂場の方に行くのを目で追う。


しばらくするとラフィエスだけが戻ってくる。

「こないだ姉さんに教えて貰った男人禁止魔法というのを脱衣所に掛けてみました。」

「あ、そぅ。。。」

聞いたわけでもないのに彼女がそう言うので、全く興味が無かった振りをする。

さっそく帰った後のうがいと手洗いでもしようと思っていたので残念だ。

「ところで、彼女の胸のサイズってラフィより大きいよな?」

「なんでそんなこと聞くんですか?」

「いや、ラフィのブラじゃきつかったりしないかなと思ったりして。」

「知りません!少なくとも今はブラは用意してません。」

「え、じゃあ、ノーブラ?」

「ええ、そう言うことになります。」

それはものすごく期待大だ。


「ふぅー。やっとすっきりしたわよ。」

しばらくしてリリアスがラフィエスの服を着てお風呂から出てくる。さっきは薄ら汚れていたのでそんなに思わなかったが、かなりの美人だ。

ノーブラであろう胸に思わず目が行く。

「真斗さん、どこ見てるんですか!」

リリアスの胸元をじっと見ているとラフィエスに怒られる。

「じゃあ、ラフィの見せてくれ。」

「お断りです。」

もちろんラフィエスに断られるのは想定内だ。

「なに?胸が見たいんなら見せてあげてもいいわよ。」

しかし、リリアスから想定外の返事が返ってくる。

「ほんとか?」

「その代わりタダって言うわけにはいかないわよ。」

「お金を払えばいいのか?」

「違うわよ。私のラピスにエネルギーをくれたらいいのよ。方法はわかるでしょ。」

そう言いながら彼女が自分の指を見せる。彼女の指には赤い石の付いた指輪が光っている。それが彼女のラピスらしい。

「ラフィのラピスと較べたら小さいな。」

「大きければ良いってもんじゃ無いわよ。大事なのは透明度と輝きだからね。」

「それよりホントに胸を見せてくれるのか?」

「ええ、あなたの愛と引き換えにならね。」

「よし、わかった。」

「真斗さん!言ってる意味わかってるんですか!」

ラフィエスに怒られる。

「ちょっと分けてやるくらいいいだろ。」

「良いわけないじゃないですか!もう、知りません。」

ラフィエスが怒って二階に上がってしまった。ちょっとやり過ぎただろうか?


「ふーん。」

リリアスがこちらを見ながらうなずく。

「なんだよ。」

「ラフィはあんたの事が好きみたいね。でも、私も天界に帰る為には手段を選ばないわよ。」

「別に僕じゃなくてもいいんだろ?」

「私もあんたが気に入ったからよ。という事で今からあんたの事をダーリンって呼ばせて貰うわね。」

「ちょっと待て、それは困る。」

気持ちは嬉しいのだが、そんな呼び方をされたらみんなに勘違いされるのは間違いない。

「じゃあ、なんて呼べばいいのよ。」

「そうだな~。。。。。。。。」


「ご飯出来たわよ~。」

何て呼んで貰うのが良いか考えていると台所から母親の呼ぶ声が聞こえる。

ラフィエスが二階から急いで下りてくる。どんな事があってもご飯だけは外せない様だ。


ラフィエスが真斗の横の席と決まっているので、リリアスは真斗の正面になる。

そこは本来は父親の席だ。

「あれ?そう言えば父さんの海外出張って一ヶ月じゃなかったっけ?」

ふと父親の事を思い出して母親に尋ねる。

「それが今日の昼間電話があって延長になっちゃったらしいのよ。あと一ヶ月は帰って来れないって。」

「そうなんだ。大変だね、父さんも。」

「父さんも頑張ってるんだから、真斗も勉強頑張らなきゃね。最近ラフィちゃんに負けてるんでしょ。」

「それは余計だよ。」

「それはそうと、ご飯いただきましょうか。」

「はいっ。」

「はい。」

二人の天使が大きな声で返事をする。

「いただきま~す。」

「いただきます。」

今日はシチューだ。

ラフィエスとリリアスがご飯とシチューを口にかき込んでいく。

「うん、美味しいです。」

「確かにすごく美味しいですよ。」

「ありがと。」

「うん、やっぱり母さんの作ったシチューはまともだね。」

「それってどういう意味ですか!」

ラフィエスが噛み付いてくる。

「いや、深い意味はないけど。」

「でも、ラフィちゃんも最近はかなりお料理上手になってるでしょ。」

「まあ、確かに。」

この前ラフィエスが作った肉じゃがはかなり良く出来ていた。まだ母親には敵わないが、及第点をあげても良いだろう。

「え?ラフィ、あんた料理なんて出来るの?」

リリアスが驚いた表情でラフィエスを見ている。

「うん、まあ簡単な物なら。。。。」

「リリアスはどうなんだ?」

「私は料理なんてした事ないわよ。」

「ふふん。じゃあ、料理の腕に関しては私の勝ちですね。」

ラフィエスがドヤ顔をしている。

「おかわりお願いします。」

「私もです。」

リリアスが茶碗を差し出すと負けじとラフィエスも茶碗を差し出す。

「いっぱいあるからゆっくり食べなさいな。」

「はい。」

リリアスもよく食べる様だ。

母親が地上のほうがお腹が空くと言っていたが、これが天使が普通に食べる量なのだろうか?


食事の後、みんなでリビングでくつろぐ。

「ふう、美味しかった。そうだ、ラフィ、あんた携帯電話の充電器持ってる?天界に電話したいんだけど電池切れでどうしようもないのよ。」

リリアスがラフィエスに尋ねる。

「あリますけど、地上から電話かけたらすっごく高いです。」

「そんなのどうでもいいわよ。じゃあ、早く貸して。」

ラフィエスは携帯電話を使うのをものすごく嫌がるがリリアスは気にしていない様だ。

「おい、ラフィ。彼女も同じ見習い天使だから貰える給料は同じだろ?なのに彼女は大丈夫なのか?」

ラフィエスに耳元で尋ねる。

「リリアスの家はお金持ちなんです。」

「あ、なるほど。」

深く納得する。

「じゃあ、私の部屋に来て下さい。」

「いいわよ。」

二人が一緒に二階に上がって行く。


***


「ここが私の部屋です。」

ラフィエスがリリアスを自分の部屋に案内する。

「ふーん、ここがラフィの部屋か。しっかし何もないわね。もうちょっと女の子らしい部屋にすればいいのに。」

リリアスが部屋の中を見回しながらつぶやく。

「余計なお世話です。」

「それより早く充電器貸してよ。」

「はい。」

「サンキュー。」

リリアスが受け取った充電器をコンセントに挿して携帯電話をつなぐ。

「あそこでラフィに会えて助かったわ。そうでなきゃ今頃餓死してるところだったわよ。」

「私はまっすぐこの家に落ちて来たから運が良かったです。」

「ラフィはどうやってこの家に入れて貰ったのよ。天使だなんて言ったって信じてもらえなかったでしょ?」

「それが、なんとなく。」

「なんとなくって、そんなのありなの?」

リリアスがいかにも不思議そうに尋ねてくる。それはそうだろう、自分だってこの前までずっと不思議だったのだから。しかし、このままだと細かく説明しないといけなくなるので話題を変える事にする。

「それより、リリィが戦った相手ってどんな奴なの?」

「さあ、暗かったからあんまり良くはわからないけど、結構ひょろひょろの痩せた奴だったわよ。剣の腕はいまいちだけど、とにかくいろんな魔法使ってくるから参ったわよ。なんとか隙を突いてマルスを取り返したまでは良かったんだけど、後はこの有様よ。」

「私も後から知ったんですけど、マルスはラピスの力を無効にするらしいです。だから、マルスを手に入れたら私たちは飛べなくなるみたいなんです。」

「なるほど、そういう事ね。しかし、そう言う事はちゃんと教えておいて貰わないと困るわよね。」

「そう思います。」

ラフィエスが深く同意する。

「ねえ、ラフィちゃん、ちょっと後片付け手伝ってくれる?」

一階から母親が呼ぶ声がする。

「はい。」

大きな声で返事をしてラフィエスが台所に下りていく。


「ラフィもここで頑張ってるみたいね。でも、今の状況だと、私もしばらくここでお世話になるしかないわね。ラフィは怒るだろうけど、ラピスのエネルギーはダーリンから貰う事になるかな。」

その時、携帯電話の目盛りが一つ増える。

「お、とりあえず電話くらいは出来る様になったようね。」

充電器をつないだままの携帯電話を持ってリリアスがどこかに電話をかける。


プルルルル、プルルルル、プルルルル


数回のコールの後、相手が電話に出る。

「もしもし?あ、お父様?・・・・・・・うん、心配かけてごめんなさい。・・・・・・ええ、大丈夫よ。・・・・・そうね、しばらくはこっちに居るしかないみたい。・・・・・・・・・・・うん、小さいけど居候できる家も見つかったよ。え?その家大丈夫かって?クラスメートが一緒だから大丈夫よ。え?お母様と替わる?もう、いいのに。。。。。。。。」

リリアスが携帯電話を一度耳から外して深呼吸する。

「もしもしお母様?・・・・・・・うん、大丈夫よ。・・・・もう、心配ないって。。。。え、ここの住所?うん、後でメールしとくね。。。。。うん、わかったよ。」

リリアスが電話を切る。

「ふぅ。とにかく、帰れる様になるまでここでお世話になるしかないもんね。」

そう言って彼女もリビングに下りて行く。


***


「と、いうわけでふつつか者ですが、よろしくお願いします。」

リリアスが深々と頭を下げる。

「ちょっと、リリィ、待ちなさいよ。それってどういう意味ですか!」

リリアスの言葉にラフィエスが噛みつく。

「なによラフィ、これからしばらくここにお世話になるんだから挨拶するのは当たり前でしょ。」

「誰がここでお世話になっていいって言ったんですか!」

「何であんたにそんな決定権があるのよ。あんただって居候でしょ。」

「ここにはリリィが居るような場所は無いです。もう部屋だって余ってないです。」

「部屋ならあんたの貰うからいいわよ。」

「じゃあ、私はどうしたらいいんですか!」

「ラフィは僕の部屋に来たらいいんじゃないのか?」

「お断りです。」

ラフィエスにはっきり断られる。一緒の部屋で寝ているのだから別に問題は無いと思うのだが。。。。

「じゃあ、私がダーリンの部屋にお邪魔しようかなぁ。」

「ダメです!。。。。って、ダーリンってなんですか!」

ラフィエスのテンションが更に上がっていく。

「あらダーリンはダーリンでしょ。最愛の人を呼ぶ時に使う言葉って辞書に書いてあるわよ。」

「そんな事聞いてません。私だって真斗さんの事をダーリンなんて呼んだ事ないんですから!」

ラフィエスのテンションが最高潮に達する。

「じゃあ、呼んでみたら?」

「え?。。。。。」

リリアスの言葉にラフィエスの言葉の勢いが止まる。

「ほら、呼んでご覧なさいよ。」

「ダ、ダーリン。。。」

ラフィエスが真っ赤な顔をしながら消え入りそうな小さい声で呼ぶ。

「なに?聞こえなかったわよ。」

「ダ、ダ。。。」

彼女がもう一度声を出そうとしている。

「ダ、ダメです。私には無理です。」

「じゃあ、私がダーリンって呼ぶって事で決まりよね。」

「ちょっと待って下さい。」

ラフィエスが食い下がる。

「もう、往生際が悪いわよ。」

「まあまあ、ちょっと落ち着けよ、ラフィ。」

「なに言ってるんですか!そもそも真斗さんがリリィを連れて帰るからこんな事になるんじゃないですか。」

こちらにも火の粉が飛んで来始める。リリアスがラフィエスの嫉妬心に火を着けてしまった様だ。火の属性だけに。

「何をニヤニヤしてるんですか!」

上手いことを考えたと思っているとラフィエスに怒られる。

「ラフィちゃん、ちょっと落ち着いて。リリアスちゃんも他に行くとこないんだから。」

母親がフォローに入ってくれる。

「そうよラフィ、地上に落ちた者同士仲良くしましょうよ。」

「先に落ちた私の方が先輩なんですからね。」

「そんな事で先輩顔されても困るのよね~。」

二人の間に火花が飛んでいる様だ。

「あ、美味しいお饅頭あるんだけど食べる?」

「はい。」

「はいっ。」

母親がそう言って饅頭の箱を出すとひとまずその場は収まる。

「お茶入れて来るわね。」

母親が台所に入って行く。


「う~ん、ケーキも良いですけど、こういうのも良いですね。」

ラフィエスがお饅頭を食べながらご機嫌だ。

「ラフィ、あんたいつもこんな美味しい物ばかり食べてんの?」

「いつもってわけじゃないです。」

「そう言えばあんた見ない間に太った様に見えるわよ。」

「やっぱりそう思うか?」

「ええ。」

そう思ったのは自分だけじゃなかった様だ。

「毎日ちゃんと体重測ってますけど、変わってないです。」

ラフィエスが反論する。

「いや、何ていうか体が締まってないって言うか、ちょっとその腕見せてご覧なさいよ。」

リリアスがラフィエスの腕を持ち上げてつまんでいる。

「なによ、この柔らかい二の腕、これでまともに剣を振れるの?」

「う。。。。。。。。」

ラフィエスの顔が引きつっている。

「まあ、あんた自身の事について私がとやかく言うつもりはないけどね。」

「明日から腕立て伏せ始めます。」

これだけ言われても今日から始めるつもりは無い様だ。

「それより、ラフィのラピスってどんだけ貯まってるのよ。」

リリアスがラフィエスのラピスを覗き込む。

「あ、ちょっと。」

ラフィエスが急いで隠そうとしたが一瞬リリアスの方が早かった様だ。

「おや、まだほとんど空じゃないのよ。あんたもう一ヶ月はここに居るんでしょ。」

「余計なお世話です。いろいろあったからです。」

「じゃあ、どっちが先に貯められるか競争しようよ。」

「そんなの私が勝つに決まってます。真斗さん、そうですよね。」

「あ?ああ、もちろん。」

ここで否定なんかしたらラフィエスに殺されそうだ。

「じゃあ、賭けようよ。」

「賭けるって何をですか?」

「ダーリンよ。私が勝ったらダーリンを貰っていくわ。ラフィが勝ったら諦めるわよ。」

なんだか話が変な方向に向かっている。

「おい、勝手に決めるなよ」

「そうです、真斗さんの意見も聞かないと。」

「私について来たら一生天界で遊んで暮らせるわよ。」

「よろしくお願いします。」

「真斗さん!!!」

二つ返事をしたらラフィエスに思い切り怒られる。


「あれ?ちょっと待てよ。」

会話の中に思ってもいなかった台詞があった。

「どうしたのよ。」

「いや、僕はラピス持ってないのに一緒に天界に行く事が出来るのか?」

「ええ、ちゃんと手続きをすれば下僕として一人だけなら人間を連れて帰るのを許されてるのよ。今回は無理だけどね。」

「下僕?」

「心配しなくていいわよ、下僕って言っても今は名目だけだから。」

少し妙な顔をしていたのだろう。リリアスが自分でフォローする。

「そうなんだ。じゃあ、ラフィも同じこと出来るのか?」

「システム上は可能ですけど経済的に無理です。その場合、真斗さんの面倒は私がみないといけなくなりますけど、私のお給料だけじゃ暮らして行けません。。。」

「あ、なるほどね。」

なんだかものすごく現実的な回答が返って来た。

ラフィエスと一緒に倹しく暮らして行くというのも悪くないが、彼女の財布事情を聞いている限りは日々生きて行くだけでも大変そうだ。ここはやはりこちらの世界で自分が彼女を養って行く方が望ましいだろう。

もちろん彼女を養っていけるだけの経済力が自分にできるかどうかはわからないのだが。

ただ、リリアスの提案も捨てがたいものがある。


「はい、お茶入れて来たわよ。」

母親がおぼんに湯呑みを載せてリビングに戻ってくる。

「やっぱりお饅頭には日本茶が一番ですね。」

「確かにそうよね。」

ラフィエスとリリアスがお茶を飲みながらくつろいでいる。


「ところで、お風呂沸いてるけど、次は誰が入るの?」

「ダーリン、私と一緒に入りましょうよ。私が背中流してあげるわよ。」

「え、マジ?」

リリアスから思いがけない提案があった。

「リリィはさっき入ったじゃないですか!」

「さっき入ったからって、もう一回入ったっていいでしょ。」

「ダメです!私だって真斗さんの背中は流した事ないんですから。」

「そんなの知らないわよ。私が先に言ったんだから私の方が優先よ。」

「私の方が先にこの家に来たんですからね。」

「じゃあ、三人で一緒にってのはどうだ?」

思い切って折衷案を提示してみる。

「望むところよ。」

「わ、わ、わ、私だって。」

ラフィエスが躊躇しながらも同意する。

なんだか予想外の展開になりつつある。いい意味で。。

三人でウフフキャッキャしているパラダイスが頭の中に浮かび上がる。

「真斗!一人で入って来なさい。」

「はい。」

しかし、厳しい母親の一言で全ての夢が打ち砕かれる。

結局、今日も一人でお風呂に入る事になった。

ぜひ明日以降に期待しよう。


***


着替えを持ってお風呂に向かう。


ゴン。。。


脱衣所のドアを開けて中に入ろうとすると何かに頭をぶつける。

「いててて、なんだ?」

何に頭をぶつけたのかわからなかったので手を出してみるとドアの向こうに見えない壁があるみたいだ。

もしやと思いながらラフィエスを呼んでみる。

「お~い、ラフィ。」

「なんですか?真斗さん。私だけ呼ばれても一緒は無理です。」

「わかってるよ。それより、僕がここに入れないんだけど。」

「あ、すみません、結界を解除するの忘れてました。すぐ解除します。」

彼女が何か呪文を唱える。

「はい、これで大丈夫です。」

「本当だろうな。」

自分には違いがわからないので、恐る恐る中に入る。

「じゃあ、私はリビングに戻りますね。」

そう言って彼女がリビングに戻って行く。やはり一緒にお風呂というのは当分お預けの様だ。


脱衣所に入ってみるとかなりの熱気を感じる。

おかしいと思いながらも服を脱いでお風呂場のドアを開けると中が湯気で真っ白になっている。

「もう、フタ開けっ放しじゃないかよ。」

それにしても普通の熱気では無いので、恐る恐るお湯に指先を浸けてみる。

「あちっ!」

慌ててお湯から指を抜く。いったい何度あるのかわからないが、そのまま入ったらやけどしそうだ。

お湯の温度を確認しながら水を足して行くと、適温になった時には湯船がお湯でいっぱいになっていた。

軽くシャワーをしてお湯に入ると大量のお湯が湯船から溢れる。もったいないと言えばもったいないがなんだかお金持ちになった様な豪勢な気分に浸れる。

「あれ?そういえば先にリリアスが入ったよな。あいつはこれで大丈夫だったのかなぁ。」

もしかしたらシャワーだけで済ませたのかも知れない。そう思いながら身体と頭を洗ってお風呂を出る。


「母さん、お風呂沸きすぎだったけど。」

「あら、そんなはずないけど。ほら設定は42℃になってるでしょ。故障かしら?」

確かにお風呂のリモコンは42℃に設定されたままだ。

「リリィは熱くなかったか?」

「私は別に何ともなかったわよ。入った時はぬるかったくらいよ。」

「そうか。。。。」

もしかしたらリリアスが沸かし過ぎたのかも知れない。

「じゃあ、次は私が入って来ます。」

そう言ってラフィエスがパジャマを抱えて脱衣所に入って行く。

しばらくしてから、トイレに行く途中で脱衣所に入れるかどうか試してみたが、やはり中には入れなかった。


***


「はぁ~、いったい真斗さんはどういうつもりなんでしょう。」

ラフィエスがお湯に浸かりながらため息をつく。

「はぁ~、でも、私はリリィみたいには出来ないし。。。。」

再びため息をつく。

「でも、私もリリィなんかに負けないんですから。そうです、真斗さんもちょっとふざけてるだけです。」

気を取り直して頭と身体を洗ってお風呂を出る。


***


ピンポーン


「すみませ~ん、お届け物で~す。」

みんなでテレビを見ていると玄関のチャイムが鳴った。

「あら、こんな時間に荷物なんて何かしら?」

母親が玄関に出て行った後、大きな箱を抱えて戻ってくる。

「リリアスちゃん宛の荷物が届いたみたいよ。宛先が加神リリアス様って書いてあるもの。」

「え?私宛?もう、来たんだ。」

「もうって何が来たんだ?」

「それは見てのお楽しみよ。」

そう言いながらリリアスが箱を開ける。

「えっと、これが制服ってやつね。そんでもってこれがカバン。お、ちゃんとプラチナカードも入ってる。」

中から自分の学校の女子用の制服やカバンが出てくる。

「おい、何でそんな物が届くんだ?」

疑問に思ってリリアスに尋ねる。

「実は私も明日からダーリンと同じ高校に行く事になっているのよ。もちろんクラスも一緒よ。」

「え?母さん何でリリアスまで?????」

「母さんは別に何もしてないわよ。」

母親がまた校長に電話したのかと思って尋ねてみたが違った様だ。

「私のお母様が地上に降りてるエージェントに段取りさせたのよ。」

「そんな事が出来るのか?」

「はぁ~。リリィの両親は天界でも有名な実力者なんです。」

ラフィエスがため息をつきながら答える。

「どこの世界も似たようなもんなんだな。じゃあ、その力を使って天界に戻して貰った方が早いんじゃないのか?」

「そんな事が出来るんなら苦労しないわよ。」

「そうなんです。これだけはいくらお金を積んでも無理なんです。リリアスが自分で何とかするしかないんです。」

「そうなんだ。」

「ですから早くダーリンの愛で私のラピスをいっぱいにして下さいよ。」

リリアスがぎゅっと腕に抱きついてくる。

「ダメです。真斗さんの愛は私の物なんですから。」

ラフィエスが反対側の腕を掴む。

「ラフィ、独り占めは卑怯よ。」

「二股の方がおかしいです。」

残念ながらラフィエス言う事の方が正しい。

「ところで、そのダーリンっての止めて貰えないかな。学校でその呼び方されると困るからさ。」

「じゃあ何て呼べばいいのよ。」

「そうだな。とりあえず真斗さんってのが一番普通なんじゃないか?」

「じゃあ、学校では真斗さんで呼ぶわよ。」

「そうしてくれ。」


「ところでリリアスは今日からどこで寝るんだ。」

「もちろんダーリンと一緒の布団ですよ。。。。」

「何言ってんですか!リリィは私の部屋で寝て下さい。」

「でも、あんたの部屋には布団が一組しかなかったわよ。」

「あれがリリィ用のお布団です。」

「あんたのは?」

「私の布団は真斗さんの。。。」

そこまで言ってラフィエスが口ごもる。

「あんたの布団がダーリンのどうしたのよ?」

「その。。。。。私の布団は真斗さんのベッドの上です。。。。」

「もしかしてあんたダーリンと一緒に寝てんの?」

「違います。私がベッドで真斗さんが床です。」

「ダーリンかわいそう。そんな扱いをされているなんて。」

リリアスに憐れみの目で見られる。

「じゃあ、みんな一緒に僕のベッドで一緒に寝るっていう案はどうだ?」

「却下です。」

二人から同時に却下される。

「まあいいわ、とりあえず今日は我慢してあげるわよ。布団で寝られるだけでもありがたいからね。」


そう言ってリリアスがラフィエスの部屋に入っていく。

自分はラフィエスと一緒に自分の部屋に入る。


「真斗さん、どうするつもりですか?」

部屋に入るとラフィエスが少し恐い顔をしてこちらを見る。

「どうするつもりって?」

「リリアスの事ですよ。まさか彼女をずっとこの家に置いておくつもりじゃないですよね。」

「だって追い出すわけにもいかないだろ。母さんも仕方ないって言ってたし、一人が心細いのはラフィだって知ってるだろ。」

「それはそうですけど。。。。」

「とにかくさっさと帰って貰ったらいいんだろ。でも、その為には彼女のラピスにエネルギーを貯めてやるしかないわけで。」

「別に真斗さんじゃなくてもいいじゃないですか。例えば橘さんとか。。。。」

「僕は啓太を巻き込むのはお断りだからな。それに、もしリリアスが啓太を好きになっちゃたら彼女は帰れなくなるんだぞ。その点、僕だったら大丈夫だからな。」

「それはそうですが。。。。。」

彼女が心配そうな顔でこちらを見る。

「心配するなよ。僕が一番好きなのはラフィだってのは変わらないからさ。」

「真斗さん。。。。。。。なんか誤魔化されてる様な気がするんですけど。。。」

ラフィエスが明らかに疑いの目をこちらに向けている。

「いや、そんな事ないぞ。」

「とにかく二股は絶対に許しませんからね。」

「わかってるよ。」

もちろん自分としてはラフィエスひとすじのつもりなので、二股なんかするつもりは無いし、そんなに器用でも無いつもりだ。

ただリリアスから積極的にアプローチされるとその瞬間だけ心が揺れてしまう。それがリリアスのラピスのエネルギーになってしまうのであればそれは避けようが無い。

かと言って他に行く所の無い彼女を家から追い出すわけにもいかない。ラフィエスにも言ったようにこの件に友人を巻き込みたくもない。優柔不断だと言われるとそうなのかも知れないけど、どうしたら良いか今はわからない。


「とにかく今日はもう寝よう。」

「わかりました。」

部屋の電気を消して布団に入る。


「なあ、ラフィ。」

「なんですか?」

どうしても気になっていた事を聞いてみる。

「いや、マルスっていったい何なんだ?」

「そうですね。私も正確には知らないんですけど、ラピスと対極にある物って聞いてます。ラピスは愛をエネルギーとしますけど、マルスは怒りとか憎しみとかをエネルギーとするそうです。マルスも元はラピスと同じ物だったらしいですがそういう物で濁って黒くなってしまった物をそう呼ぶらしいです。通常ラピスは持ち主が死ぬと同時に消えてしまうのですがマルスとなってしまった物は持ち主が無くなってもずっと残っているみたいで次の持ち主が現れるのを待っているんです。そして持っていた力を次の持ち主に渡してから消滅するらしいです。」

「そうなんだ。」

「それで、そのマルスを狙っている連中は?」

「う~ん。あいつらの事はよく知りませんけど、神様を超える力を持ったマルスが存在すると言われてますから、その力を使って神様が管理されている天界を手に入れようとしているみたいです。ですから執拗にマルスを狙って来ているようです。」

「こないだのは単に背が高くなるだけだったけどな。」

「それはたまたま外れだっただけですよ。マルスの効果自体は実際にそれを体に取り込んでしまわないとわからないみたいですから。あれは、きっと背の低かった者が背の高い者を妬んでそうなったんでしょうね。」

「なるほど。でも、確率から言うと結構リスク高いよな。」

「そうですね。」

「ところでリリアスと一緒に落ちて来たのはどんなマルスなんだろうな。」

「それはわからないです。」

「そうだよな。。。。。」

「とにかく今日はもう寝ましょう。今日はリリィのおかげですごく疲れました。」

「ああ、おやすみ。」


そう言って、しばらくすると彼女の寝息が聞こえてくる。

しかし、真斗はしばらく眠れなかった。

明日からはリリアスも一緒に学校に行く事になっている。

彼女は間違いなく学校でも積極的にアピールしてくるのだろう。しかし、二股してるなんて事になると自分の立場が危うくなってしまう。そうでなくてもラフィエスと一緒にいられる自分は学校の男子から羨ましがられているのだ。

それに何よりラフィエスがかわいそうだ。

なんとかリリアスをあしらいつつ、ラフィエスの機嫌も取りながら帰って貰える様にしなければならない。

「とにかく自分がしっかりしないとな。」

そうつぶやいて目を閉じる。


***


「やっぱり布団で寝られるっていいわね~。」

リリアスがラフィエスの部屋の天井を見つめながらつぶやく。

「しかし、ラフィったらどう見てもあいつの事が好きみたいだけど、本気で地上に残るつもりかしら?まあ、確かに面白いやつだけど。。。。でも、ラピスの能力が健在って事はまだ全ての想いは伝えて無いって事よね。」

そう言いながら自分のラピスを見つめる。

「でもまあ、この調子だったらそんなに時間はかからないかな?だいたいラフィは押しが足りないのよ。」

そんなひとりごとを言って目を閉じる。

しかし、疲れているはずなのに寝床が変わったせいかすぐには寝付けない。右を向いたり、左を向いたりしながら部屋の中を眺める。

「きっと、あまりに部屋に物がなさすぎて寝られないのよ。ラフィったらよくこれで生活してたもんね。父さんにメール入れとこっと。」

リリアスが携帯電話を取り出してメールを打つ。

「えっと、やっぱりベッドは欲しいし、衣装ケースも欲しいわよね、それから。。。。。あっ、あれも必要よね。。。。よしっ、とりあえずこんなもんかな。送信っと。」

ボタンを押すとメールが送信される。

「さあ、私も明日から頑張るわよ。」

そう言ってリリアスが目を閉じる。

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