剣聖は強者を求める

雪白紅葉

剣聖の最期

 対峙するのは光の剣聖。

 伝説の魔物の素材をふんだんに使い鍛え上げられた名剣エルドランド。剣聖がその刀身に魔力を通すと美しい輝きが放たれる。

 大剣であるエルドランドを片手で構える。剣聖は鎧を好まない。故に彼は私服だった。

 その服もまた伝説の魔物の素材がふんだんに使われている。繊維から加工に至るまで、その全てに一生遊んで暮らせる以上の金がかけられていた。


「さて」


 剣聖の姿がぶれる。

 目で追う事さえ許されない。

 剣聖はその身が既に伝説だった。鍛え上げられた肉体。洗練された魔力の波。解き放たれる覇気。

 生まれてから今日この日まで、剣聖と呼ばれる男は常に最強だった。

 

 生まれてすぐに剣聖は母親を殺した。英雄となる者達は皆、産声を上げると共に母親を殺す。

 それからすぐに出産に携わった者たちを皆殺しにした。食らい尽し一つの村を壊滅させる。


 生後数か月。再び目覚めた剣聖は近くの森の魔物を食らった。食らい尽す頃になってようやく効率的な食事を摂れるようになり、自らに枷を着けて食事制限をした。


 生後一年。魔物を食らっている所を当時剣聖と呼ばれていた女に拾われる。その日から彼は剣聖となった。


 一歳の頃から剣聖として育てられた男はこの世界で最も神に近く、彼を超える者は一人もいない。


 慢心はせず、油断は無い。常に剣聖は最強として君臨する。その気になれば世界を滅ぼす事も出来る。

 

「は……?」


 ソレの意識が一瞬にして刈り取られる。

 刹那の現象。一秒未満の戦闘。

 ソレは気付けば死んでいた。


「呆気ないものだな。これが神様ってか? 弱すぎる」


 魔王。

 それは魔族の頂点に君臨する人間の天敵。

 全ての人間を滅ぼし魔族による支配世界を作り出そうとする悪しき王。

 人間と魔族の戦争は五十年続き、勇者と呼ばれる異世界の民が魔王討伐に向かい、自らの命を引き換えとして魔王を倒した。


 しかしそれで終わりではなかった。


 魔王は自らの死と引き換えに完成していた儀式陣を発動。

 勇者の体と魔王の体。その二つを生贄として太古の神、魔神を復活させる。

 世界中に瘴気が溢れ、次々と魔物が溢れ出し、人々は滅びの運命を辿ろうとしていた。


 しかし、この世界には剣聖がいる。


 故に、魔神の勝利はあり得ない。


 魔神と呼ばれる悪しき神。それほどの力を持ってさえも、剣聖には敵わず、それどころか虫を潰すよりも簡単に殺されてしまう。


 剣聖は待った。魔神が復活するこの時を。


 自分よりも強い存在を追い求め、勇者がしくじり魔王が魔神を呼び覚ますこの瞬間を、ずっとずっと待ち続けていた。


 その結果がこれだ。

 

 一撃。

 たった一撃で神は滅びた。

 瘴気で覆われた空が晴れ渡り、太陽の光が世界を照らす。

 

「つまらん」


 剣聖は呟く。


「つまらん。つまらんつまらんつまらん……」


「おのれ剣聖!! 良くも我らが神を!!」


「つまらん!!」


 殺し損ねた虫を潰し、生気を失った瞳で剣を握りしめる。

 生まれてから今日まで、自分を超える者は一人としていなかった。

 彼の師である女も、強さを高める意味では重宝したが、所詮彼の敵で無く、学べる事を全て学んだ後に食らってしまった。


「もう、生きる意味など無いな。世界を滅ぼした所で意味がねえ。なら、次の世界に掛けるとするか」


 輪廻転生。巡る魂は何時の日にかきっと、自分を遥かに超える強者の下へと導く事だろう。

 そう信じて、剣聖は剣を掲げる。


「さらばだ。俺の生きた世界」


 自らの心臓を剣で貫き、剣聖は自害した。


 


 

 

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剣聖は強者を求める 雪白紅葉 @mirianyu

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