そして聖女は槍を振るう
雪白紅葉
光の聖女
アテナ・スピラは光の聖女だ。
光神ウルハルテの加護を一身に受け授かった聖槍ガラドボルグを振るい悪しき存在たる魔を浄化する。それが彼女の仕事だ。
今日も今日とてアテナは魔を浄化する為廃村へと向かっていた。
揺れる馬車の中、槍に肩を預け眠る姿は儚さと美しさを同時に醸し出し、その美貌が見る者全てを誘惑する。
清楚な体に刻まれた聖印。人の目で見る事の出来ないそれは常に周囲への警戒を強め、彼女が意識を手放す間も彼女の意識を保たせる。
それ故に、乗り合わせた騎士が彼女にセクハラしようものなら急速に意識が目覚め始め、その騎士が体に触れる寸前に覇気が放たれた。
「うおっ」
バチっ! という静電気のような衝撃が騎士の手を弾く。
目覚めた聖女と騎士の目がばっちり合った。
「お……おはようございます聖女様」
「御託は良い。遺言は済んだか」
「ははは。それがまだでして。ですので見逃して頂けると」
「そうか。それは残念だ。次やったら滅す」
「ハイ」
その美しい容姿とは裏腹にドスの利いた声で騎士を叱りつける。
次は滅す。その言葉がただの脅しで無い事をこの騎士は良く知っている。
彼の兄が実際に滅された。正確にはナニを切り落とされた。
殺されなかっただけましと考えるか、騎士の兄はナニが無くなったせいで精神が壊れ、再起する頃にはお姉さんになっていた。
思い出すだけでも恐ろしい。口紅で真っ赤に染まった唇を震わせながら迫られた時には思わず剣を抜きそうになった。
代わりに無言の腹パンで兄を気絶させ家族の縁を両親と共に切って来た。この場合の両親と共には両親も兄との縁を切った事を意味する。
騎士になって数年。聖女の護衛を別の二人の騎士と共に請け負った時には兄をあんな風にした諸悪の根源だ絶対に許さないと感情渦巻いていたが一目見て恋に落ち兄と同じ道を辿りかけた事に酷い絶望とナニが切り落とされても触ってみたいという欲求とが騎士の頭を悩ませていた。
共に乗り合わせるもう一人の髭面の騎士が引き攣った笑いを浮かべている。ついでにナニを押さえていた。
もう一人の騎士はこの馬車の御車として馬を操っている。因みにその騎士だけが女であり、本来なら聖女と共に荷台の方に乗りたかったがこの騎士だけしか馬を操れなかったので必然的にこの配置になってしまった。
聖女が襲われないか心配で心配で仕方がない御者の騎士だが、その心配も杞憂で終わりそうだ。
それから暫くが経って廃村へと辿り着く。
「聖女様。着きましたよ」
ナニを切り落とされそうになった騎士が聖女に声を掛ける。
体を揺すろうとして声だけかけた。今度触れれば絶対に滅される。卒業せぬまま卒業したくはない。
「ああ」
目を覚まし一言だけ返事をすると聖槍を手に馬車を降りる。
何とも無愛想だがそれもまた愛らしく思える辺りさすがは聖女。結局顔なのだ。世界とは何と無慈悲か。
「聖女様。見て下さい!」
御者だった女騎士が目を輝かせながら前を指差す。
彼らが降りたのは村の入り口付近で、その先、つまり村の中には沢山の人だかりがあった。
それが生者ならば聖女を歓迎しているものだ。しかし彼らは生者でなかった。
「オォ……オォォオオオッ……」
低い声で呻く百越えの人間。
衣服がぼろぼろであり目は虚ろ。腐敗臭を漂わせながら現れたその村人は皆全て息絶えながらもこの世を彷徨う亡者の群れ。
その屍を、人はゾンビと呼んでいた。
「ゾンビー!! きゃっはー! ゾンビキター!!」
御者の女騎士が大喜びで跳び上がりながらはしゃぐ。
「おいおい。多すぎねえ?」
髭面の騎士が自分の髭を撫でながらため息を漏らす。
「聖女様。ここは私が!」
セクハラ騎士がドヤ顔で格好をつける。
「ガラドボルグ」
聖女が聖槍を一払いする。
「ギャアアアアアッ!!?」
その一振りで、全ての亡者が土へと還った。
聖女にとって必要な人間は三人。
馬車の御車をする為の人員、食糧確保の為の人員、肩凝った時用の人員。
今回の護衛で言えば女騎士が御者となり、食糧確保がセクハラ騎士、肩凝り用が髭面の騎士となる。
尚、髭面の騎士は騎士甲冑を身に纏うだけのマッサージチェーン店のプロの店員だったりする。
「はーあ。疲れた。肩凝った。帰ろ帰ろ。あっ、そこの髭君。帰りに肩叩き頼むわぁ」
こうして一つの村が救われた。
彼らの魂は浄化され天に正しく召された事だろう。
聖槍の光で滅された魂が蛍の光のような儚げな光となって、空へと消えた。
聖女は今日も槍を振るう。
この世の全てを救う為。
帰ればプリンが待っているから。
そして聖女は槍を振るう 雪白紅葉 @mirianyu
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